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12.混乱の文化祭

「あのっ風谷暁斗くんですよね? きゃー本物! 一緒に写真いいですか!?」

「あーすいません。事務所からNG出てて」

「きゃぁーっ!!」


 明らかな冗談にもきゃあきゃあはしゃぐ女性たちは、大人っぽいから近隣の大学生かもしれない。

 このまえ街で雑誌のストリートスナップを撮られたから、自分の高校以外の人にも顔が知られてしまっている感はある。地方紙だし、小さい写真だったのになー……


 あれこれ聞き出そうとする質問を適当にいなして、関係者以外立入禁止の階段を上る。ひと気のない廊下の窓から校門と前庭を見下ろすと、白い模擬店の屋根以外は人、人、人だった。

 文化祭日和といえる快晴のなか、生徒の家族を中心に祭りを楽しみたい近隣の人々がうちの高校を訪れている。今回も圧倒されるほどの盛況だ。


 生徒の中にはクラスでお揃いのTシャツを作って着ている人や、宣伝で衣装らしきものを着ている人もいて目立っている。

 俺のクラスは、冷凍のクロワッサン生地をワッフルの機械で焼くクロッフルを提供している。見た目が映えるようトッピングには凝っていて、流行りの最新スイーツだからか現時点でもなかなかに行列ができていた。模擬店は昼からもっと混んでくるだろう。

 

 目を凝らし怪しげな人がいないか確認するものの、あまりにも人が多く判断は難しかった。Domとして感じるものも今のところない。

 そのとき、スマホがポケットの中で震えた。着信を示す長いバイブレーションだ。


「アキちゃ〜ん緊急事態! クロッフルの材料が足りねぇ! なんで!?」

「すぐそっち行く」


 ヤスのでかい声が聞こえた瞬間から自分のブースに向けて駆け出す。事前に計算して準備しているつもりでも、何かしらのトラブルが起きるのはこういうイベントの定めかもしれない。


「ヤス、すぐに買い出し行ってくれるか? 先生、よろしくお願いします」

「任せとけ! 木谷、行くぞ!」


 戻る途中で担任を捕まえ、車を出してもらえるよう伝えた。近くにコンビニはあるが、文化祭開始早々に足りなくなるということは大量に材料を買う必要があるはずだ。コンビニでは足りるかわからないし、買い占めは避けたい。


「鈴木さん、足りないもののリストアップと数量計算をお願い。ヤスに連絡入れてやって。いま作れる分は全て提供して、足りない分はお客さんに整理券を渡そう。なにか意見は?」

「整理券はこの前のくじ引きが使えるかも!」

「じゃあ探してきてくれる? 見つかんなかったときのために、山本さんは厚紙切っておいて」

「「はーい!」」


 思いつく限りの対応を指示すると、ふうっとひと息つく。パニックに陥っていたクラスメイトも落ち着きを取り戻したようで、てきぱきと各自の仕事に戻っていった。

 

 そういえば、朔先輩のクラスの作品上映がそろそろ始まる時間だ。二時間に一度上映するらしく、行けるうちに見に行ってしまいたい。石田先輩にも一言連絡入れて……


「アキく〜ん、スマホ鳴ってるよ?」

「ああ、ありがと」


 長机の上に置きっぱなしだったスマホが震えている。着信の相手を見れば、母だった。




 母たちを連れて教室に入ると、ちょうど後ろの方に三席空いていた。校門に到着したという母と合流し、俺が今から先輩クラスの映像作品を観に行くことを伝えると「男女逆転!? おもしろそう!」と付いてきたのだ。


 教室で案内や上映の準備をする人のなかに、朔先輩はいない。まぁ来るなと言われているし、観に来たことがバレたら絶対に怒られるだろう。少しガッカリしつつ、やっぱりいなくてよかったと安堵した。

 

 カーテンの閉ざされた教室で照明が落とされると、思ったよりも深い暗闇に包まれる。文化祭の喧騒も遠のいた気がしている間に、プロジェクターが前方のロールスクリーンに映像を投影し始めた。


「……!」


 冒頭から美少女が映し出され、息を呑む。白い肌に憂いのある瞳。あどけない顔立ちなのに赤く色づく小さな唇は、少女にひと匙の色気を加えている。


(朔先輩……完成度高すぎますって……)


