第7話 チワワと軍刀
チョコが元気よく「ワン!」と吠えて、草原の外れにある小高い丘のほうへと走り出す。
「見つけたみたい!」
リザの声に、蓮もすぐに反応し、ふたりは足元の草をかき分けながらその後を追った。
しばらくして、チョコが立ち止まり、短く尻尾を振る。そこには緩やかな傾斜に沿って、淡い青緑色の小さな葉をつけた草が群生していた。
「うわ……すごい。こんなにたくさんあるなんて!」
「ふふ、当たりだね」
リザがにっこりと笑いながら麻袋を広げ、蓮も隣に腰を下ろす。それぞれが手早く、しかし丁寧に薬草を摘み取りはじめた。
蓮は、収穫した薬草を一本一本、向きを揃えながら袋に詰めていく。その様子を見たリザが、ふと感心したように呟いた。
「なんか……お花を摘んでるみたい。すごく丁寧だね」
「んー、ばあちゃんのニラ畑で収穫を手伝ってたからかな」
「なるほどね。せっかくだし、私も真似してみよっかな」
そう言って、リザも薬草の茎の長さや向きを整えながら、一つ一つを慎重に袋へ収めていく。普段の豪快な彼女とは少し違って、どこか穏やかで静かな時間が流れた。
――そんな時だった。
チョコが低く唸り声を上げ、森の方へと鋭い視線を向けた。
「チョコ……?」
リザがすぐに立ち上がり、森の方を注視する。口笛を短く吹くと、遠くで遊んでいた他のチワワたちが一斉にこちらへ駆け戻ってくる。
「警戒態勢、ってことか……?」
蓮も立ち上がり、腰のあたりに視線を落とす。
――やがて、森の茂みががさりと揺れた。
現れたのは、黒く逆立った毛並みに鋭い爪と牙を持つ、大型の獣――。
「……狼?」
「うん、あれはブラックウルフ、最近、町の近郊でもたまに現れるんだ。」
蓮の疑問にリザが身を構えながら答える。
「狼とは相性が悪いんじゃなかったっけ、チワワーズ」
「それは《ライカンスロープ》っていう、特殊なやつだけ。あいつは犬の魂に干渉する力を持ってたから、厄介だったけど、ただのブラックウルフなら問題ないよ」
そう言って、リザがちらりと蓮を見つめる。
「ねえ、蓮。せっかくだし、魂装……試してみない?」
「え、今ここで!?」
「大丈夫だよ、ブラックウルフはブロンズランクの魔物だし、すぐには襲ってこない。私がフォローするから」
その目に嘘はない。蓮は深呼吸し、頷いた。
「……やってみる」
蓮は目を閉じ、精神を集中させる。体内に流れる魔力の感触を辿り、それを右腕に集めていく。
すると――どこからか、確かに「誰か」がいるような感覚が湧き上がってきた。
――そこに“魂”がある。
蓮は、その魂に向けて魔力を流し込んだ。
瞬間、右腕に熱が走り、皮膚の上に大きな古傷が浮かび上がる。そして――その手に、ずしりと重みを持った軍刀が出現した。
「出た……!」
リザが目を見開く。
「その魂装……見た目は普通に武器を持ってるだけみたい。でも……ただの刀じゃない、よね?」
蓮は柄を握った瞬間、自分の身体にかつてない感覚が走るのを感じた。
「すごい力……俺の体じゃないみたいだ」
手のひらに吸い付くような重量感。だが、不思議と扱える気がした。
「……やってみるか」
蓮が低く呟き、次の瞬間、地面を蹴って疾走した。
驚くほどの加速。空気が裂ける感覚と共に、蓮の姿が一瞬でブラックウルフへと接近する。
「……!」
ウルフが気づいて身構える前に、蓮の軍刀が下から斜めに――鋭く、力強く、薙ぎ払われた。
ドシュッ!
ブラックウルフは抵抗する間もなく、鮮やかに斬り裂かれてその場に倒れ込んだ。
「……やった……のか……?」
息を整えながら振り返ると、リザが驚いた顔で立ち尽くしていた。
「すごい……今の速さ……ホルクより速いんじゃない……?」
蓮はまだ手に余るような軍刀を見つめ、もう一度深く息を吸い込んだ。
新たな力の片鱗。それが、確かにこの手に宿っていると感じていた――。
草原を吹き抜ける風の音が、耳に心地よく響く。蓮とリザは、満杯になった麻袋を背に、薬草と戦利報告のため村へと帰っていた。
「あの剣……やっぱり見たことない形だよね」
ギルドの建物が見え始めた頃、リザがふと口を開いた。
「片方にしか刃が無いし、少し曲がっていたし、けど、遠くから見たら――」
「普通の剣を持って、魂装で戦ってるように見える、か」
蓮が頷きながら答えると、リザはいたずらっぽく笑った。
「そう。人の魂装ってバレずに済むかも。これ、けっこう大事だよ? 変に注目集めると、面倒だもん」
「うん。できるだけ目立たないようにするよ。今はまだ、自分の力をちゃんと理解してる途中だから」
ギルドの入口に差しかかると、中から何人かの冒険者が出てきたが、蓮たちに特別な関心を向ける者はいなかった。
――それが、今は少しありがたかった。
◆ ◆ ◆
それから数か月、蓮とリザはペアでの活動を続けた。
受ける依頼は、薬草や鉱石などの採取、時折発生する小型モンスターの駆除。いずれも低~中難度のものばかりだったが、リザの的確な判断と、蓮の着実な成長によって、依頼達成率は常に高かった。
蓮の魂装も、少しずつ変化していった。
最初の頃は、魔力を流してもどんな魂が応じてくれるのか予測できず、思い通りの武器にならずに困ることも多かった。が、何度も訓練と実戦を重ねるうちに、彼は気づいた。
――呼応する“魂”には、僅かではあるが波長に違いがある。
今では、蓮は「どの魂に呼びかけるか」をある程度選別できるようになっていた。
もっとも、魂そのものと対話ができるわけではない。だが確かに――そこに“意思”があるという感覚が、蓮には日々、強まっている。
「ねえ蓮。最近、武器のバリエーションが増えてきたんじゃない?」
ある晩、焚き火の明かりの下で、リザが問いかけた。
「うん。まだ完全に狙い通りってわけじゃないけど……刀とか、槍とか。魂によって得意な武器が違うみたい」
「ふーん、面白いね。なんか、仲間が増えていってる感じがする」
リザの言葉に、蓮は思わず微笑む。
「……そうだね。確かにそんな感じがするよ」
そして蓮は思う。
この力の先に、何があるのか。
魂たちは、なぜ自分にだけ応じてくれるのか。
そして――この世界に、自分が来た理由はなんなのか。
その答えは、きっともう少し先にある。
蓮は炎の揺らめきを見つめながら、無意識のうちに、再び右手を握りしめていた。
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