第9話 魂装と魂操
森を抜け、村の門が見え始めたころ。空は茜色に染まり、夕焼けが影を長く伸ばしていた。
「……今日はちょっと危なかったな」
リザが不意に呟いた。軽やかに歩きながらも、その声にはわずかな緊張が滲んでいた。
「後ろからもう一匹来るなんて、読めなかった。私が少し前に出すぎたね」
蓮も頷いた。
「俺も……咄嗟に対処はできたけど、正直ギリギリだった」
右手に意識を集中すれば、魂装の柄の感触がぼんやりと浮かぶ。死角から飛びかかってきた巨大蜘蛛、とっさに向けた刀が偶然当たったが、一歩間違えれば毒を浴びていただろう。
「人の視野って狭いんだなって改めて思ったよ。俺も魂操が使えれば、もっと柔軟に戦えるんだろうけどな……」
蓮の呟きに、リザは目を細めた。
「……そういえば、蓮は魂操まだ使えないんだね」
「…そりゃあ……難しいんだろ?」
「これまで何度か他の冒険者と組んだ時、誰も魂装を使ってなかったから、受付のレミンさんに聞いてみたんだ。そしたら――『魂操なんて使えるのはゴールドクラスばっかりよ、あんたみたいな新人じゃ無理無理』って言われたんだ」
リザは軽く肩をすくめた。
「あんたねぇっ!受付なんて魂装もろくに出来ないんだよ!そんな素人の言うこと信じちゃって…あんた契約前に魂装使えてた時点で、異常なんだから魂操くらい出来るに決まってんでしょ!」
(たしかに、他人の意見なんて関係無いよな…目の前に出来る人がいるんだ…)
「そういえば、リザはどうやってチワワーズを出すことが出来たか覚えてる?」
「うん。私の場合、いろんな魂の魂装で戦ってるうちに、自然と“同じ魂ばかり使う”ようになったんだ」
彼女は空を見上げながら、少しだけ目を細めた。
「同じチワワでも結構能力が違ってて、最初は特に”チョコ”ばっかり使っていたんだ。初心者だったし、採取系とか、他の冒険者の見張り役とかばっかりやってたから…そしたら”チョコ”の気持ちが伝わってくるようになってて、こっちの意図も通じるようになってて……」
「……意思疎通、できるようになった?」
「うん。最初は行動とか、シッポの動きとかで感情を汲むだけだったけど……
魂装って、魂の力を借りるって感じで一方通行な感じでしょ?でも魂操は基本的に、お互いが自由にやってるって感じ。言うことを聞いてくれるのは私を信頼してくれてるってことかな」
リザの言葉に、蓮の胸がざわついた。
(俺の魂たちは……今、どう思ってる? 言葉も、感情も伝わってこないけど――)
「蓮」
リザが真剣な目でこちらを見る。
「魂操をやりたいなら、まず一つの魂と、じっくり向き合ったほうがいいよ。そこからだよ」
蓮は黙って頷いた。
(選ぶ……いや、もしかして俺じゃなく、魂の方が、俺を選んでくれるのかもな)
チョコの魂装状態は犬の鼻のついた巾着を顔の後ろで縛るようなデザイン、結び目のところがシッポになってるイメージ