第十八話 結城紗栄子
あの出来事の帰り道。
いまだに――いや、今でも、あの言葉が頭から離れない。
「私は昔から颯が好き。」
「私も出会った時から颯が好きだよ。」」
まさかの急にモテ期到来?!
顔がじんわりと熱くなる。
恥ずかしさと、信じられなさと……ちょっとした高揚感が入り混じっていた。
でも、それ以上に、
今日、聞いてしまった話が胸の奥で重たく響いていた。
「それより……牧野たちが中学からの付き合いだったなんて驚きだ。それに……三年間の入院の記憶が、どれだけ思い出そうとしてもまったく浮かんでこない……記憶喪失って、こういう感じなのか……本当に何も……」
いつの間にか、家の前にたどり着いていた。
「おかえり! ごはんにする? それともお風呂?」
「……先に、風呂にします」
「うん、分かったわ〜」
あの話し合いからさらに紗栄子さんはやけに母親ぽくなってる、
あの夜、如月が言ってくれた言葉
『少しだけでも寄り添いなさいよ』
それが、今も心のどこかで引っかかっている。
でも……それでも……どうしても、体のどこかが拒否反応を起こしてしまう。
それにあの日の真実を、きちんと聞かないといけない。
*
夕食時。
「颯、ご飯どう? あなたの好きなハンバーグ、がんばって作ったのよ〜、ふふっ」
「……美味しいです」
「そっか、よかった。」
やがて箸を置き、意を決して口を開く。
「紗栄子さん……大事な話、してもいいですか?」
「ええ……もちろんよ」
「俺の記憶喪失と、“あの出来事”について――」
「……それ、誰かから聞いたの?」
「牧野たちに……」
「そう……やっぱり話しちゃったのね。でも、いつかはちゃんと話さなきゃって思ってた。で、どこまで聞いたの?」
俺は、今日牧野たちから聞いたことを全部隠さず話した。
「そう……あれは、突然だったの。あの日、如月ちゃんたちから電話がかかってきて」
プルルルル……
『はい、結城です』
『颯くんのお母さんですか!? あの、颯くん、今そちらにいますか!?』
『えっ……? まだ帰ってきてないけど……なにかあったの? そんなに慌てて……』
『あの……颯くんと約束してた場所が……荒れてて、なんか、やばくて、えっと……!』
小学生だった彼女たちの言葉は、混乱と恐怖でうまく整理されていなかった。
それでも私は、何かを察して言った。
『分かった、落ち着いて。颯に何かあったの?』
『はい、近くの人が警察と救急車呼んでくれました。とにかく、颯くんを探してください!』
その直後だった。
インターホンが鳴った。
ピンポーン……
玄関を開けると、そこには――
血まみれで意識を失った、颯が倒れていた。
「それで……すぐに病院に連れて行ったの。診断は、頭部の打撲、腕と脚の骨折、そして頭部の影響での記憶喪失
警察の人にも事情を話したけど、本人の記憶が戻らない以上、真相は掴めなかった。先生からも“刺激しないように”って言われてこの事件に関して話せる状況じゃなかった、」
「……」
「でも、警察は事件性が高いって……。誰かに殴られた、明らかに“何かされた”って……」
「……そんなことが……」
「ええ、それに病院から“同じ学校に戻れば今までの記憶を失うリスクがある”とも言われて。それにまだ経過観察が必要のことだから……三年間の入院を、私が決めたの」
「……如月たちのことを話さなかった理由も……」
「そう。事件のことを知らせたくなかった。そして、なにより……颯に私たちのことを、忘れてほしくなかったのよ……」
紗栄子さんは、言葉を詰まらせ、肩を震わせながら泣いていた。
その涙を見るのは、二度目だった。
でも、今回は違った。
あのときよりも、もっと――ずっと近くで。
「その事件以降で私と颯の関係は途切れたの、」
「颯が……私を嫌いになった瞬間は、よく分かった。夫が亡くなって、もう何もかもどうでもよくなって……」
「……」
「でも、そんな中でも……あなたと佳奈が、支えだった。なのに、あなたが事件に巻き込まれた。それを私のせいだって……ずっと思ってたの」
「……」
「昔から颯は私と一緒にいると何かと嫌なことに巻き込まれたりするでしょ、だから私がきちんとしていれば、こんなことには……って、いつからか佳奈にずっと慰めてもらっていた、なのに私は、また……また、颯から目をそらして……!」
「……紗栄子さん」
確かに、昔からこの人といると、不思議とトラブルに巻き込まれることが多かった。
学校の説明会のときだって、紗栄子さんが美人のあまり目立ちすぎて、陽キャたちの標的にされたり、
「お母さんはあんなに綺麗なのに、なんであんたは……」なんて比べられたりもした。
でも、
それは全部、紗栄子さんのせいじゃない。
「……俺、あの時……心底絶望してた。もう、紗栄子さんには俺なんか必要ないんだって。何度も、産まれてこなきゃよかったって……」
「ちがう、違うの……!」
「でもさ、今こうして、本音で話してくれるだけで、伝わってくるよ。母さんが、俺を必要としてくれてるってことが」
「颯……今、私のこと、“母さん”って……?」
涙を流したのは、俺もだった。
紗栄子さんが、こんな顔をしてくれるなんて――もう、二度とないと思ってた。
「……俺には、母さんが必要だよ。ずっと……そうだったのかもしれない」
「颯……私にも、あなたが必要。私、颯を――心から、愛してるのよ」
気づけば、俺たちは泣きながら抱き合っていた。
遠ざかっていた時間が、今ようやく――少しだけ、埋まった気がした。
「母さん、くるしい……!」
「ダメ、もう少しだけ……こうしていさせて……!」
あの夜、ようやく俺たちは“親子”になれた。
*
翌日の登校。
昨日は母さんにずっと抱きしめられていて結局一緒に寝てしまった、もう高校生にもなって母親と、なんだかすごく今になって恥ずかしい。
「颯!おっはよう!」
「如月、おはよう」
「機嫌いいね!何かいいことでもあったのかい? で、どう?ちゃんと話せた?」
「うん、牧野達や母さん達とも仲直りできた。色々と助かった、」
「私は何もしてないし、助けてもないよ!颯くんが勝手に助かっただけさ!」
「何か、聞いたことのあるセリフだな、まあいいか、」
「はーくん、颯!おっはよ!」
いきなりうしろから飛びつく雫と美羅。
「あんま人前で抱きつくなよ、」
「いやです!いやだ!」
「おい、」
「もう絶対離さない!」
じーーーーげっ、
「頼むから俺をそんな目で見ないでくれ如月、」
「随分と女たらしまでなっちゃって、この浮気者、」
「別に誰とも付き合ってない!」
こんなに平和かつ楽しい日々を過ごせたのは初めてなのかも知れない。こんな日々がずっと続けばいいのに、
4000pvありがとうございます!ここから少しラブコメ要素強くします!