表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/25

第十三話 母親とは



確かによくよく考えてみれば、不思議だった。


――たった一度助けただけで、どうしてあんなにも親切にしてくれるのか。

それに最初から、事件の真相を知っていたかのように。


 


「でもね、まだ返事はいらないよ」


「どうして?」


「はやてくんには、まだやることがいっぱいあるでしょ?」


あの子たちとも、いつかはちゃんと話さなきゃいけないしね


彼女は小さな声で、呟いた。



「とりあえず今は、好きっていう気持ちだけ伝えたかったの! じゃあ、あとはあの人に任せるね! じゃあねっ」


そう言って、俺に向かって――突然の投げキス。


「先輩、そういうところですよ……」


苦笑いしながらも、どこか顔が熱くなるのを自覚していたその時。


ガチャ、と教室の扉が開き、入れ替わりで如月たちが入ってきた。


「……なに、それ。顔、赤くなってるけど?」


如月の目が、まるでスキャンするように俺の表情を読み取ってくる。


「はーくん、すっごくかっこよかったよ。でもね、ちょっと無茶しすぎ。少しくらい僕たちにも頼ってくれてよかったのに」


その言葉に、胸の奥がちくりと痛む。

確かに、危ない橋を渡ったのは事実だった。


「……今度からは、少し頼らせてもらってもいいか?」


「うん、もちろん!」





「で? さっき先輩と、何話してたのかな〜? ……ふふっ」


如月の笑顔は笑っていたが、目は笑っていなかった。

横にいた真斗も、なぜか黙って俺の顔をじっと見てくる。え、怖い。


「いや、実は……」


俺が言いかけると、なぜか如月と真斗が同時に声をあげた。


「「先輩に告られた!?」」


あまりに息ぴったりで、こっちが驚く。


「……うん。まあ、過去にいろいろあって……奇跡的に再会してさ」


「そんなことがあったんだ……」


「で、どうするの? 付き合うの?」


如月が、さりげなく間髪入れずに聞いてくる。笑ってるけど、目がギラついてた。


「いや、まだ返事は保留、俺にはまだやらなきゃいけないことがあるから」


「……そっか」


その瞬間、如月の表情がふっと緩む。

気のせいか、ちょっとだけ安心しているように見えた。










──家に帰ると、いつになく真剣な声が飛んできた。


「颯! どうしたのその怪我?!」





「……ただ、転んだだけです」



「転んだだけでそんな怪我になるわけないでしょ! 外で何があったの? ちゃんと話して!」





(何を今更、)


俺はその言葉を口に出しながら、部屋に戻ろうとした。


「待って……!」


その腕を引いて、俺を抱きしめたのは――紗栄子さんだった。


「離してください」


「……ごめんなさい。今になって、やっと気づいたの。自分がどれだけ最低だったか。……本当に、母親失格だよね」


「じゃあ、なんで……! 今まで無関心だし、あの事件当日もまるでいつかはやるみたいな目でみてきた!?」


「ごめんなさい……怖かったの。

それまで、ろくに颯と向き合ってこなかった。

あなたが何を思ってるのか、どうしてるのか、全然わからなかった。

だから、何か言うたびに嫌われる気がして……

でも、黙ってたらもっと嫌われてたんだよね。……バカだよね、私」


泣きじゃくる母の姿を見るのは、父の葬式以来だった。


その瞬間、頭の奥でズキンと激しい痛みが襲う。


「……なんで、うっ……!」


「颯!? どうしたの、どこか痛いの!?」


「……今は……少し、一人にさせてください」


そう言って、俺はふらつきながら自室へと戻った。


 


ベッドに倒れ込みながら、思考の波に呑まれていく。


(……今さら、何なんだよ)


