第5章 止まった時間とふたりの午後
第一幕
【風鈴導く再会の音】
第5章
『止まった時間とふたりの午後』
どうぞ、お楽しみください
予約投稿2025/7/26 15:00
ーーーチリン……。
風鈴の音が、静寂の中でやわらかく響く。
縁側に並んで腰を掛けたまま、私とおとははしばらく黙って空を眺めていた。
雲の流れはゆっくりで、まるでこの町の時間にひきずられているかのようだった。
「ねぇ、ゆうと」
おとはが口を開いたのはそれからしばらく経ってからだった。
「なに?」
「そろそろね、日が暮れてくると思うんだけど、その前に…少しだけお散歩、行ってみない?」
「……お散歩?」
「うん。見せたい場所があるの」
そういって立ち上がるおとはの横顔は、どこか嬉しそうで、けれどほんの少し寂しそうにも見えた。
私は頷いた。
そこに理由はない。
ただ、彼女についていきたいと思った。
ーーーそれだけだから。
靴を履いて、ふたりで縁側を降りる。
風のない町は、相変わらず静かだった。
けれど、おとはの足音が、私の前をゆっくりと導いてくれる。
「こっちだよ」
曲がり角のたびに振り返って、笑うおとは。
私もそれに応えるように歩く。
舗装が剝がれかけた細い道。
小さな川の音。
傾きかけた木造の橋。
そして、草の香りと風鈴の音。
この町は、どこを歩いても”音”だけが、確かに存在している気がした。
やがて、おとはが足を止めた。
そこは古びた神社の前だった。
石段をのぼると、こぢんまりとした社がひとつ、ポツンと建っている。
「ここ……?」
「うん。……この神社だけは、ずっと昔から変わってないの」
おとはがそういった瞬間、ふわりと風が吹いた。
さっきまで動かなかった木々の葉が揺れ、
どこかからまた風鈴の音が聴こえてきた。
「……風?」
「うん。神様が、来てくれたのかも」
そう言って、おとはは手を合わせた。
私も見よう見まねで目を閉じ、同じように手を合わせる。
何を願ったかは、もう思い出せない。
けれど、胸の奥に小さなあたたかさが灯ったような気がした。
「ありがと、ゆうと」
「え?」
「いっしょに来てくれて」
そう呟いたおとはの声が、静かな午後の空気にやさしく溶けていった。
***************
夜が、静かに町を包んでいた。
薄く灯る行灯の光が、縁側の柱をゆらゆらと照らしている。
虫の声がかすかに響き、風鈴の音はもう、ほとんど聞こえなかった。
「……今日は、ありがとね」
布団に入りながら、おとはがぽつりと呟く。
私はその隣に敷かれた布団の中で、天井を見上げていた。
「こっちこそ。……なんだか、不思議な一日だったな」
「ふふ……まだ、始まったばっかりだよ」
「そうかな」
「うん。ゆうとがここにいるってことは、きっと、まだ“なにか”が残ってるってことだから」
その“なにか”が何なのか、まだわからない。
でも、この町の空気の中で、ほんの少しずつ思い出せそうな気がする。
「……おやすみ、ゆうと」
「おやすみ、おとは」
最後にまた、風鈴が、ひとつ鳴ったような気がした。
ーーーチリン……。
そして夜は、そっと明けていった。
***************
朝の光が、やわらかく障子を照らす。
私はぼんやりと目を開け、隣を見る。
おとははすでに起きていて、柱にもたれながら、外を見つめていた。
「おはよう、ゆうと」
振り返った彼女の笑顔が、朝の風のように、透き通って見えた。
ーーーまた、今日が始まる。
それだけのことが、どうしてこんなにも静かで、愛おしいのだろう。
この場面、少しわかりにくい。
ここ、少し変じゃない?
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モチベがぐぐっと上がるので