 俺も見たことのある映画のパロディで、朔先輩は脇役だが明らかにクローズアップされていた。そこまで中性的とも思っていなかったのに、映像の中の先輩は男とも女ともつかない不思議な魅力に溢れている。

 

 眼鏡はなく、横分けされた前髪は魅力的な顔を見せつつチラチラと目元を隠す。他の女装男子は付け毛やカツラを被っていたけど、朔先輩はありのままだった。それなのに、細い首筋やスカートから見える脚が艶かしく見えてしまう。


 途中ギャグっぽいパートも挟まれくすくす観客が笑う場面もあったが、俺はずっと先輩を目で追うことに必死だった。

 決して演技が上手いとは言えない。けれど、抑揚の薄い声は先輩のミステリアスな雰囲気を高める役割を担っているだけだった。


「おもしろかったわねー。特にあのヒロインの友人役の子? デビュー作で助演女優賞取りそうな感じ」


 エンドロールの最後に二次元コードが表示される。アンケートのお願いがアナウンスされるなか、母はスゥさんときゃっきゃと話している。周囲で囁き合われている感想も、朔先輩に言及しているものが多いように感じた。


「はぁ……」


 頭を抱えたい。こんなの、絶対に注目されるじゃんか。映像編集した人も狙ってやったに違いない。先輩は……無自覚だろうなぁ。


 まぁこんな女装じゃなくいつもの先輩なら、眼鏡で顔も隠してるしバレないか……? 朔先輩を知っている人なら分かるだろうけど、そうでなければすれ違っても同一人物だと気づかれないはずだ。


(うん、無駄な心配したな。先輩が自ら目立つことするはずないし……)


 自分を納得させ、教室を出る。そろそろ巡回に戻らないといけないと考えていたとき、男女五人ほどのグループとすれ違った。


「……?」


 どこか違和感を感じ振り向くも、特に変わったところはない。何人かは髪の色が明るかったから外部からの客だろう。既視感を感じたが、後ろ姿ではよく分からなかった。


「暁、午後になったらクロッフル食べに行くね」

「おー了解」


 話しかけられて、思考が霧散する。母たちとはそこで別れ、俺はとりあえず校内を一周することにした。




 一年のクラス展示をあれこれ覗き、同学年の知り合いがいたら声を掛け、声を掛けられ。三年生のクラスは朔先輩のところ以外見られなかったけれど、文化祭実行委員や去年のミスターコンで一緒になった先輩が話しかけてきてくれたりした。

 

 普段はそうでなくとも、イベント中はみな一様にテンションが高い。おかげで巡回と言いつつ、自分も結構文化祭を楽しんでいることに気づく。

 

 途中問題がないか教師から電話がかかってきたときに、途中すれ違った大学生っぽいグループについて思い出し報告しておく。怪しい行動を見たわけではないものの、犯人像には当てはまるからだ。

 それに加えて、昼を迎えた頃から模擬店の並ぶ前庭の混雑が目立つようになってきていた。悪い人がいなくてもトラブルが起きそうではある。


「ヤス、買い出しありがとな」

「聞いてくれ、あいつの運転はやばい」


 担任の車に乗るという貴重な経験をしたヤスは、みんなに同じ話をしているらしい。短時間ですごく酔ったというドライブを臨場感たっぷりに語り、何度も聞いているであろうクラスメイトでさえも大笑いしている。

 

 模擬店にかんしては材料が揃ってから調理部隊が頑張ってくれたおかげで、いまは順調そのものだ。

 俺はもうすぐ交代時間なので早めに自分のクラスのブースに戻ったのだが、誰もその場を離れたがらず白いテントの下の人口密度が高まっただけだった。

 

 物々交換で別のクラスの模擬店から得た食べ物を遅い昼飯代わりに食べる。具材に偏りのある焼きそば、冷めたフランクフルト、焦げの多めなベイクドポテト。完璧じゃなくても雰囲気で美味しいと感じる。

 

 立っているだけで売れるからいいという言葉に甘えさせてもらう。受付の後ろで客に手を振りながらタピオカミルクティーをズズッと吸っていると、いつの間にか近くまで来ていた母親に話しかけられた。受付のクラスメイトが「うわ、めちゃくちゃ美人」と呟く。


「暁ぃ〜。あんたサボってるじゃない」

「げ、母さん」


 そういえば来るんだった。母は「ここにたどり着くの大変だった!」と俺に文句を言いながら、愛想良く受付で代金を支払いクロッフルを二個購入する。

 ヤスが前に出て、俺の親友であることをわざわざ自己申告している。それ、なんか意味あるの?