昔は、確かに母は俺を可愛がってくれていた。

家族の中も、あたたかくて笑いが絶えなかった。


でも父が亡くなってから、すべてが変わった。


母はまるで、生きる目的を失ったかのように絶望の色を宿した目をしていた。

俺が何回も励ましても、返ってくるのは無感情な「ありがとうね」の機械的な言葉だけ。




そしてあの時からだ――

「母親」としてではなく、「結城紗栄子」という名字が同じだけの他人としてしか、彼女を見れなくなったのは。



決定的だったのは、あの光景だ。



妹の佳奈を、母が泣きながら抱きしめて「ごめんね」と言っていた。


……俺には、そんな言葉一度もなかったのに。


 ああ、やっぱり俺はいらないんだ。


そう悟ってからは、ずっとこの家では「居候」として演じてきた。


……なのに今さら、母親面なんて。


本当に、どうかしてる。







翌日。


ごほっ、ごほっ、二度寝


頭が割れるように痛い。身体も鉛のように重たい。


「……うわ、39.5度って……」



額に当てた体温計の数字に、ビックリする。




「まあ、そうなるよな……ここ最近、いろいろありすぎたし。ろくに眠れてなかったもんな……とりあえず何時だ?」


ベッドに倒れ込んだまま、スマホを手に取ろうとしたそのとき――


ピンポーン。


「……誰だ?」


スマホをちらりと見れば、もう午後四時を過ぎていた。


早朝に起きてだるさを紗栄子さんに連絡したときは、「今日は仕事休むから、しっかり休みなさい」と言ってたが、結局重要な会議があるとかで、朝には出社していった。



期待はしていない。





玄関を開けると、そこに立っていたのは――


「……如月?」


「はいこれ、今日のプリントと、テストの範囲。それと、上がっていい?」


「いや、風邪うつるし、帰ったほうが……」


ぐぅ~~~~~っ……


と、そんなタイミングで、盛大にお腹が鳴った。


「……今日、何か食べた?」


「いや……食ってない」


「親は?」


「……あの人は、俺に関心ないから」


如月は一瞬だけ何かを言いかけたように口を開き、そして小さく息をついた。



「……じゃ、遠慮なく上がるね!」


「お、おいっ……!」


ずかずかと靴を脱ぎ、キッチンへと向かっていく如月。その背中は妙に頼もしくて……まるで、本当の“母親”みたいだった。







「よし、ご飯できた!あ、あーんしてあげる!」


「いや、自分で食えるって」


「だーめ。病人は黙って甘えなさいっ。はい、あーん」


恥ずかしさで耳が熱くなる。


……なんだこれ。新婚夫婦かよ。


「お、美味しい、」


「でしょ?笑」



ニヤついている。



「体調、大丈夫そう?」


「うん。ご飯食べたらさっきまでが嘘みたいに、スッキリした」


「そう。まあ、最近いろいろあったもんね。疲れも溜まるよ」


「……昨日も、紗栄子さんといろいろあったしな。それが原因だろ」


「……紗栄子さんって?」


「……あー、母親のこと」


つい口を滑らせた。けど、如月はその言葉に反応した。


「ねえ、その……お母さんのこと、聞いてもいい?」


「別に、大した話じゃないよ」


「私は、もっと颯のことを知りたい。……てか、知らなくちゃいけないって思ってる。だから、教えて」


彼女の瞳は真剣だった。


俺は観念して、昨日のこと、そしてこれまでの母との関係を、包み隠さず話した。




如月の表情が、徐々に曇っていく。




「……如月?」


「それは……許せない。あんなに颯は辛かったの、自分の子供になんてことを……!」



「落ち着け、でも、今は如月たちがいるから。もうそんなに気にしてない」


「颯……」



その時だった。玄関の開く音と、ヒールの軽い足音が廊下を進んでくる。



「颯? ドア開けるね? 仕事、切り上げて早退してきたの。今からご飯作るけど……なにが食べたい?」



最悪のタイミングだった。



よりにもよって今、もっとも接触させてはいけない二人が出会ってしまった。


「颯、この人は……」



如月が立ち上がり、母さんに向き直る。


「あなたが、颯のお母さんですか? 私、言いたいことがあります」



「ちょ、如月……」



俺の制止の声は、彼女には届かない。


事態は、静かに、でも確実に動き始めていた。









































タイトルを少し追加させていただきました。ご了承ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