第十一話 友達
そう言って、俺は如月に言われたとおり、物理講義室へと向かった。
そこには——あの時の、彼が座っていた。
「こんにちは」
「あっ、はーくん……結城さん、待っていました」
「早速なんだけど、石垣さんって……俺のこと、知ってるんですか?」
「うん、知ってるよ。君は覚えていないと思うけど……これから、僕と君、そして如月との関係について話すね」
「如月……? なんで如月の名前が出てくるんだ。まあ、いいや……はい」
「結城くんがこの街に来たのが、二度目だってことは覚えてるよね?」
「はい。……まだ父が亡くなる前、小学四年まではここに住んでて、亡くなった後、母が鬱になって……一年ほど鹿児島にある母方の祖母の家で療養してたんです。それから、母の状態が落ち着いてからこの街に戻ってきました」
「四年生まで……誰と遊んでたか覚えてる?」
「小学生の間はずっと牧野と近藤と遊んでましたけど……」
「やっぱり、覚えてないか」
「……覚えてない?」
「うん。実はね、小学四年生までは、僕と結城くん、そして如月の三人で、ずっと一緒に遊んでたんだよ」
「……そうだったのか?」
でも、確かに——復讐を誓ったあの日、如月が“ふれあい公園”を指定してきた理由には辻褄が合う。初めて如月と話したときも、なぜか懐かしさを感じた。あの時の違和感……これだったのか。
「でも……なぜ、それを俺は覚えていないんだ?」
「そこなんだよ!」
石垣が、急に真剣な表情になる。
「大体の想像はついてる。結城がこの街を出る日、三人でお別れ会を開く予定だった。場所は“ふれあい公園”の秘密基地。僕と如月は、待ち合わせ通りに現地に着いて先に中へ入ろうとしたんだけど……そこには、めちゃくちゃに荒らされた秘密基地と、血痕があった」
「まさか、誰かに……襲われた?」
「おそらくだけど……頭部を殴られたんじゃないかな。そして、その衝撃で記憶を失ったんだ」
「それ……本当なのか……?」
頭が追いつかない。胸の奥に、得体の知れない恐怖が込み上げてくる。
「なんでだよ……また、なんで俺が……こんな目に……どうして……なんで!」
不信感と混乱が、心を支配していく。
「大丈夫?結城くん!」
そのとき——ガラリと講義室の扉が開いた。
現れたのは、如月だった。そして彼女は、真っ直ぐ俺に歩み寄り——ぎゅっと、抱きしめてきた。
「大丈夫。今度は私たちが、必ず守るから」
「そうだよ、結城くん——いや、はーくん! 僕たち三人こそ、本当に信じ合える友達だから! こんなことをした奴は、絶対に許さない、」
「……二人とも、ありがとう。おかげで落ち着いた。でも……なんで、今になってこんな話を?」
「記憶を失ってるはーくんに話しても、きっと信じてもらえないって思って……言うのが遅れた。……そのせいで、あんなことになって……これは完全に、僕の責任だ。本当に、ごめん」
「大丈夫だよ」
「実は真斗ったらね、入学してすぐに颯の存在に気づいて、ずっと陰でフォローしてたのよ! もちろん、私も気づいてたけどね!」
「フォローって……どういう?」
「三井とその取り巻きが颯の物を盗んだり、机に落書きしたりしてたの、全部真斗がこっそり戻したり、朝早く来て消したりしてたのよ。私も手伝ったけど!」
「……そんなことがあったなんて……」
「あの事件が起きたとき、僕と如月が名乗り出たって、どうせ誰も信じてくれないと思った。だから……まずは真相を自分たちで調べるしかなかったんだ。かなり時間はかかったけど、その間のフォローは如月が全部担ってくれた」
「……あの日、俺が死のうとした日も?」
「うん。如月は、毎日SNSを見たり、颯の行動をずっとチェックしてた」
「だから知ってたのか……」
「でも、もし、あのとき呟いてくれてなかったら……今ごろ颯は救えなかった。一生、後悔するところだった……」
如月の目に、涙が浮かぶ。
「でも……今の俺がいる。だから、ありがとう。本当にありがとう! みんながいなかったら、俺はとっくにこの世にいなかった。ここまで成長できたのも、如月と、裏で支えてくれた真斗のおかげだ!記憶はないけどまた俺たちはこうやって出会う事ができたんだ!」
そう言うと、俺たち三人は自然と泣きながら抱き合っていた。
まるで、親鳥から巣立つ雛を見送るように——特に二人は、号泣していた。
——そして。
「この真相について今後のことなんだけど。」
「ああ。でも、少し……待ってくれないか?」
「どうしたの?」
「俺には、やらなきゃいけないことがあるんだ」
不安そうに見つめる二人。
「颯……私たちも手伝おうか?」
「いや、大丈夫。二人は関係ない。これは、俺が……俺自身でケリをつけなきゃいけないことだから」
「……そう。わかったわ」
「じゃあ、また明日」
「頑張れよ!」
*
そう言って、俺はある人物のもとへと向かった。
「はやてくん?」
「……先輩」
「少し、話せませんか?」
「いいけど……?」
俺は先輩を人気のない公園に連れて行った、そして自販機の前で立ち止まった。
「先輩、何か飲みたいものありますか?」
「えっ、はやてくんが奢ってくれるの? うれし〜笑」
「俺から誘ったので。」
「じゃあ……ミルクティーで!」
「ミルクティー、好きなんですか?」
「うん。うち、家族でカフェやってるんだよ。だからよく、お母さんに作ってもらってたの」
「そうだったんですね……」
「はやてくんは、好きじゃないの?」
「……ちょっと苦手です」
「えー? 甘くておいしいのに! ……で、話って?」
「はい。先輩、あの“証拠”……どうやって見つけたんですか?」
「それはね……たまたま、話してるとこ見て撮ったの!」
「嘘、やめてください。怒りますよ。あれ、事件前に三井が話してた動画ですよね? そして先輩と出会ったあの日、先輩は“確証はまだ掴めてない”って言いました撮っていたらならすでに動画は持っていたはずです……正直に言ってください。あの動画、誰からもらったんですか?」
俺は、叱るような口調で言った。
「……金剛先輩」
「やっぱり、そうですか」
「……なんで分かったの?」
「ただの勘です。それに、先輩が俺に証拠を渡したとき、嬉しそうではあったけど、どこか不安そうにも見えました」
「……そっか。はやてくんにはバレたくなかったんだけどな、」
「で……対価は、なんだったんですか?」
「……付き合うのを、条件に」
その瞬間——激しく、自己嫌悪に襲われた。
先輩と出会った日、あんだけ付き合うのを嫌がってたのに、俺を見捨てることもできたはず、なのに、
先輩は、自分を犠牲にしてまで俺を守ってくれていた。
"奴ら"みたくただの傍観者じゃない。 たった一人の“結城颯”として、見てくれていた
今度は俺が、助ける番だ。