 そんな二人を眺めていると、母のうしろでちらちらと背後を気にするスゥさんの姿が見えた。ちょっと不安そうだ。そこに何が見えるのかと思うも、人が多すぎてよくわからない。


「あ……」


 ちょうど人が抜けてできた隙間から見えたものに目を奪われた。中天を過ぎた太陽がその白い顔をはっきりと照らす。


「え……朔先輩?」


 眼鏡をかけていない。真ん中より少し脇で前髪が分かれている。――午前中に見た映像のままの朔先輩が、そこに、いた。

 

 まさか、服装もそのままなのか? いや、宣伝なら充分にあり得るけど……いやいやいや駄目だろ!

 俺は先輩から目を離さないまま、前に一歩踏み出す。ミルクティーはヤスに押し付ける。


「うぉ! あぶねぇーって。アキどした!?」


 また人が途切れる。周囲の人が驚いて足を止めている。そこだけ時間が止まったように人の流れが止まった。

 

 先輩は女子の制服を着ていた。似合いすぎて違和感がない。……が、その表情は不快さを表すように険しく、目の前を睨み上げている。

 

 その手首を掴み、目の前で話しかけている人がいる。明るい茶髪以外には特徴のない男だが、その横顔には見覚えがあった。


「あの男……!」


 プレイバーで朔先輩に危害を加えようとした、アツシだ。アツシの後ろには、にやにやと嗤いながら見ているだけの男女。先輩の教室前ですれ違ったグループだった。


 まさか、あいつらは……!


「風谷!」


 でかい声で名前を呼ばれチラッと視線を送ると、午前中に俺も行った廊下の窓からこちらを見下ろす石田先輩がいた。

 一瞬視線が交差し、互いに頷く。スマホを耳に当てていたから教師に連絡してくれているはずだ。


 片手を付き長机を飛び越えると、何かが倒れてガシャンと音がする。

 その瞬間、威圧のグレアがアツシの方から放たれるのを感じた。すぐそばにいたスゥさんが驚いて倒れかけ、母が手に持っていたもの全てを放りだし支える。

 

 いつも穏やかな母の目には憤怒が見え、グレアの発生元を睨みつけている。その横顔に「俺が行く」と伝え、大丈夫だと伝えるようにポンと肩を叩いて追い越す。


 朔先輩はその場でうずくまってしまっていた。俯いていて表情は見えない。

 

 俺が駆け寄るあいだにも、同じ状態になっている生徒や来客の姿が何人か見えた。グレアの影響範囲が大きいのは、アツシだけでなく同じグループの他の奴らもグレアを放っているからだろう。あいつらみんなDomだ。


「おい、おれにひざまずけ(Kneel)。この前はよくも恥をかかせてくれたなぁ? お前のお陰で出禁だよ」

「ぅあ……やめっ……」

「なぁ、聞いてる? カイ。その格好、めちゃくちゃおもしろいじゃん。そういう趣味なの? 女の子みたいに弄んであげようか? おい、返事くらい言え(Say)よ!」


 威圧的なコマンドが聞こえてくる。最低最悪の奴らだ。そんなことをしたら、Subがどうなるか分かってんのか!

 

 過去の記憶が蘇ってくる。ここにいる全てのSubがあの日のSubに重なる。

 怖い。サブドロップなんて見たくない……!

 

 眼の前が何度も真っ暗になりかけ、そのたびに自分を叱咤した。

 朔先輩を守りたい。いまの俺なら対処できるはずだろ!?

 

 近いようで、彼らの居場所までは距離があった。くそっ、もどかしい。群衆が障害物になり、ときおり肩をぶつけながら駆ける。


 「あの人、映画の……」「三年じゃね?」などあちこちから聞こえてくるが、何が起きているのか分かっていない者がほとんどだ。

 Usualでも威圧の不快感は感じるのだろう。みんなが一歩下がり、円になって遠巻きに起きていることを見守っている。


 うずくまったまま動かず従わない朔先輩の髪をアツシが左手で掴み、無理やり上を向かせる。

 「お仕置きだな」と吐き捨てるようにいい、勢いをつけた右脚で……


「やめろ!!!」

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