第8話(閑話)赤鷹の失われた牙
高原の風が唸りを上げ、灰色の空を大きな影が横切った。巨大な翼を広げた魔物――グリフォンが鋭い叫び声を上げ、赤鷹の紋章を掲げた四人の冒険者たちに向かって急降下する。
「――来るぞ!」
リーダーのホルクが叫ぶ。鋭い眼光に金の瞳が光り、大鷹の魂装が風を裂くように展開される。
だがその声に続く動きは、かつての《赤鷹の牙》にはなかった、どこかぎこちないものだった。
「よーし! 一発ぶっ飛ばしてやるぜぇ!」
叫んだのは筋骨隆々の大男、ゴリルド。魂装のゴリラの力で両腕を黒く変質させ、地を叩いて跳び上がる。
「ゴリルド、まだだ! 合図を待て!」
ホルクが鋭く制止するが、すでに彼は獲物に向かって豪快に突っ込んでいた。
「うひゃっ! 鳥と馬が合体してんのに空飛んでるとか、わけわかんねぇぜぇ!」
背後から追いかけるように、機敏な動きで跳ねるダグスが叫ぶ。彼の魂装はダチョウ。脚力に特化した速度型だが、戦況の把握力はからっきしだった。
「ダグスさん! 横からじゃなく、後ろから……!」
焦りの声を上げたのは新人のミーナ。まだ十五歳ほどの少女だが、魂装は牛の力を宿している。頑丈な角が生え、持久戦に向いた構えを取る。真面目な性格の彼女は、必死に隊のバランスを取ろうとするが――
「ぐわッ!」
空からの風圧とともにグリフォンが急襲し、先頭のゴリルドが勢い余って吹き飛ばされた。
「うぐっ! お、おい……突っ込むならちゃんとタイミング合わせろって!」
「お前が勝手に先走ったんだろうが!」
ホルクが激怒するが、ゴリルドは悪びれもせず鼻を鳴らす。
「へへ、細けぇこと気にしてたら敵にゃ勝てねぇよ、リーダーさんよぉ!」
「……舐めるなッ!」
苛立ちに満ちた声で、ホルクの大鷹が風を裂いて舞う。高所からの奇襲を狙ってグリフォンの背後を取るが――その一瞬、ダグスが不用意に前を横切った。
「よっしゃ、今度はオレの番だァ!」
「おい、バカ! 被るな――!」
その叫びも虚しく、ホルクの攻撃はタイミングを逸し、逆にグリフォンに気づかれる結果となる。
「グァァアアア!」
魔物の咆哮。逆巻く風が地を撫で、ダグスが吹き飛ばされ、続けてミーナの足元に強風が叩きつけられる。
「きゃっ……!」
彼女はすんでのところで持ちこたえるも、全身が震えていた。
「……全然連携取れてない……」
呟くミーナの目には、焦りと申し訳なさが浮かんでいた。
「ホルクさん、どうします……!? このままじゃ……」
「……撤退だ」
ホルクは歯噛みしながら言った。その声には、プライドの高い男にとっての屈辱が滲んでいた。
「こんな茶番……前までなら、こんな無様なことにはならなかった……!」
誰も返す言葉がなかった。
村の外れ、帰還の途中
日が沈みかけた道を、四人の影が沈鬱に歩く。
「なあ、なんでリザちゃん辞めちまったんだっけ? ……オレ、何かしたっけ?」
「いや、最初に辞めさせろって言ったのアンタらだろ……」
「え、マジで?」
ダグスが本気で首をかしげる姿に、ゴリルドが大声で笑い飛ばす。
「ハッハッハ!まぁ、さらに上を目指すなら俺みたくパワーがなけりゃだめだろ!」
「お前らの頭の悪さには呆れる……」
ホルクは額を押さえながら、低く呟いた。
「……次の依頼も失敗すれば、俺たちはゴールドから降格だ」
「ホルクさん……」
ミーナが心配そうに口を開く。
「私、もっと頑張ります。魂装も、戦い方も……だから、見捨てないでください!」
「……ミーナ、お前のせいじゃない。問題はこっちの……いや、俺自身の問題だ」
彼はかつての仲間――リザの姿を思い浮かべる。どんな場面でも冷静で、的確な支援をしてくれた、5匹と一人の少女。
(……お前が戻ってきたら、俺は……素直に、頭を下げられるのか?)
ホルクは夕焼けに染まる空を見上げながら、小さく息を吐いた。
ページ下部の☆を押して評価をお願い致します!書き続けるモチベーションになります!
(人´ω`*)♡ ★★★☆☆