幕間 鳴ってしまった音
第二幕
【少女と歩む過去の足音】
幕間
『鳴ってしまった音』
どうぞ、お楽しみください
予約投稿2025/1/12 16:00
朝とも昼ともつかない光が、家々の屋根をなぞり、
石畳の隙間に落ちている影を、曖昧に溶かしている。
風はない。
それなのに、空気は微かに動いていた。
誰も歩いていない道。
誰も座っていない縁側。
閉じられた障子の向こうにも、人の気配はない。
それでも町は、確かに“起きて”いた。
音がない。
虫の声も、鳥の羽音も、遠くの話し声も。
町が生きている証みたいなものが、すべて削ぎ落とされている。
代わりに残っているのは、
――待っている、という感覚だけだった。
待っている、と言っても、
何かを望んでいるわけではない。
期待でも、祈りでもない。
ただ、起きるべきことが、
まだ起ききっていない。
その“途中”に、町全体が置き去りにされている。
動く準備は、もう整っている。
けれど、踏み出すきっかけだけが、足りない。
だから町は、静かだった。
息を潜めるような静けさではない。
耳を澄ませるための、静けさだった。
古い家の軒先に、風鈴が吊るされている。
昨日までは、なかったはずのもの。
あるいは、見えていなかっただけのもの。
小さく、色の褪せた硝子。
紐は少し擦り切れていて、長い時間を耐えてきたことが分かる。
風は、吹かない。
それでも。
――チリン。
はっきりと、音が鳴った。
町のどこかではない。
誰かの耳元でもない。
町そのものが、鳴らした音だった。
音は広がらない。
反響もしない。
余韻だけが、静かに残る。
その余韻は、
空気を震わせるものではなかった。
記憶の奥に、
そっと指を差し入れるような感触。
気づいた者だけが、
「今、何かが変わった」と理解する。
理解してしまった時点で、
もう、変化の外側には戻れない。
それは、呼びかけではない。
警告でもない。
ただの――確認だった。
思い出されつつあるものが、
まだ、ここに在るということ。
古い井戸の水面が、わずかに揺れる。
誰も覗いていないのに。
祠の前の石段に、月の名残のような光が落ちる。
昼のはずなのに。
空き地だった場所には、何もない。
けれど、何かが“失われた跡”だけが、残っている。
そこには、確かに“あった”。
名前も、用途も、
正確には思い出せない何かが。
思い出せない、ということ自体が、
失われた証拠だった。
忘れられたのではない。
思い出される前に、削られただけだ。
町は、保たれている。
だが、それは安定ではない。
何かが、まだこの町を留めている。
見えない枠組みが、かろうじて形を保っていた。
それでも、音が鳴った。
――鳴ってしまった。
思い出は、ひとりの中だけに留まるものじゃない。
いったん外に触れてしまえば、元の場所には戻らない。
町は知っている。
この町は、
人よりもずっと長く、
思い出と付き合ってきた。
思い出が町を形作り、
町が思い出を閉じ込める。
その循環が、
今、歪み始めていることも。
次に音が鳴るとき、
それは“始まり”ではなく、“進行”になるということを。
そして、もう一度鳴ったなら――
今度こそ、戻れない。
風鈴は揺れない。
紐も、硝子も、動かない。
ただ、確かにそこに在って、
まだ鳴っていない音を抱えたまま。
誰かが、思い出しきってしまう――
その瞬間を。
この場面、少しわかりにくい。
ここ、少し変じゃない?
ってところありましたら、ぜひ、コメントお願いいたします。
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モチベがぐぐっと上がるので




