第14話 死の空気
「ビビるなっ!やるぞ!!」
バーロックの声に、ダントが咄嗟に判断した。
「上空から確認する!」
翼を広げ、風を切って飛び出す。
「俺も行く!」
突如、ヘムロが毒瓶を腰に収め、背中から黒い羽を展開して飛び上がった。
「ヘムロ!?」
リザが驚きの声を上げる。
「ここで死ぬなんて、まっぴらごめんだ……!」
ヘムロは視線を前に向けたまま、空へと舞い上がっていく。
その瞬間だった。
――ブオォォ……
空一面に、紫がかった濁った霧が広がった。
「毒!? 上だ、逃げろダント!」
「――チッ!」
ダントは羽ばたきで空気の渦を生み、自身の身体を斜めに滑らせるようにして毒の流れを避けた。
だが、ヘムロは遅れた。
「……う、あ……が……ッ!」
悲鳴ともつかぬ声を残し、ヘムロの身体が毒に包まれ、バランスを崩して墜落していく。
「ヘムロ!!」
カルナが叫ぶ――その声が届くよりも早く、地面に叩きつけられたヘムロの身体に、草陰から飛び出した影が襲いかかった。
黒い毛並み、二つの首。地を這うような沈黙の一撃。
「オルトロス……!」
あまりにも一瞬だった。ヘムロの姿が、獣の巨大な口の中へと吸い込まれ――消えた。
「ヘムロが……」
リザの目が見開かれたまま、声が出ない。
「……戦うぞ! 二手に分かれる!」
バーロックが吠えた。
「リザ、蓮、カルナはこっちだ! ファオナと俺でオルトロスを引き受ける!ダントは全体をフォローしてくれ!」
「任せて!」
ファオナは下半身を馬に変化させ、疾走しながら矢を三本同時に番える。
「止まってるヒマなんかないわよ!」
リザは魂操を展開し、チョコと共にケルベロスに立ち向かう。蓮も軍刀を呼び出し、カルナは癒しと補助の魔法を準備する。
戦場が一気に騒然とした。
ファオナの矢の雨がオルトロスに迫るが、それを見切ったかのように躱される。
「っの……化け物め!」
動きを読んだバーロックが背後に回り込み斧を振るう。一撃は背中の肉を裂き、血が飛び散る。しかしオルトロスは怯まず、二つの首で同時に反撃してくる。
一方――ケルベロスとの戦いは激烈を極めた。
蓮が斬り込み、リザが横から補助する。魂装が交錯し、チョコとクッキーが左右からが跳ねるように噛みつき、爪を振るう。さらに背後からカルナが水魔法を断続的に射出する。
途切れない攻撃が続き、ついにケルベロスが後方に飛び退いた。
決着の兆しが見えかけた、その瞬間だった。
「今だっ――!」
上空を飛ぶダントが、レイピアでケルベロスの首に斬りかかった。
――ギィィン!
牙が迎撃する。刃が折れる音がして、ケルベロスのもう一つの首がダントの翼を噛みちぎった。
「ぐあああああああっ!!」
空に赤が舞い、彼の身体が糸の切れた凧のように地へ堕ちていく。
「ダント……!」
リザの叫びの前に、もうその命の光は消えていた。
「引けッ! 全員、下がれ!」
バーロックの怒声が飛ぶ。
仲間が倒れていく。死んでいく。このまま戦っても、勝てない。
一行が後退を始めた、まさにその瞬間。
――ガルルル……
低く唸るような音が、森の奥から響いた。
黒い影が、森の隙間から無数に溢れ出す。
「……ウソでしょ」
カルナが息を飲む。
それは――ブラックウルフの群れ。
気がつけば周囲を完全に囲まれていた。
まるで、罠のように。
いや、違う。
――これは、完全な狩りだ。
「……囲まれた……完璧に……」
蓮が軍刀を構え直す手を、震えさせながら言った。
「……これが、本当に……モンスターの知性なのか……?」
戦士たちの心に、初めて「敗北」の色が忍び込んだ。
完全な包囲。退路なし。死の空気が、一行を静かに包み込んでいく――。
ページ下部の☆を押して評価をお願い致します!書き続けるモチベーションになります!
(人´ω`*)♡ ★★★☆☆