第1章 風鈴の音に導かれて
第一幕
【風鈴導く再会の音】
第1章
『風鈴の音に導かれて』
どうぞ、お楽しみください
風鈴の音が遠くからかすかに響いた気がした……
どことなく懐かしくて、胸の奥がざわつくその音に、
私の足は無意識のうちに動き出していた。
気づけば、私はその音を追って、知っているようで知らない町の中を歩いていた。
人の気配は相変わらずなく、時間さえも止まってしまったような静けさ。
あのホームで降りてから、時計を見ることすら忘れていた。
シャッターの閉まった店の並ぶ小さな商店街を抜け、
誰もいない路地を進み、
草の茂った坂を下っていく、
時折、ザッザッと自身の足音を響かせながらも、
確かに聞こえる風鈴の音を辿っていく。
ーー風鈴の音がだんだんと近づいてきた。
まるで、その音にどこかへと導かれているようだった。
ーーーチリン……。
風もないのに、確かに鳴っている。
その音に吸い寄せられるように、私は一軒の家の前で足を止めた。
古びた木造の少しだけ立派といえる民家。
玄関先には蔦が絡まり、軒下に吊るされた小さな風鈴がひとつ、静かに揺れていた。
そしてーーー
縁側に……誰かが居た。
白いワンピースを纏った少女が、庭先に見える縁側に横になっていた。
遠目にはぐったりとしているように見えて、私は息を呑んだ。
「……っ!」
駆け寄ろうとした瞬間、少女が小さく寝返りを打った。
寝ている……?
よく見ると、規則正しい寝息が聞こえていた。
遠目からではあるが、床へと広がる髪の隙間から見える表情も特段苦しそうには見えなかった。
彼女はただ、昼寝をしているだけのようだった。
私は胸を撫で下ろし、その場に立ち尽くす。
ーー……リィーーン……
風鈴がもう一度、静かに音を立てた。
ーーーあれ?……この子……。
目の前にいる少女の顔や、昼寝をしている姿を見ていると、頭の奥がかすかに疼いた。
どこかで見たことがある……。
この場面……
この家……
この…少女……
思い出せそうで、思い出せない。
過去に、確かに出会ったことがある。
でも……それはいつ、どこで?
いや、場所はここしか考えられない……。
思考が追い付かないまま、
少女がゆっくりと瞼を開いた。
まどろみの中から覚めたばかりの、
ぼんやりとした瞳が、まっすぐこちらを見つめる。
「……ん、だれ?」
小さな声が、風のように届いた。
私は、言葉に詰まりながら、視線を逸らす。
何かを言わなければ、と思いながらも、
うまく言葉が出てこなかった。
「あ、いや。驚かせちゃったなら…ごめん。通りがかっただけで……」
少女は眠たげに瞬きをしながら、
ふわりと、小さく微笑んだ。
その笑顔に、胸が締め付けられる…。
たしかに、知っている。
ずっと昔、出会ったあの、夏の日。
だけど……名前が思い出せない。
ただ、風鈴の音だけが、
記憶の奥底でずっと響いていた。
ーー……チリン……、チリン…
ーーーまた、あの音が鳴った。
そして、どこか懐かしいその微笑みが、
忘れ去った記憶の扉を、静かにノックしたような気がした。
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軒下の風鈴は、まるでそれに応えるように、静かに音を奏でている。
この風鈴の音に誘われて、私はまた、あの夏の日の続きを歩き始めていたのかもしれない。
前話に引き続き、違和感なく流れを作れたはず
気になる点、誤字脱字等ありましたら、ご指摘していただけたら幸いです。
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モチベがぐぐっと上がるので