第十話 はたしてそれは復讐?
雫と決別した日の夕方――帰り道。
「復讐っていう形で、自分が一番望んでたはずなのに……なんでだろうな。全然スッキリしない」
ぽつりとつぶやきながら、オレンジに染まる帰り道を歩く。
「でも、なんにしろ今日は……俺の“真実”が証明されたんだ。今はとにかく――ホッとしとこう」
家の前に着くと、そこにいたのは――母親、ではない、結城紗栄子だった。
「……こっちに来なさい」
低い声で、彼女は俺を呼んだ。
「……」
「あの件、嘘だったみたいね。今日、先生から連絡があったわ」
それを遮るように、ぱっと割り込んできた声。
「ね、だから言ったでしょ! お兄ちゃんがそんなことするわけないって! ずっと信じてあげてって言ってるのに!」
弾けるような声でそう言ったのは――俺の妹、結城佳奈。
まるでヒーローを信じる少女のような口ぶりに、思わず失笑しかけた。
(今さら、何を言ってるんだか……)
あれだけ俺の話を信じようともしなかったのに。今になって“味方”を気取るなんて、正直――滑稽だ。
「……それじゃ、僕は部屋に戻りますね」
二人のやり取りを無視するように、俺はそのまま階段を上がった。
颯、
いつからだろう息子の颯と会話が無くなったのは、
最愛の夫を亡くしてからというもの、自分自身の笑顔は明らかに減った。日常の中でふとした拍子に空を見上げ、過去の幸せを思い出しては、胸を締めつけられるような寂しさに襲われる日々。
──それでも、生きなければならなかった。
理由はたったひとつ。残された二人の子供たちのために。
特に長男の颯は、父親によく似ていた。真面目で、時に不器用なまでに他人に優しい。だからこそ、私は知らず知らずのうちに、颯にばかり厳しく接してしまっていた。
それとは対照的に、妹の佳奈には甘い言葉と微笑みばかりを与えていた。まだ幼くて、守ってあげなければ──そんな思いが先走っていたのだ。
だが、それがどう響いていたのか、母として気づくのが遅すぎた。
颯は次第に心を閉ざし、いつからか親子の会話すらなくなり颯が今どうゆう状況、やりたいことすら分からなかった。それにある日から彼は私を「お母さん」とすら呼ばなくなった。
「ありがとうございます」「わかりました」──その口から出てくるのは、どこかよそよそしい敬語ばかり。
家族であるはずなのに、まるで他人のような距離感。
そしてあの事件が起きた時にも母であるのに息子に心配の一言すら掛けられなかった。
「私は母親として失格だ。」
それでも私は颯のたった一人の母親、こんなところで諦めたくはない。
* 疲労と“終わらないモヤ”
今日一日の怒涛の出来事を経て、俺はベッドに身体を投げ出した。
全身が重い。思考までが沈むようだ。
ふと視界の端に、“復讐”と大きく書かれた一枚の紙が目に入った。
「……今思うと、なんか懐かしいな。俺、よく頑張ったよな。あの三井に――ちゃんと復讐できたんだから」
胸に去来する思いは、安堵か、それとも空虚か。
それを確かめる暇もなく、俺の意識は徐々に眠りに飲み込まれていった。
*
週明けの朝――そして決別のとき
週が明けた。
だが、心は晴れない。
なぜなら今日――俺はもう一人の友達だった人に決別しなければならないからだ。
その人物の名前は、牧野 美羅。
あの話以降――彼女の態度はまるで何もなかったかのようだった。
「今日の体育はバレーだね」
「お弁当、ないなら私が作ってこようか?」
「ね、一緒に登校しよ? 今日も、待ってたんだよ?」
……そんな風に、彼女は毎日のように接触してくる。
俺は当然それを避けた。早めに家を出るか、逆に遅れて登校するか――とにかく顔を合わせないようにしてきた。
だが、クラスで人気のある彼女に話しかけられ続けるそれを無視していくうちに俺を、周囲の視線は明らかに“異物”として見ていた。もちろん如月は助けてくれてはいたけど心配はかけたくない。
――もう限界だ。
