第三話 変わり方
「――んで、結局どうすればいいんだ?」
「よくぞ聞いてくれたっ!」
如月が胸を張って得意げに言う。
「ネットで調べれば、垢抜けの方法なんて山ほど出てくる。でも逆に言うと、ありすぎて迷っちゃうでしょ? だからこそ、ここに“成功者の私”がいるわけよ! 私がやったことを、そのままやってもらうよっ!」
「……はい」
素直にうなずくと、彼女は指を立てて続けた。
「垢抜けの基本、それはまず“痩せてる前提”がなきゃ話にならないのっ! どれだけ髪型やファッションをカッコよくしても、その体型じゃ誰も見向きしないんだよね。――だから、最初の夏休みの課題は……“痩せること”!」
「……まぁ、分かってたけど。実際聞くと、キツイな」
「でも男子はね、痩せるだけじゃダメなのっ。筋肉もつけるのがマスト! まずはそれから! それと、夏休み中には“サブミッション”もあるから!」
如月が勝手にテンションを上げながら言う。
「サブミッションは1から5まであるけど、特に“1”は後々超重要になるから、毎日やること! ……って、あっ、もう遅くなっちゃったね。今日は解散! 詳細はメッセージで送るから、まずは連絡先交換しよ!」
まさかの女子と――しかも如月紫苑と連絡先を交換する日が来るとは。
俺の人生で、親と幼馴染以外の連絡先を交換するのはこれが初めてだ。
その夜、家に帰って届いたメッセージには、早速“ミッション”が送られてきた。
《夏休みメインミッション》
「夏休み期間中に体重を15kg落とせ!」
「……は? そんなの可能なのか?」
驚いてる間に、次の文が目に入る。
《サブミッション1》
「二週間後から、毎日一時間以上は私と通話しろ!」
「コミュ障の俺に、女子と一時間以上喋れって……それもう、“死ね”って言ってるようなもんじゃねぇか……」
完全にやる気をなくしそうになったが、ふと部屋の壁に貼ってあるあの紙が目に入る。
『――復讐』
俺は、あの日の気持ちを忘れないために、大きな紙にその一言を殴り書きした。
この紙がある限り、俺は絶対に折れない。絶対に、諦めない。
食事制限に、規則正しい生活。
毎朝と夜のトレーニングも欠かさず続け、夏休みの半分が過ぎた。
そして――
今日は、あの“サブミッション1”、つまり如月との通話が始まる日だ。
「……ブーッブーッ」
スマホのバイブが鳴る。如月からの電話だ。
「……もしもし、聞こえるー?」
陽キャ特有の明るいトーンに、頭が一瞬クラクラする。
「聞こえてますよ」
「よかった〜。てっきり、この二週間無反応だったから、電話にも出ないかと思ったよ。出なかったら……家に突撃するつもりだったけどね? ふふ」
軽く流したけど、今のって実はとんでもないこと言ってないか?
「で、この通話……何か意味あるんですか?」
「今はまだ具体的には言えないけど、結構大事な部分になるからね! とりあえず今は“親睦会”だと思って、ゆる〜くいこ!」
「まぁ……はい」
「んで、ミッションの進捗は?」
「順調です。夏休み明け、楽しみにしててください」
「おっ、いいね〜! ……ってか、ずっと敬語だけど、どうしたの? もしかして女子と電話して緊張してる〜? ふふっ」
完全に図星だ。恥ずかしい……。
「先生って言ってるけど、私はパートナーでもあるんだから、タメ口でいいの! それと、呼び方も決めよ! 私はいつも通り“颯くん”って呼ぶから!」
すげぇなこの人……電話越しでも陽キャのオーラがすごい。
「俺は……普通に“如月さん”でいいですかね」
「も〜、まだ敬語だし名前も堅いし! まぁ今日は初日だし仕方ないか。じゃあ、“如月”でいいよ! でも敬語はナシね?」
「……まぁ、うん」
そんな会話を続けているうちに、あっという間に一時間が経っていた。
「もう一時間か〜。今日はこのへんで終わりにしよっか! でも、明日も絶対電話かけるから! 無視はダメだからね? ばいば……じゃなくて、“またね”!」
電話が終わったあとも、まだ耳に余韻が残っていた。
久しぶりに人と話して、ちょっと……いや、かなり楽しかった。
頬をぺちんと叩いて気合を入れ、俺は二度目の夜ランに出かけた。
夏休みも折り返しに差しかかった頃
新たなサブミッションが、3つ同時に送られてきた。
《サブミッション2》
「コンタクトレンズの準備をする」
《サブミッション3》
「ファッションの勉強を始める」
《サブミッション4》
「自信を持つこと」
「……どれも大変そうだけど、あいつらの顔を思い浮かべるだけで、やる理由は十分すぎる」
そして
夏休みが終わる二日前、ついにサブミッション5が送られてきた。
《サブミッション5》
「明日、私とデートすること」
「デート……!? いや、いきなりハードル高すぎない!?」
一瞬パニックになったが、ふと気づいた。
(……でも、ファッションももう大丈夫。会話も、通話で鍛えてきた。自信だって、あの頃とは比べものにならない。これって、もしかして――)
如月が言いたかったのは、きっとこれなんだろう。
「……よし、明日、頑張ってみるか」
*
デート当日。
待ち合わせ場所に現れた俺を見て、如月はまるで初めて人間を見たかのように目を見開いて固まっていた。
「……如月? よう」
驚きっぱなしの彼女が、ぽつりと呟く。
「……元がいいのは知ってたけど……ここまでとは……」
あの如月が言うんだ、本当なんだろう。
それだけで、なんだか胸が熱くなった。
「そういえば、今までのミッションって……このデートのためだったんだな。助かったよ」
「……??」
如月が不思議そうに首をかしげる。
「全然違うけど?」
「……まじ?」
「おーまじ!」
その瞬間、如月が吹き出した。そして俺もつられて笑って――
気づけば、二人で駅に響くほど大爆笑していた。
「本来なら、今日のデートは颯くんにエスコートしてほしいところだけど……
内容は私が完璧に用意してきたし、今日はさらにカッコよくなる一日にするつもりだから。ついてきて!」
そう言って、如月は手を差し出した。
俺は、その手を――しっかりと握った。