第6章 ふたつの神社と、風の記憶
第一幕
【風鈴導く再会の音】
第6章
『ふたつの神社と、風の記憶』
どうぞ、お楽しみください
予約投稿2025/7/28 19:00
ーーーチリン……。
朝の空気の中、風鈴がひとつだけ小さく鳴った。
縁側の柱にもたれたまま空を見上げていたおとはが、ふと振り返る。
「今日ね、もう少しだけ町の中を歩いてみない?」
「うん。そうだね。……まだ見てないところ、いっぱいある気がするし」
おとはは嬉しそうに笑って、立ち上がった。
その姿は、昨日と何も変わらないはずなのに、なぜか少しだけ遠く感じた。
靴を履き、並んで家を出る。
今日もこの町は、静かで、やわらかくて、音だけが確かにそこにあった。
舗装の剥がれた道。
昔ながらの郵便ポスト。
シャッターの閉まったままの店並み。
すべてが、まるで昨日と同じ風景のようだったけれど――それでも歩くたびに、少しずつ“知らなかった町”が広がっていくように思えた。
やがて、おとはが足を止める。
「……こっちの道、通ったことなかったよね?」
「ああ……うん。たぶん」
細い道を抜けた先に、小さな鳥居がぽつんと見えた。
「ここ……神社?」
「うん。昨日行ったのとは、ちがうとこ」
おとはは鳥居をくぐりながら、ふと立ち止まり、小さくつぶやく。
「……こっちの神社はね、昔、ほんとうにあった町の……そのままの姿なんだって。
お祭りのあとに使った灯籠とか、もう色あせてるけど、残ってるの。
あたしも、前に来たような気がするけど……思い出って、風みたいにすぐ遠くに行っちゃうね」
私はその言葉に、何も返せなかった。
でも、どこかで聞いたような気がした。
神社の鳥居に触れた瞬間、胸の奥に微かなざわめきが走る。
「じゃあ……昨日行った方は?」
おとははくるりと振り返り、ほんの少しだけ、寂しそうに笑った。
「……あっちはね、“この町だけの場所”なの。
誰かが来たことがあるかもしれないけど、記憶には残らない場所。
でも、風だけは通っていく。……そんな場所」
その言葉に、私はなぜか、何かを思い出しそうになった。
でも、それはまだ遠くて、届きそうで届かない。
神社の境内は狭く、拝殿の屋根には落ち葉が積もっていた。
誰もいないのに、そこに風が吹いているような気がした。
私は手を合わせ、ゆっくりと目を閉じた。
願いは浮かばなかった。
けれど、胸の中がほんの少し、あたたかくなった気がする。
おとはもまた、静かに目を閉じている。
その横顔を見ていると、まるで過去の風景を覗いているようだった。
ーーーチリン……。
風が吹いたわけでもないのに、風鈴の音がまたひとつ、やさしく鳴った。
「ねぇ、ゆうと」
おとはがふいに言う。
「もしこの町に、ゆうとが忘れてる何かがあるなら……あたし、きっとそれを見つける手伝いができると思う」
「どうして?」
「だって――」
おとはは微笑む。
「きっと、わたしも……ゆうとのこと、どこかで知ってる気がするから」
その言葉に、胸がしめつけられた。
どこか懐かしくて。
どこかくすぐったくて。
でも確かに、そこにあるような気がした。
ふたつの神社。
ふたつの記憶。
ひとつは過去の風景を映し出し、もうひとつはこの町の“何か”を抱えている。
それを知るには、まだもう少し時間が必要だった。
でも、かすかに開いた扉の向こうに、何かが待っている気がしていた。
そしてまた、風鈴が鳴る。
ーーーチリン……。
その音が、記憶の奥にそっと触れた気がした。
この場面、少しわかりにくい。
ここ、少し変じゃない?
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モチベがぐぐっと上がるので