第二十三話 転校生
俺は昨日、「気になる人」と言ってあの場を納めたが、正直、自分でもその言葉に違和感を感じていた。
なぜなら俺は昔、誰かを好きになったことがある“気がする”。
けれど、なぜそんな曖昧な言い方なのか。
それは、思い出したくない記憶だからだ。
いつ、誰を、なぜ好きになったのか。考えようとすると、直感が警告を鳴らす。
思い出すな。
まるで、そう言われているかのように。
だから俺は、ずっとその記憶に蓋をしてきた。
まさかその真実が今日知るとは思いもしなかった。
*朝
「男かな?女かな?」
「女の子がいいな笑ー」
「男こないかなー、」
「ね!イケメン来てください、」
「なぁ、真斗今日やけに騒がしくないか?」
「うん、今日うちのクラスに転校生がくるんだよ、」
「そうなのか、知らなかった、」
一応颯はクラスの人気?はあるが、コミュ力は未だ皆無なのでクラスラインに入れてもらっていない、
「はい、みんなおはよう。知っている人はいると思うが、転校生を紹介する。入って」
先生の声と共に、教室のドアが開かれる。
瞬間、教室の空気が変わった。
男子はもちろん、女子たちですら息を呑んでいる。
理由は一目瞭然だった。金髪のロングヘアが光を受けて輝き、その整った顔立ちはまるで海外ドラマに出てくるスターのよう。スタイルも抜群で、ただ立っているだけで周囲を飲み込むような存在感がある。
──だけど、それ以上に。
さっきから感じていたこの違和感は何だ。
「えーと、アメリカの学校から転校してきた、雨宮アリスさんだ。それじゃ、自己紹介よろしく」
沈黙が流れる。
教室中が静まり返ったまま、誰も口を開かない。日本語が苦手なのか、それとも緊張しているのか。周囲はそう思っているだろう。
だけど俺には違うように見えた。彼女は、何かを──いや、“誰か”を探しているような目をしていた。
クラスの反応でチラ見する程度であとはずっと外の鳥を眺めながらぼんやりと考え事をしていた。
あまりの沈黙の長さにふと気になって黒板を見ると──目が合った。
次の瞬間、
「はーちゃんっ!!」
涙を浮かべながら、彼女が俺に飛びついてきた。
「え、ちょっ──!」
クラス中が騒然とする。
「えええええ!?!?」
「誰!?」「え?彼女?外国人?え?え?」
もちろん如月と牧野も唖然。ていうか、俺が一番混乱してる。
「ずっと、ずっと……会いたかったよ、はーちゃん……!」
「お、おい……」
「颯っ……!」
──次の瞬間。
彼女は、俺の唇にキスをした。
「──は?」
「ちょ、ちょっと待て、君は──」
その瞬間、脳裏に何かがフラッシュバックする。
強烈な頭痛が走った。
「──っ……う、あああ……!」
「はーちゃん!?」
「はーくん、大丈夫!?」
騒然とする教室。先生の声が遠くに聞こえた。
「保健室だ!誰か運んで!」
*
気がつくと、そこは保健室だった。
「あー……確か、俺は……うっ」
まだ頭がズキズキする。目を開けると、ベッドの隣に見慣れない──いや、さっきの“雨宮アリス”が座っていた。
「びっくりしたよね、ごめん。でもなんか、こうしてベッドで話してるのって懐かしいね、はーちゃん」
「……いや、懐かしいも何も、君、誰だっけ?」
「えっ……はーちゃん、私のこと、覚えてないの?」
「ハーフ美女と喋った記憶なんて人生で一度もないけど……」
「美女だなんて、もう……ふふ。でも……“病院”って言ったら、思い出す?」
「……病院?」
「小学校の時、病院に通ってたでしょ?」
「……まさか、あのときの?」
「そうだよ!やっと思い出してくれた?」
「ごめん……俺、小中の記憶が曖昧でさ。特に入院中の記憶はまるごと抜けてるんだ」
「そっか……」
アリスは少しだけ寂しそうに微笑んだ。
「うん、わかった。また明日ね、はーちゃん!」
「……あ、ああ」
ふと時計を見ると、すでに下校時間だった。
「って、俺どれだけ寝てたんだよ……」
違和感が胸の奥に残っている。この件、母さんに聞くしかない。
*
──帰宅。
「母さん、ちょっと聞きたいことがある」
「どうしたの、颯?」
「俺が入院してたときのこと。母さん以外に誰か、お見舞いに来てた?」
「うーん……私と、佳奈くらいかしらね。如月ちゃんたちには会わせられなかったし……」
「そうか……」
「あ、でもね。隣のベッドの女の子とはずっと仲良くしてたわよ。同い年くらいの子で、金髪がとっても似合ってて可愛かったわね」
やっぱり、雨宮アリスのことだ。
「その子と、俺がずっと喋ってたの?」
「ええ。お似合いだな~なんて思ってたくらい。でも、ある日を境に急に話さなくなったの。距離を感じるっていうか……颯の方が、避けてた感じね。私が理由を聞いても、教えてくれなかったわ」
「…………」
俺は何を、そんなにも隠していたんだろう。
「颯はその子の過去や事件の真相は知りたい?」
「知れるならもちろん知りたい!」
「そう、」
いきなり母さんが真剣な顔をする。
「颯。もう十分に成長できたと思うからこそ、今から大事な話をするね」
「……え?」
「記憶が戻る可能性があるの」
「本当、なのか、」
「ええ。あなたの記憶喪失の回復には精神的なショックが原因だったの。主治医からは、精神が安定して過去の人や場所と再接触することで、いずれ記憶が蘇るかもしれないと聞いていたわ。だからいずれあの事件の犯人だって特定できるわ。でもね……無理に思い出さなくてもいいのよ?」
「……大丈夫だよ、母さん。俺、もう覚悟はできてるから」
*
──翌日。
「ってわけで、如月、頼むからそろそろ機嫌直してくれ」
「はぁ……事情はわかったけど、あんな教室で公開キスなんて……もう学校中、大騒ぎよ?」
「はーくん、昨日のアレはすごかったね~笑」
「笑い事じゃないぞ、俺だって急で意味がわからん、」
「でも、ちょっと面白かったよ?」
「……はあ」
「それで、はーくん。私たちにお願いがあるんでしょ?」
「うん。俺の過去を辿るために、思い出の場所とか、入院してた病院とか、行ってみようと思うんだ。如月たちにもついてきてほしい」
「当たり前でしょ」
「当然だよ」
「……ありがとう」
こうして、俺は記憶の迷宮に踏み込んだ。