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第3話 モンスターと魂装

 朝――というには、少し遅い時間だった。


 蓮はもぞもぞと寝返りを打ち、まだまどろみの中にいた。けれど、どこか妙な感触が、じわじわと意識を現実へと引き戻していく。


 「……ん……?」


 ぺろっ。


 「うわっ……!?」


 突然の湿った感触に、思わず跳ね起きた。顔の上には、ふさふさの尻尾。胸の上には、ぷにぷにとした軽い重み。視線を落とせば、そこには――


 「おはよう、チワワーズ……?」


 チワワーズたちが、蓮の上に集合していた。


 二匹が顔を熱心にぺろぺろ舐め、もう二匹は蓮の両脇腹を掘るような仕草を繰り返し、もう一匹は胸の上でくるくると回っていた。まるで「朝だよ!」と全力で訴えかけるような騒がしさだった。


 「やめろ、くすぐったいってば……!」


 寝起きにしては妙に賑やかな朝だったが、どこか微笑ましくて、自然と笑みがこぼれた。


 「お、やっと起きた? あんた、寝すぎ」


 入り口に立つリザが、腕を組みながら呆れたように言った。けれど、その口元は緩んでいた。


 「チワワーズがいなきゃ、あと二時間は寝てたね、たぶん」


 「……否定できない……」


 朝食は、宿屋の下の食堂で出されたパンとスクランブルエッグ、野菜スープだった。派手さはないが、あたたかくて、どこかほっとする味。


 「さ、食べたらギルド行くよ。薬草、ちゃんと袋にまとめてあるから」


 「うん、わかった」


 そうして二人は宿を出て、石畳の道を歩く。すでに村(もはや“町”と呼ぶべきだが)は活気を帯びていて、行き交う人々の声や、荷車のきしむ音が響いていた。


 冒険者ギルドは、村の中央通りに面した大きな建物だった。


 重厚な木の扉を押し開けると、中は意外と開けていて、カウンターと掲示板、奥には休憩スペースのような場所が広がっていた。天井が高く、石の柱に支えられたその空間には、すでに何人もの冒険者たちが集まり、情報を交換したり、依頼を確認したりしている。


 「おっ、リザじゃねえか!」


 ひとりの中年の男が声を上げた。顎に無精ひげ、がっしりした体格に、鍛冶職人のような前掛け。


 「久しぶりに顔見たな。最近あんまり来てなかったろ?」


 「ん、まあね。こっちもいろいろあってさ」


 「あんたが来ると、受付の子らもしゃんとするよ。なんせ元《赤鷹の牙》だもんな」


 「それ、もう言わないでってば……」


 リザは苦笑しながら目をそらした。


 「で、そろそろまたどっかのチームに入る気はないのか? 一人じゃ限界もあるだろ」


 男の問いに、リザはほんの一瞬だけ目を伏せた。


 「……今は、のんびり気楽にやりたいの。誰かと組むとか、そういうのは……まだ、いいかな」


 「ふむ……ま、気が変わったら声かけな。リザなら、どこでも歓迎だろうさ」


 リザは小さく笑って、曖昧にうなずいた。


 蓮はそのやりとりを聞きながら、リザの横顔を見つめていた。どこか、少しだけ哀しげだった。


 ――たぶん、何かあったんだろう。けれど、それを今、聞くのは違う気がした。


 「薬草、納品してくるね。あんたはそっちの掲示板でも見てて」


 「うん。……あ、あとで教会に行くんだよね?」


 「ああ、そうだった。魂装のことも調べてもらわなきゃね」


 リザは軽く手を振り、受付へ向かった。その背中を、蓮はしばらく見つめていた。


 ――この人も、何かを背負ってる。俺だけじゃないんだ。


 そう思った時、ほんの少し、肩の重みが軽くなった気がした。


冒険者ギルドを出たあと、二人は教会へと向かった。


教会は村の東端、小高い丘の上に建てられていた。石造りの荘厳な建物で、入り口には繊細な彫刻が施されたアーチがあり、扉を開けると、静寂と共に冷たい空気が流れ込んできた。


中に足を踏み入れると、柔らかな光がステンドグラス越しに差し込み、色とりどりの影が床に広がっていた。壁や柱には細かな彫り物や金属細工があり、まるで誰かの祈りがそこに結晶したようだった。


リザが受付の女性に声をかけると、ほどなくして、奥から一人の男が現れた。


「やあ、お待たせしました」


白い長衣を纏ったその男は、年の頃は四十手前くらいだろうか。柔らかな笑みを浮かべた顔立ちにはどこか慈愛があり、言葉のひとつひとつが静かに耳に届くような、不思議な落ち着きがあった。


「私はこの教会の司祭、セリオと申します。今日は魂装の鑑定をご希望とのことで?」


「はい、司祭様。こっちの男の子なんだけど……ちょっと訳ありでさ」


リザが、蓮の背中を軽く押す。蓮は少し緊張しながら、一歩前に出た。


「記憶がなくて……自分の魂装についても何も覚えてないんです」


「そうでしたか……それは、さぞご不安でしょう」


セリオは、蓮の目を優しく見つめた。その視線には、疑念や詮索はなく、ただ、心からの思いやりだけがあった。


「大丈夫ですよ。無理のない範囲で構いません。まずは『契約の間』へご案内しますね」


そう言って、セリオは教会の奥へと蓮たちを案内した。


契約の間は、ひっそりとした円形の部屋だった。


入り口の扉をくぐると、空気の温度が少し下がったように感じた。薄暗い室内、壁一面にはあらゆる動物たちの絵が描かれている。獅子、鷹、狼、鹿、蛇――幻想的で、どこか神話のような趣を持っていた。


