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11.不穏な足音

 文化祭前日、実行委員の集まりがあった。

 実行委員のメンバーは当日、自分のクラスでの役割以外にも仕事がある。学校外部の人の受付や混雑したときの誘導、さらにはゴミ捨て場の管理などを、生徒会のメンバーや教師たちと協力しておこなうのだ。


 俺は去年受付をやったところ、そこで混雑が発生してしまったので今年は裏方になった。ミスコンにも出ない。

 他校の女子に追いかけられるのはちょっとしたトラウマになってるし、今年はこっそり朔先輩のクラスの映像作品を見に行くというミッションもある。『絶対来るな』と言われてしまうと、絶対に見たくなるのが人間の性だ。


 委員長の話を片耳で聞きながら、手元にあるパンフレットをパラパラと見る。先輩のクラス、3-5(ホーム)は……


「男女逆転ショートムービー……」


 ふーん、と頭の中で呟く。朔先輩は裏方しかしたくなさそうな雰囲気があるものの、来るなとわざわざ言うってことは出演しているのかもしれない。


(……あ。メイクしてたのって、絶対これじゃん!)


 推測が確信に変わり、口元に笑みが浮かぶ。しかし現在進行系で先輩からガン無視されていることを思い出し、途端にがっくりと項垂れてしまった。

 あの日以来、SNSで送ったメッセージはことごとくスルーされている。この調子でいけば数週間後にはまた不安症を発症し、先輩は誰かとプレイしてしまうだろう。


(それだけは嫌だったのに……)


 確かにあの日はいい返事を得られそうになかったけど、自分があんなことをしなければまだ可能性はあったかもしれないのだ。まぁそれも、ただの勝手な推測だな。

 

 むしろ何も言い出さなければ、これまでどおりプレイの相手をしてもらえたはずだった。先輩の方から学校でのプレイを提案してくれたくらいだし。

 でもきっと、あのタイミングじゃなくても俺は早々に先輩に思いをぶつけてしまっていただろう。


 俺の不安症なんて大したことないのに、不器用ながらに心配してくれる優しさ。そんな一面を何度も見せられて、どうして今までどおりの顔して会っていられる?

 どうしても、俺だけのSubにしたい。今はまだガキだけど、成人したらClaim(クレイム)して先輩の首にCollar(カラー)をつけたい。


 自分の中にこんなにも強いDom性が眠っているとは思わなかった。最初は不安症で辛そうな先輩を助けたいという思いだけで。

 それが俺の前でだけ可愛くなる姿に、気づけば夢中になっていて……。決定的なきっかけは、プレイバーで見知らぬ男に支配されようとしている先輩の姿を見たことだった。


 もう放っておけない。俺だけが先輩を支配して、守って、甘やかしたい。

 もっとも、そう感じているのは俺の方だけってこと。


 あ〜〜〜、どうすればいいんだろ。

 とにかく、もう夏休みも終わるから文化祭中になんとかコンタクトを取りたい。最悪土下座でもして、謝り倒したら絆されてくれないかな。


 まじで俺、情けね〜〜〜。


「石田くん、風谷くん、ちょっと残ってくれる?」


 委員会が終わり、多目的室を出る前に教師から呼び止められた。石田先輩も一緒ということがちょっと不快だ。グレアをぶつけ合った事件以来俺になにも言ってこないし、俺も委員会では近づかないようにしている。

 

 離れた席に座ったままの俺たちを困ったように見渡して、教師は聞こえるギリギリの声量で説明し始めた。


「二人を裏方にさせてもらったのは、別にお願いがあったからなんだ」

「え……先生。何も聞いてませんよ? もう前日なのに」


 さすがに驚きを隠せない様子で石田先輩が応える。俺も思わず眉間に皺を寄せた。

 こっちの仕事と、クラスの役割、あとは自由時間に見に行くものと。もうスケジュールは立ててしまっている段階だ。

 

