第9章 呼ばれるかたち
第二幕
【少女と歩む過去の足音】
第9章
『呼ばれるかたち』
どうぞ、お楽しみください
予約投稿2026/1/5 16:00
家の軒先に、影が落ちていた。
さっきまで何もなかったはずの場所に、洗濯物が揺れている。
白いシャツと、薄い色のタオル。
風は弱いのに、布だけが静かに動いていた。
「……洗った覚え、ないよな」
ゆうとが呟くと、おとはは少し困ったように笑う。
「町が、やってくれたのかも」
「そんなこと、ある?」
「ここなら、あるよ」
当たり前みたいに言われて、否定できなくなる。
この町では、そういうことがいくつも起きていた。
縁側に腰を下ろすと、畳がほんのり温かかった。
太陽の位置は分からないのに、不思議と“昼寄り”の感覚がある。
「ねえ」
おとはが、足をぶらぶらさせながら言う。
「ゆうとはさ、自分の名前、好き?」
少し意外な質問だった。
「……嫌いじゃない、かな」
「そっか」
それだけで、話は終わるかと思った。
けれど、おとはは、少し考えるようにして言葉を続ける。
「名前ってね、呼ばれた数や呼ばれ方で、少しずつ形が変わる気がしない?」
「形?」
「うん。誰に、どんなふうに呼ばれたかで」
ゆうとは少し考えた。
「確かに……怒られたときの呼ばれ方と、普通のときは違うな」
「でしょ」
おとはは、小さく頷く。
「だからね、同じ名前でも……
呼ばれ方が違うと、別の人みたいに感じることがあるの」
その言葉は、どこか自分自身に向けられているようにも聞こえた。
* * *
午後なのか、夕方なのか。
空の色は、また少し変わっていた。
二人は町の中を、目的もなく歩く。
道端に咲いていたはずの花が、次に通ると消えている。
代わりに、小さな石が置かれていた。
「……さっき、花あったよな」
「うん。あったと思う」
「消えた?」
「消えたのかもね」
あっさりした言い方だった。
「……怖くないのか?」
「慣れた、って言いたいけど」
少し間を置いて、
「……本当は、ちょっとだけね」
それだけの言い方なのに、正直だった。
「でも、ゆうとがいるから」
それだけで、胸の奥が少し熱くなる。
「……俺が?」
「うん。呼んでくれるでしょ」
「名前?」
「そう」
ゆうとは、歩きながら何度か口を開き、閉じた。
「……おとは」
呼び慣れない音みたいに、名前を落とす。
おとはは一瞬、目を見開いて、それから少しだけ視線を逸らす。
「……なに?」
「いや。呼んだだけ」
「……そっか」
声が、わずかに揺れていた。
* * *
町のはずれに近づくと、音が薄くなる。
風鈴の音は、今日一度も聞いていない。
それなのに、耳の奥が、ひどく静かだった。
「ねえ、ゆうと」
「ん?」
「もしさ、この町を出たら」
おとはは、そこで言葉を切る。
「……いや、なんでもない」
「途中でやめるの、ずるいだろ」
「そう?」
おとはは苦笑してから、少し息を整える。
「じゃあ……そのときは、ちゃんと名前、呼んで」
「当たり前だろ」
即答だった。
その返事に、おとはは少し驚いた顔をしてから、ゆっくり微笑んだ。
「……うん」
風が吹いた。
ほんの一瞬、風鈴の音に似た響きが、遠くで鳴った気がした。
でも、振り返っても、そこには何もない。
「……今、聞こえた?」
「ううん」
おとはは首を振る。
「でも、たぶん……
そのうち、ちゃんと聞こえるようになるよ」
何の音かは、言わなかった。
二人はまた歩き出す。
名前を呼べる距離を、保ったまま。
この場面、少しわかりにくい。
ここ、少し変じゃない?
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モチベがぐぐっと上がるので