俺は今日、昼休みに彼女を人気のない場所に呼び出した。
「颯くん……どうしたの? 急に呼び出しなんて……」
やって来た牧野は、微かに頬を赤らめていた。まるで――まるで俺に好意でもあるかのように。
(……冗談だろ)
あのことが、なかったことになってるみたいだ。
「もしかして、こんな場所に呼び出したってこと
は……そういう、意味が……?」
「……さっきから何をごちゃごちゃ言ってるんだ。黙ってくれないか」
「――え?」
俺は一歩、彼女の前に出た。そして静かに、けれどはっきりと口を開いた。
「今日は、お前に“絶縁”を言いに来た。……俺と、もう関わらないでください」
深く頭を下げた。まるで上司に謝罪するように、きっちりと90度。
「……え? ……なんで……?」
珍しく、牧野の目に涙が浮かんでいた。普段の彼女からは想像もできない、崩れた表情だった。
「泣けば俺が撤回するとでも思ったか? ……甘いよ。俺が言いたいのはそれだけ。君が了承すれば、それで済む話だ。……どうか、お願いします」
もう一度、お辞儀をする。二度目は、より深く。
「さようなら」
「待って、お願い、話を――」
彼女の手が俺の袖を掴む。だが、俺はそれを振り払った。
「やめてくれないか?」
俺は、あの日――
牧野がまるで“ゴミ”でも見るかのような目で俺を見た、その瞬間を今でもはっきりと覚えている。
だからこそ
俺も、同じ目で彼女を見返した。
同じ痛みを、同じ冷たさを――
味わわせるために。
それは復讐なんかじゃない。
ただの、感情の均衡だった。
これでいい。きっと、これで――よかったんだ。
……だけど。
胸の奥には、消えないモヤが渦巻いていた。
*
その日の放課後――如月と
「如月、お待たせ」
昇降口で待っていた彼女は、少し頬を膨らませた。
「もー、遅いよー。なにしてたの?」
「ちょっと先生に呼び出されててな。すまん」
「ふーん。……で、あれから何か、変なこととかなかった?」
「いや、特には。……一瞬だけ、あいつらの顔が頭に浮かんだけどな」
言葉にするのも、少し気まずい。
「相変わらず女子からはやたらメール交換とか言われるし、男子からはコソコソ言われるけど……もう、いちいち気にしてられないしな」
すると、如月は少しだけ微笑んで、小さく呟いた。
「……颯は、強くなったんだね」
「ん? なんか言ったか?」
「ううんっ、なーんにも!」
言葉を濁す彼女を見て、少しだけ心が軽くなる。
如月の存在は、今の俺にとって大きな支えになっている気がした。
「それよりさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「……石垣真斗。あいつのこと、教えてくれないか」
如月の表情が一瞬、きゅっと引き締まる。
「やっぱり気になるんだ。うん、そうだね……でも、それは自分で直接会って確かめた方が早いよ?」
「え、自分で? いや、でも……俺、あいつと話した記憶もないし……それに、コミュ症だし、どう接していいか……」
「げんに私とは話せてるでしょ? それに、今の颯なら大丈夫だよ」
「……それは、如月だからだよ」
その一言に、如月の頬が一気に赤く染まる。
「で、でも! 今の颯なら、絶対にできるって信じてる! 私が言うんだから間違いない!」
「……如月が、そう言うなら。……わかった。話してみるよ」
「うんっ! 放課後、物理講義室に来るようにセッティングしておくからね!」
「あ、ああ……」
笑う如月の背中を見つめながら、俺はゆっくりと深呼吸をした。
――この先、どんな過去が掘り返されるのか。
――どんな真実が俺を待っているのか。
その時の俺は、まだ何も知らなかった。
この投稿で10本目になります!今まで見てきた方ありがとうございます!それに累計pvが1000を超えました。これもみなさんのおかげです!まだまだ話は続いてここからさらに面白い展開が続くのでここからも見ていただいてくれれば幸いです。