「他の生徒に知られる可能性を排除したかったんだ。――最近、若いDom集団が無差別にSubを攻撃する事件が発生している。ニュースを見てないか?」

「え……知ってますけど、まさか」


 そのニュースには俺も聞き覚えがあった。市内だったはずだ。

 Domのコマンドに弄ばれたSubが、サブドロップに陥って病院へ運ばれたとテレビから聞こえてきて、今朝も朝メシのときに不快な気分になったことを思い出す。


「どうやら犯人は近隣の大学生グループらしい。いま捜査中で、本校も文化祭のあいだ注意するように警察から連絡が来ている」

「二日間、誰でも入れますもんね……」


 教師と石田先輩が会話するなか、俺は自分と先輩だけがこの話をされた理由を察した。俺たちがDomなのは暗黙の了解らしい。


「頼む。誰とは言えないが我が校には複数人のSubがいる。二人には外部からの客をさり気なく確認して、怪しげな人がいたら報告してほしいんだ」

「あのー。……俺、相手がDomかどうかなんて、まったく分かりませんけど」

「嘘だろ……それで? 風谷くん、鈍感すぎじゃない?」


 もちろん協力したいが、自信がない。素直に打ち明けると石田先輩が馬鹿な子を見る目で俺を見てきた。おい眼鏡、教師の前で素が出てるぞ。

 結局Domと分からなくても怪しげなグループを見つけたら教えてくれるだけでいい、と言われて頷く。教師の体面も形無しだが、下手すれば何千人も訪れるイベントだ。できることは全てやっておきたいということだろう。

 

 DomもSubもそれぞれ人口の1〜2%しかいないという。Subは守るべきものだと教えられてきた自分にとって、逆にSubを弄んで傷つけようと考えるDomがいるなんて信じられない。同じダイナミクスを持つ者として恥としか思えなかった。


 わざわざその迷惑な奴らがうちの高校の文化祭に来るとは思えないものの、可能性はゼロではない。

 たとえ当の本人から嫌われているとしても……俺には守りたいSubがいる。


 緊急措置として教師と電話番号を交換し、多目的室を出た。隣を石田先輩が歩いている。


「…………」

「…………」

「あの。先輩はDomの人、どうやって見分けてるんですか」

「……はぁ? そんなの、滅多にいないからわかるだろ。Domですって顔してる」


 背に腹は変えられない。校内で俺の知っているDomは石田先輩だけだから疑問を発してみたが、一蹴された。

 その言い分だと、先輩もうちの両親もDomですって顔してるんだろうけど……わからん。

 

「えー……頭良いなら、もうちょっと分かりやすく教えてくださいよ」

「なんでお前なんかに僕が優しく教えてやらないといけないんだよ……群を抜いて頭良いのは朔のほうだしな。――まぁ、なんだ。オーラみたいなものを感じるときがある。滲み出してるグレアみたいな……わかれよクソガキ」


 なんかこの人、いつも朔先輩と一緒にいるだけあってちょっと言葉遣いが似てるとこあるよな。イラっとする。

 とはいえ、文句を言いながら寄越されたアドバイスを俺は心に留めた。朔先輩のおかげでさいきん自分のグレアの感覚を掴みはじめたので、他人のグレアも意識すれば分かるかもしれない。

 

 教師がこの件を生徒に依頼したのは俺たち二人だけだ。少ないよな、たった二人か……どれだけお互い気に食わなくても、協力して巡回せざるを得ない。


 願わくば、何事もない二日間であってくれ。

 夏休みが明ければ、先輩たちは本格的に受験モードになる。部活に入っている人も夏の大会を終えて引退し、文化祭の浮ついた空気は一気に沈静化するだろう。


 いくら朔先輩が勉強を余裕でこなしているにしても、文化祭が終わったあとに俺の弁明に付き合ってくれる雰囲気になるとはとうてい思えない。

 基本クールな先輩は、俺がぐだぐだしていれば、しれっとプレイバーで発散してきてしまう。あのふにゃふにゃで甘えた顔を誰かに見せることを、本人は何とも思ってない風なのがさー……まじで。


「自覚してくれよ……」


 あの人が目立たないなんて勘違いも甚だしい。こっちはめちゃくちゃ夢中だよ……




(あき)、明日着いたら連絡するからね」


 仕事でいない日が多いから、珍しく両親揃っての夕飯だ。ちなみに碧斗は今日も塾か遊びで不在である。


「あー。なんか実行委員の仕事増えて、あんま付き合えないかもしれない」

「そうなの? 別にいいわ、勝手にまわるから」

「父さんも行きたかった……」


 母はパートナーのスゥさんと一緒に来るという。純粋に文化祭を楽しみたいらしく、俺には一瞬会えればいいと言われてありがたかった。

 父はどうしても外せない出張があるようで、シュンと項垂れている。


 俺とよく似た容姿の父はダイナミクス関連でいくつかの事業を展開していて、プレイバーの運営や各種治療薬の研究開発を熱心におこなっている。そのほとんどがSubのための事業だ。

 母は身近なSubが幸せであればいいスタンスだが、父はすべてのSubを守りたいのだそうだ。……従業員のSubにモテモテなのだと、たまにパートナーの男性が拗ねている。

 

 ここにいない碧斗もうちの高校を来年受験するから、見学がてら明後日友人と来るらしい。けどまぁ、わざわざ俺に会いたいとは言わないだろう。母が来る日ともずらしたっぽいし、そういうお年頃だ。