「ここでは、魂装の源たる“魂の契約相手”を探ります」


セリオの言葉に、蓮はごくりと唾を飲む。


天井は白く塗られており、その中心には魔法陣を模したような模様が描かれていた。中央の円形の絨毯には、金色の刺繍が施され、そこにそっと座るよう促される。


「さあ、蓮君。ここに座ってください」


「はい……」


蓮が絨毯の上に座ると、セリオはどこからともなく一つの石を取り出してきた。それはバレーボールほどの大きさで、透明に近い青色の石だった。中心には淡く光る筋が走っている。


「この“識魂石”に魔力を通すことで、あなたの契約している魂の姿が浮かび上がります」


「……あの、魔力って、どうやって通すんですか?」


「……では最初からゆっくりと始めましょう。心を静かにして、自分の“内側”に目を向けてみてください」


セリオはそう言うと、穏やかな声で続けた。


「胸の奥――心臓のあたりにある、温かいものを探すように。そこから、意識を腕へ、そして手へ、指先へと“流す”ように。感覚を追うだけで構いません」


蓮は息を整え、目を閉じた。


体の奥に、何かがある気がした。微かな熱。鼓動のように確かに存在するもの。


――ここから、流す?


意識をそちらに向けると、まるで血流が少しだけ変化したような、熱がじわじわと指先へと伝わっていく感覚があった。


その瞬間。


「……っ!」


石が淡く、光を放った。


青白い光が天井へと伸び、そこに、波で揺れたような小さな影が現れた。


ゆらゆら揺れて形が不安定ながらも、丸っこい何か――長い腕と短い足――


「……これは…サル?」


セリオが眉を寄せた。


だが、波は小さくなり、影はより鮮明に変わり始めた。


腕が長く伸び、脚が真っ直ぐに形を整え、首と頭の輪郭が明確になる。


「……これは……まさか……」


天井に映ったのは、“人”だった。


セリオは思わず後ずさり、小さく息を呑む。


「人……いや、これは……あり得ない……!」


震える声でそう呟いたセリオに、リザと蓮は顔を見合わせた。


「司祭様……これって、人?…」


「……わかりません……ですが……この影は……あり得ません…」


セリオは震える手で識魂石を押さえ、蓮を見た。


「蓮君、あなたは……本当に、記憶がないだけなのですか?あなたの魂装は何の生き物か分かりますか?」


蓮はセリオに気圧され、戸惑いながら答えた。


「え…生き物というか軍人さん……人ですよ。これで何の能力があるか分かるんじゃないのですか?」


セリオは一瞬目を見開いた後、蓮を見つめながら自分に言い聞かせるように話した。


「……私は二十年以上この教会で魂装の鑑定をしてきましたが、人の魂と契約した記録など一度も見たことがありません。そもそも人の魂を呼ぶことなど不可能なはずなのです…」


リザが口を開く。


「司祭様、なぜ人の魂は不可能なんですか?」


セリオは小さく頷いた。


「モンスターが何故生まれるのか、セリオさん、ご存知ですか?」


「漂う魂が自然界で魔力を得ることで発生すると学校では習いました。」


「その通りです。では、なぜ魂が漂うのか考えたことはありますか?」


「え?……分かりません」


「魂が漂う原因は人類にあるのです。増え続ける人類はその繁栄と共に、この世界の多くの生き物を殺してきました。その結果、輪廻から溢れた多くの魂が世界を漂い、自然界の魔力を得ることでモンスターが発生したというのが通説です」


「それだと、人が増える前はモンスターがいなかったんですか?」


「えぇ、モンスターはおよそ500年前から出現するようになったそうです。そして、そのモンスターに対抗するために生まれた技術が魂装なのです」


「いいですか、魂装で使うのは滅ぼされた種族の魂なのです。それに自らの魔力を与えて使役しています。その為、増え続ける人の魂は輪廻の輪から溢れることは無いと考えられています。実際に人と契約した事例はありません……今日までは」


「人と契約出来ることのデメリットって何かありますか?」


「人類が最も高貴な存在だから魂装で他の生物の魂を使役出来るのだと考えている者もいます。そういった者たちからすれば、人類の魂を使役する蓮君をどう思うか……」


「蓮が狙われる可能性があるってこと?」


「……このことは、出来るだけ内密にしておいた方が良いでしょう。私も口外は致しません。ですが――」


セリオは声を潜めて続けた。


「……これが広まれば、ただでは済みません。君は、すでにこの世界の均衡を揺るがす存在なのかもしれないのです」


蓮は喉がひりつくのを感じながら、恐る恐る口を開いた。


「あの、ほかの生き物と契約することは出来ないんですか?」


「えぇ、どの種類の生き物と契約出来るかは、その者の魔力の波長によって異なります。なので、魔力の安定する10歳前後で契約の儀を行い、契約可能な生き物を判別するのです」


「そもそも、俺は契約したことが無いと思うんですが、なぜ魂装が使えるのですか?」


「……自然発生的に契約が成立してしまったのかもしれません。極めて稀なことですが、理論上は不可能ではありません」


セリオは一呼吸置き、蓮の目を見て告げた。


「明日、改めて正式な契約の儀を行いましょう。魂装の力を安定させることができるはずです」


「わかりました。ありがとうございます」


「……決して、誰にも話さないように。君の存在は……この世界の常識に、触れてはならない波紋を投げかけてしまうかもしれませんから」


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(人´ω`*)♡ ★★★☆☆

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