第5章 町の雰囲気とふたりの歩幅
第二幕
【少女と歩む過去の足音】
第5章
『町の雰囲気と二人の歩幅』
どうぞ、お楽しみください
予約投稿2025/8/5 19:00
ーーーチリン……。
昼下がりの陽が、町にやわらかく降り注いでいた。
石畳の道を、私たちは肩を並べて歩いていた。
どこかに行く予定があったわけでもなく、
けれど足を止める理由もなかった。
「……ゆっくり歩くのって、いいよね」
おとはがぽつりと呟く。
私はその声に軽くうなずいた。
「うん。せかせかしてないのが、この町っぽい」
「ふふ、でしょ? ここってね、歩幅まで町に合わせたくなるんだよ」
それはたぶん――おとはがずっとこの町に“いる”理由の一端なのかもしれない、そんな気がした。
「この先に、ね。あたしの好きな場所があるの」
「……どんなとこ?」
「んー……何もないとこ、かな。景色も、とくに何が見えるわけじゃないけど」
「じゃあ、なおさら気になる」
おとははくすっと笑って、「じゃあ、案内するね」と歩き出した。
その背中を追いかけるように、私はまた足を進めた。
* * *
町のはずれ、小さな坂をのぼった先に、それはあった。
柵も看板もない、ただの小高い空き地。
草がそよぎ、遠くに青空が広がるだけの場所。
「……たしかに、何もないな」
「でしょ。でもね、ここに来ると、なんか全部が風になって流れていく気がするんだ」
おとははそう言って、風を感じるように目を閉じた。
私も隣で静かにその風に身を任せる。
たしかに、この町に来てからのことを、ふと振り返りたくなる空気だった。
「ここって、昔から知ってたの?」
「ううん。……気がついたら、自然に足が向いてた。なんでかわからないけど、落ち着くんだよね」
「なんとなく……わかる気がする」
ふたり、草の上に腰を下ろす。
遠くから風鈴の音が、かすかに流れてきた。
「ゆうとは、どう? この町で、まだ気になる場所ってある?」
「うーん……昨日の神社と、あと……あの細い路地の家。まだ、どこか引っかかってる気がする」
「そっか。じゃあ、今日はゆっくり休んで、また明日、行ってみようか」
「……うん。ありがと」
「ううん。だって、ゆうとが歩いてる町を、一緒に見たいから」
おとはのその言葉に、胸が少しだけ熱くなった。
「ねぇ、おとは」
「なに?」
「おとははさ、思い出したくないことってある?」
「……うん、あるよ。……ちょっとだけ、ある」
答えは短くて、それでもとても正直だった。
「でもね。思い出したくないことも、いつか“誰かと一緒に思い出せる”なら……大丈夫になる気がする」
私は、その言葉を胸の奥にしまいこんだ。
* * *
日が傾きかけ、空にほんのり朱がさす。
私たちはゆっくりと町へ戻る。
おとはが少し前を歩き、私はそのすぐ隣を歩く。
どちらが先でもなく、どちらが遅くもなく――ただ、同じ歩幅で。
やがて見えてきた縁側の家。
帰ってきたのは、たしかにただの町の風景なのに、どこかほっとする。
「おかえり、って言いたくなるね」
「うん。……言われると、帰ってきた気がする」
おとはは、ちょっと照れたように笑ってから、縁側に腰を下ろす。
私もその隣に座る。
しばらくして、風が通り過ぎる。
風鈴が、やさしく鳴った。
ーーーチリン……。
今日の音は、どこか落ち着いた響きだった。
まるで、“またひとつこの町になじめたね”と、そんなふうに語りかけてくれるような。
「明日も、また歩こうね」
「うん。一緒に、ね」
その言葉に、少しの間をおいて、おとはが「うん」と小さくうなずいた。
そしてまた、風鈴が鳴る。
ーーーチリン……。
その音は、ふたりの静かな夕暮れに、そっと寄り添うように響いていた。
この場面、少しわかりにくい。
ここ、少し変じゃない?
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モチベがぐぐっと上がるので