 一番確実なクラスの模擬店にいる時間を母に伝えて、そういえば、と俺は口を開いた。


「父さんと母さんは相手がDomかどうか、すぐに分かる?」

「「ん〜……」」


 不穏な事件のことには言及せず、とりあえず気になったので訊いてみる。するとふたりとも唸って同じ方向に首を傾げるから、なんだか似ていて可笑しかった。

 大人でも、やはり説明するのは難しい感覚らしい。


「私はスゥちゃんに近づくDomだけは一瞬で見抜ける自信があるわ!」

「まぁ、そうだな。Subに近づくDomはわかりやすい。あれはおそらく、グレアが漏れ出してるのかな」

「ふーん……」


 石田先輩の言っていたことはかなり的を射ていたようだ。たぶん他人に影響を与えないほど微量のグレアは、本人が意識せずとも出ているのだと思う。俺も朔先輩に近づくDomがいたら気づけるだろうか。


 それなら先輩をずっと見守っていたいけど、文化祭中の先輩の予定を俺は知らない。相変わらずメッセージの返信はないし、しつこく連絡し続けると余計に嫌われそうだし。

 でも……最後の悪あがきでもう一回、連絡してみようか。


 風呂上がり、自分の部屋でベッドに腰掛け、スマホとにらめっこする。

 最後のメッセージ数件は未読で宙ぶらりんに浮かんでいた。通知で読まれている可能性はあるが、未読無視はけっこう堪える。

 『ごめんなさい』『もうしません』『また会ってくれませんか……?』――嘆かわしいほどに哀れだ。

 

 勝手にキスしちゃったもんな。衝動的に。男でもあんな唇って柔らかいんだなー……


「…………」


 SNSのメッセージ画面から、右上の通話ボタンをタップする。今まで電話で話したことはないけど、メッセージより可能性があるかもしれない。というか先輩と話したい。わずかな望みに、賭ける。

 

 しばらく発信音が鳴り続け、やっぱそうだよな無理だってわかってたと自分に言い訳していたとき、突然音が切れた。緊張で身体が強張る。


『さく〜! 電話なってる〜!』

『ん。誰?』

『アキトって人!』

『は……? ってミソカ! お前電話出たな!? 通話中になってる!』

『え〜? ごめんなさ〜い』

「あははっ」


 スピーカー越しに聞こえてくる向こう側の会話に、思わず笑ってしまった。おそらく妹だろう。反省を微塵も感じない謝罪に、朔先輩が怒っているのが聞こえてくる。よかった……元気そうだ。

 

 俺の笑い声が向こうに届いたのか、しばらくシーン……と無音の間があった。

 このまま切られても仕方ないなと思う。それでもいい。俺は偶然先輩の声が聞けただけで、ひどく感動してしまったのだ。


『くそっ……』


 でも聞こえてきたのはいつもの文句と、どこかに移動するような物音だった。


『なんだよ』

「……っすみませんでした! この前」

『…………』


 突然話を促されて、頭が真っ白になる。やべ、なにを言おうとしてたんだっけ!?

 とにかくメッセージの繰り返しとなる謝罪をすると、また朔先輩が無言になってしまう。


「もうあんなことしません。あんなこと言いませんから、また俺とプレイしてくれませんか?」


 縋り付くような声が出てしまった自覚はあった。こんなの、今まで付き合ってきた子より俺のほうがよっぽど女々しい。

 俺、男としてもDomとしても駄目すぎでは……?


『……いいよ』

「えっ」


 自己嫌悪に陥る俺を掬い上げたのは先輩の返事だった。先輩の声は小さくて、尻すぼみだったけど確かに聞こえた。思わず聞き返したのは仕方ないだろ……一瞬夢を見ているのかと思って。


『予定はまたメールする。話はそれだけか?』

「あっ! 明日って……会えたりしませんか」


 もう? と訊かれて、たじたじになりながら文化祭中の予定をそれとなく確認する。いや別に、あわよくば一緒に回りたいとかそんなこと考えてないけど!

 しかし想像以上に先輩は頑なだった。会いに来るなと厳命され、逆に俺のクラスの模擬店に寄るくらいはするかもと言われて慌てて俺がいる時間を伝えたりして。


「あーー……」


 通話終了の表示がされているディスプレイを呆けた表情で見下ろす。たった四分。……なのに。

 心臓の音がうるさい。顔が熱い。変に汗をかいている。――俺は童貞か?


 その夜は目を閉じるたびにふにゃふにゃの先輩が浮かんできて、なかなか眠れなかった。

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