第15章 残された音
第二幕
【少女と歩む過去の足音】
第15章
『残された音』
どうぞ、お楽しみください
予約投稿2026/1/11 16:00
その日は、終わったあとに始まったような一日だった。
何かをした記憶はあるのに、
何を終えたのかだけが、はっきりしない。
ゆうとは、縁側に腰を下ろしてから、
自分がいつここに戻ってきたのか思い出せずにいた。
空の色を見ても、時間は分からない。
朝とも夜ともつかない、あの町特有の色。
けれど、胸の奥に残っている感覚だけが、
「今日は、もう戻らない」と静かに告げていた。
「……今日は、長かったね」
ゆうとが言うと、おとはは小さく頷いた。
「うん。たくさん、歩いた気がする」
実際に歩いた距離よりも、
胸の内側を行き来した回数のほうが多かった気がする。
しばらく、言葉はなかった。
町は静かだった。
風も、虫も、遠くの気配すら、どこかへ退いている。
「ねえ、ゆうと」
おとはが、前を向いたまま口を開く。
「最近さ」
「うん」
「町の音、聞こえなくなってきてるの」
ゆうとは答えなかった。
否定も、肯定もしなかった。
それが事実だと、分かっていたからだ。
「前はね」
おとはは続ける。
「ここに座ってるだけで、色んな音があった。
風鈴の音とか、足音とか、誰かの気配とか」
少しだけ、言葉を探す間があった。
「でも今は……」
そこで止まる。
言葉にすると、消えてしまいそうだった。
「……静かだね」
代わりに、ゆうとがそう言った。
おとはは、わずかに笑った。
「うん。静か」
それは安心でもあり、
同時に、終わりを知らせる音でもあった。
「ゆうと」
「なに?」
「もしね」
一瞬、声が揺れる。
「この町のこと、全部分かるようになったら」
ゆうとは、すぐには答えなかった。
分かる、という言葉の重さを、
ここに来てから何度も思い知らされていたからだ。
「……それでも」
ようやく、口を開く。
「俺は、覚えてたいと思う」
「全部?」
「全部じゃなくてもいい」
視線を落とす。
「でも、忘れたままなのは……嫌だ」
おとはは、何も言わなかった。
ただ、ゆっくりと呼吸をする音だけが聞こえた。
「そっか」
しばらくして、そう返す。
「それなら……」
言いかけて、止める。
代わりに、膝の上で手を握り直した。
「おとは?」
「ううん。なんでもない」
そう言いながら、
どこか遠くを見る目をしていた。
空は、もう夕暮れとも言えない色に変わっている。
境目のない時間。
この町らしい、終わり方だった。
そのとき。
――チリン。
確かに、あの音だった。
一瞬、二人とも動けなかった。
風は、ない。
どこにも、風鈴は見えない。
「……今の」
ゆうとが息を呑む。
おとはは、ゆっくりと首を振った。
「町の音じゃない」
「じゃあ」
「……たぶん」
視線を下げたまま、続ける。
「もう、戻れない音」
胸の奥で、何かが静かに確定する。
それは恐怖ではなかった。
悲しみでも、完全な喪失でもない。
ただ、
“次に進むための音”だった。
「ねえ、ゆうと」
「うん」
「今日は、ちゃんと眠って」
「……ああ」
「たぶん、明日から」
そこで、言葉が切れる。
「町、もっと変わるから」
それは予告ではなく、
確認に近かった。
夜が、静かに降りてくる。
家々の影が溶け、
道の輪郭が曖昧になっていく。
それでも、二人は並んで座っていた。
離れず、
近づきすぎず、
同じ音を聞いたまま。
風鈴は、もう鳴らなかった。
けれど、
その音は確かに、町の外へと向かい始めていた。
この場面、少しわかりにくい。
ここ、少し変じゃない?
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モチベがぐぐっと上がるので




