第3章 さざめく音と、胸に満ちゆく夏の気配
第二幕
【少女と歩む過去の足音】
第3章
『さざめく音と、胸に満ちゆく夏の気配』
どうぞ、お楽しみください
予約投稿2025/8/3 19:00
ーーーチリン……。
夕暮れの風が、風鈴をそっと揺らした。
ひととき止まったかのように思えた町の空気が、ふたたび流れ出すような音だった。
石畳の路地を並んで歩きながら、私はその音に耳を傾けていた。
西の空は茜色に染まり、家々の影が長く伸びている。
「……なんだか、今日はいろんなことがあった気がするね」
おとはがぽつりと呟いた。
私は頷きながら、ふと空を見上げる。
「うん。でも、不思議と疲れてないんだ」
「それはきっと、ゆうとがたくさん思い出に近づいたからだよ」
「……近づけてるのかな」
「うん。ちゃんと、進んでる」
おとはのその言葉には、さりげないやさしさがあった。
私の歩幅に合わせるように、おとははいつも半歩だけ前を歩いている。
今日もまた、そうだった。
気づけば、行き先も決めずに歩き続けていた道が、
元の町並みに戻ってきていた。
錆びた公園のすべり台、
ひび割れたブロック塀の向こうに咲くひまわり、
そして、小さな用水路をまたぐ石橋。
「ねえ、おとは」
「なに?」
「……この町って、たしかに現実のどこかにあるんだよね?」
おとはは、少しだけ立ち止まって笑った。
「ふふ。……たぶん、あるよ。でもね、誰にでも見えるわけじゃないの」
「え?」
「たとえば、心のどこかで“思い出したい”って願ってる人とか……
“忘れたくなかったもの”を、ちゃんと抱えてる人とか。
そういう人だけが、きっとこの町にたどり着けるんだと思う」
私は、何も言えなくなった。
その言葉が、まるで自分の中にある何かを見透かされたように思えたからだ。
「……じゃあ、俺は。思い出したくて、ここに来たのかな」
「そうかもしれないね」
おとはは、どこか寂しげな微笑を浮かべた。
「……でもね、きっとそれだけじゃない。ゆうとには、この町で見つけてもらいたいものがあるの」
「それって……」
「……ふふっーーそれは、まだ秘密」
おとははそう言って、ふわりと歩き出した。
私は慌ててそのあとを追いながら、気づけば彼女の背中をずっと見つめていた。
やがて、小さな坂道に差しかかる。
帰り道にしては、少し遠回りだった。
「この道、初めて通るね」
「うん。……でも、夕暮れの時間はね、こういう静かな道のほうがいいの」
坂の途中、ふとおとはが足を止めた。
そして、指先を伸ばし、電柱の陰にかかっていた風鈴をそっと押した。
ーーーチリン……
「この音、さっきのと似てる」
「うん。……似てるけど、ちょっとだけ違う」
「違う?」
「ほら、響き方が。こっちは、ちょっとやわらかい」
言われてみれば、たしかに。
音の余韻が、どこかまろやかで、少しだけ寂しげでもある。
「風鈴って、不思議だよね。同じ形に見えても、鳴らす人や風の強さで、響きが変わる」
「……そうだね」
私は風鈴を見上げながら、また心のどこかが、少しだけ揺れた気がした。
「きっと、町の音も、そうなんだよ」
おとははそっと言った。
「歩く人が違えば、響く音も違う。だから、同じ場所を歩いても、感じ方は人それぞれ……」
彼女の言葉は、風のようにやわらかく、そして深く染み込んでくる。
私は胸の奥で、その響きを確かに覚えた。
そして、ゆっくりと、また歩き出す。
二人の影が、だんだん長くなっていくのを感じながら。
やがて、ふたりの背中に町の灯りがぽつりと灯り始めた。
空には星がまだ遠く、けれどその余白には、
今日という一日が静かに折り重なっていた。
ーーーチリン……
その音が、今日という夏の記憶をそっと閉じ込めるように、やさしく揺れていた。
この場面、少しわかりにくい。
ここ、少し変じゃない?
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モチベがぐぐっと上がるので