第4章 記憶の縁と、重なる音
第二幕
【少女と歩む過去の足音】
第4章
『記憶の縁と、重なる音』
どうぞ、お楽しみください
予約投稿2025/8/4 19:00
ーーーチリン……。
午後の光が斜めに差し込み、風鈴がふたたび、静かに音を鳴らした。
歩き疲れた私たちは、小さな公園のベンチでひと休みしていた。
近くには誰もいない。
聞こえるのは、蝉の声と遠くで流れる水の音だけ。
そして、時おり風に乗って届く、
どこかの家の軒先の風鈴の音。
「……風が、ちょっと出てきたね」
おとはがそう言いながら、髪を押さえて微笑んだ。
「うん。夕方が近いのかもな」
私はその笑顔を見ながら、胸の奥にひとつの問いが浮かぶ。
それは、ここに来てからずっと抱えていたもの。
「なあ、おとは」
「ん?」
「おとはは……自分のこと、覚えてる?」
おとはは、少し驚いたように私を見つめた。
けれど、すぐに目を伏せて、小さく笑う。
「……覚えてるよ。ちゃんと、自分の名前も、生まれた場所も」
「そっか……」
「でも、全部が全部ってわけじゃないよ。
わたしにも、思い出せない時間があるの。……急に、すうっと消えちゃったみたいに」
私はその言葉に、息をのんだ。
「もしかして、それって……この町に来る前?」
おとはは頷いた。
「うん。わたしがここにいるのは、その“消えた時間”を探してるから、なのかも」
「……同じだ」
ぽつりと、言葉がこぼれた。
「俺も、何かを思い出したくて、ここに来たんだと思う。でも、それが何か、まだ全然わからなくて……」
「でもね、ゆうと」
おとはがそっと私の手の甲に、自分の指先を重ねた。
「思い出すことだけが、ここにいる理由じゃないと思うの」
「……どういうこと?」
「たとえば……こうやって、誰かと一緒に歩いてること。
それだって、ちゃんと今を生きてるってことじゃない?」
その言葉は、まるで夏の午後の光のようにやわらかく、私の胸に降りてきた。
「……そっか」
私はうなずいた。
心が、少しだけ軽くなった気がした。
* * *
そのあと、私たちは再び歩き出した。
日が傾きかけた町を抜け、ゆるやかな坂をのぼると、小さな神社の裏手に出た。
「ここ、裏から入るとこんな道なんだな」
「うん。昔はね、裏参道って呼ばれてたんだって」
おとはが、石段を登りながら言った。
「そういえば……」
私は思い出したように口を開いた。
「昨日、最初にここに来たとき。
なんでだか急に、胸が痛くなったんだ。……何もしてないのに」
「うん。覚えてる」
おとはは立ち止まり、振り返る。
「ゆうとの顔、すごく真剣だった」
「……あのときも、何かを思い出しかけたのかもしれない」
「じゃあ、今日はもう少し、近づけるかもね」
そう言って、おとはは本殿の脇にある古びた絵馬掛けの前に立った。
風が吹き、風鈴がひとつ、やさしく鳴る。
私はその音に背を押されるようにして、絵馬のひとつに手を伸ばした。
そこに書かれていた文字は、もうすっかり薄れていて読めなかった。
「……何が書かれてたんだろうな」
「願い事、だったのかも。……もしかしたら、ゆうとの字だったりして」
「それは、さすがに……」
言いながら笑うけれど、どこか胸がざわめいた。
私は静かに目を閉じた。
その瞬間、風がすこしだけ強く吹いた気がした。
そして、どこか遠くで、誰かが私の名前を呼ぶような、そんな気配が――。
「……ゆうと?」
おとはの声がして、私は目を開けた。
「ごめん、ちょっと……ふらっとしただけ」
「大丈夫?」
「ああ、うん」
本当は、なにかを見た気がした。
でもそれが何かは、うまく言葉にできなかった。
けれど――今の風の音と風鈴の響きは、
たしかに記憶のどこかに触れた。
そんな気がしてならなかった。
「……また来よう。この場所に」
「うん。そうしよう」
私たちは、もう一度風鈴の音に耳を傾けてから、神社をあとにした。
その帰り道、夕暮れのなかで――
おとはがそっと私の袖を、ほんのすこしだけ、つまんでいた。
気づいていないふりをしながら、私はそのまま歩いた。
そして風鈴が、今日最後の音を鳴らす。
ーーーチリン……。
その音が、少しずつつながり始めた記憶の糸を、そっと結ぶように聞こえた。
この場面、少しわかりにくい。
ここ、少し変じゃない?
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モチベがぐぐっと上がるので