第5話 契約の儀式
翌日、リザと蓮は朝の街を抜け、まっすぐ教会へと向かった。
受付で声をかけると、奥からセリオがすぐに現れた。いつもの落ち着いた微笑みで挨拶を交わすと、二人は昨日と同じ部屋へと案内された。
「では、契約の儀を始めましょう」
セリオの合図で蓮は識魂石を手に、床の中央に座るよう促される。まるで儀式の中心に据えられるように、彼の周囲に黒い石が三つ等間隔に並べられた。
その石の前に立ったのは、セリオと、彼が奥から呼び寄せた二人の助手だった。三人とも、煌びやかな装飾が施された長い杖を手にしている。
「魔力を識魂石に通してください。始めます」
セリオがそう告げると、三人は一斉に祈りのような言葉を口にしはじめた。蓮には意味の分からない言語だったが、どこか荘厳で、心の奥に響くような響きを持っていた。
杖が黒い石に触れると、部屋の空気が一変した。三つの石と蓮が手にする識魂石が、まばゆい光を放ち始める。そして次の瞬間――
蓮の目の前に、一人の男が現れた。
半透明の姿。だがその立ち姿は凛とし、空気を切り裂くような威厳をまとっている。以前、蓮が見た軍人とは別人――それでも「兵士」としての気配は、はっきりと感じられた。
男は一本の刀を両手で胸元に構え、静かに佇んでいた。
助手のうち一人が、その姿に思わず目を見開いたのが見えた。
「……では、契約の儀を続けます。蓮さん、魂に触れ、魔力を流してください」
セリオの言葉に、蓮は緊張しながら手を伸ばした。指先が魂に触れた瞬間、全身に電流のような感覚が走る。
――繋がった。
目の前の軍人が、まるで自分の一部になったかのような感覚。記憶の奥に染み込むような「存在感」が、確かにそこにあった。
「……これで、契約は完了です」
セリオが静かに告げると、軍人の魂は光に包まれ、音もなく消えていった。
蓮は肩の力を抜いて、そっと識魂石を膝の上に置いた。緊張の余韻が全身を包んでいたが、それと同時に不思議な充足感が胸に残っていた。まるで心の奥に、もう一人の誰かが根を下ろしたような――そんな感覚だった。
セリオが一歩近づき、優しく声をかけた。
「蓮さん、儀式は無事に成功しました。これで、あなたの魔力は人の魂と、より強く共鳴するでしょう。
繋がりは正式なものになります」
リザがほっと息をつき、隣で微笑む。
「でも……やっぱり、すごいね。人の魂なんて、普通じゃ見られないよ。びっくりした」
すると、セリオは軽く頷きながら、真面目な顔で二人を見つめた。
「ご安心ください。この件に関しては、助手たちにはすでに“絶対に外部へ漏らさないよう”厳命しています。二人とも長年信頼している者です。蓮さんの魂装の特異性が、他者に知られることはありません」
蓮はわずかに目を見開き、ゆっくりと頷いた。
「……ありがとうございます」
「あなたが人の魂と契約しているという事実は、私にとっても重要な情報です。しかし、これはあくまであなたの力であり、あなた自身の意志を尊重すべきものですから」
セリオの言葉には、立場や権力ではない、純粋な“信頼”がにじんでいた。
「蓮、よかったわね。セリオさんが、味方でいてくれて」
リザが安心したように微笑む。
そのとき、識魂石が蓮の手の中で、かすかに温かく光った。まるで、新たな絆の証明のように。
セリオはふと時計を見てから、柔らかく言った。
「儀式は終了しました。今日一日は、魂との同調を安定させるため、無理のないよう過ごしてください。とくに最初の数日は、突然具現化が起こる可能性もありますから」
「突然……? それ、いつでも“軍人さん”が出てきちゃうってこと?」
「先ほどと同じ魂が出るとは限りません。魔力がより人の魂を引きつけますので、魔力の暴走…特に精神が高ぶったり、命の危険を感じたときなどは注意が必要です」
「……じゃあ、怒らせないようにしないとね、あたし」
リザが冗談めかして言うと、蓮も苦笑した。
「気をつけるよ……ていうか、毎回、軍人さんって呼ぶのもどうかな。名前とか分れば良いんだけどね。」
「動物の場合は名前を与えることで、魂との結びつきはより強くなると言われていますが、人の場合は私も分かりません……魔力が安定次第、様々な魂に魂装で触れて下さい。彼らの意思に触れれば、おのずと道がひらけましょう。」
セリオが微笑んでそう言うと、蓮は少しだけ悩んだように目を伏せた。
――意思の疎通か…
自分の力の源になった存在に、意思が介在するのだろうか……意思が少しでもあるのであれば軽々しく使役などしてはいけない気がした。蓮は心の中でそっとその問いを抱えたまま、部屋をあとにするのだった。
儀式の緊張感から解き放たれた二人は、教会の近くにある食堂に立ち寄った。街の賑わいから少し離れたその店は、木の香りが心地よい落ち着いた雰囲気で、テラス席からは街の通りが見下ろせた。
「よく頑張ったね、蓮。私の時はチワワ1匹出すのに魔力使いすぎてフラフラになったよ」
リザは湯気の立つスープを一口すすりながら、柔らかく笑った。
「それ、10歳の頃だろ?まぁ、うん……でも、俺にちゃんと扱えるのか不安だよ」
蓮はパンをちぎりながらそう答えた。魂に触れた感触は今でも手のひらに残っているようだったが、それが自分の力になるという実感までは湧いていなかった。
「しばらくは、簡単な依頼をこなしながら慣れていけばいいよ。冒険者になりたてで、いきなり戦いばっかしになる訳じゃないから。それにアタシがいるんだから、大丈夫に決まってるでしょ!」
リザはテーブルの上に肘をつきながら、いたずらっぽく笑った。
「それで、これからなんだけど。ギルドに行こうか」
「冒険者ギルド、だよね?」
「うん。登録しないと、依頼は受けられないからね。あたしが保証人になるから、すぐ手続きできると思うよ」
そう言ってリザは食事を終えると、腰のポーチから小さなメダルを取り出して見せた。
「これがギルドのタグ。名前が刻まれてて、端にヒモを通す穴もあるよ。首から下げる人もいれば、ベルトにぶら下げる人もいるね」
メダルは外が銀色で中が茶色、よく見るとリザの名前が細く刻まれている。
「ランクは、ブロンズ、シルバー、ゴールドの三つ。それぞれ、上級・中級・下級に分かれてて、全部で九段階に分かれてるんだ」
「ふむ、九クラスに分かれてるってことか。リザは今、どのくらいなんだ?」
「シルバーの下級。だから、次に昇格したら内側が銀になった単色のメダルになっちゃうんだ。バイカラーの方が奇麗だから好きなんだけどね」
「へぇ、メダルの色で判断できるのか。分かりやすいね」
「依頼も、ランクによって受けられる内容が違うからね。最初はブロンズクラスで雑用やお使い系が多いけど、魂装の練習にはちょうどいいと思うよ」
蓮はスプーンを置き、深く息を吐いた。
「よし、やってみよう。まずは登録からだね」
「うん。食べ終わったら、そのままギルドに行こうか。初めての登録、けっこうドキドキすると思うけど、楽しいよね?」
リザがウインクして笑う。
蓮の胸の奥に、静かに高鳴る鼓動があった。異世界での新たな一歩――それは、“冒険者”という名の挑戦の始まりだった。
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