第1話 異世界と5匹のチワワ
まだ、前の作品が途中何ですが…書きたかったんです(;´・ω・)
蓮はスマホで何度かニュースを確認していた。
《今夜、東の空に彗星が現れる》
「今日の深夜、東の空に――か」
その日も学校帰りに向かったのは、図書館でもコンビニでもなく、小高い丘の上にある墓地だった。
地方都市から外れたこの集落には、山と田畑と、昔ながらの家々しかない。夕方でバスの便も絶えるため、自転車での帰宅がすっかり日課になっていた。
蓮の家の墓は、ざっと八畳ほどの広さ。石畳の奥には大小さまざまな墓石が並び、風雨にさらされた古いものは角が欠け、苔に覆われ、刻まれた文字も読めなくなっていた。
その中に、ひときわ新しい墓石が二つ。
一つは、二年前に亡くなった祖母のもの。もう一つは、一年前に他界した母のもの。
父はいない。親戚とも疎遠。けれど、ひとりきりでいることにはもう慣れていた。
「……ただいま」
小さな呟きが、虫の音に紛れて夜の空気に溶けていく。
夜の墓地に来たのは、これが初めてだった。昔、友人たちと肝試しの話をしたことはあったが、実際に足を運んだのは今夜が初めてだった。
理由は、とくにない。ただ、ニュースで見た「彗星」が、なぜか気にかかったのだ。
蓮は墓の縁に腰を下ろし、見上げる。
街灯のない夜空は深い黒に包まれ、代わりに無数の星が、鋭く、そして澄んだ光で瞬いていた。
「……あ」
流れ星? いや、それはあまりにも大きかった。
尾を引きながら東の空を裂くように駆けていく、彗星。
その瞬間――
背後から強烈な光と風が襲いかかる。
「っ……!?」
地面が崩れ落ちるような錯覚。重力の感覚が消え、全身が空中に放り出されたような感覚に囚われる。
耳が遠のき、視界が白く塗りつぶされる。
風も音も、すべてが消えた。
次に蓮が目を開けたとき、そこはまったく知らない場所だった。
「……森?」
濃い緑に包まれたその場所は、見覚えのない景色だった。
自分の知る森よりも木々が高く、枝葉は密に絡まり、苔むした岩が不規則に転がる。どこか、空気が重く冷たい。
夢か現実かもわからず、しばらく森の中を歩いたとき―
「――くそっ!」
鋭い叫び声が木立の奥から聞こえた。
蓮は反射的にそちらへ向かって走り出す。枝をかき分け、息を呑む。
そこにいたのは、肩から血を流し後退する女と、唸り声をあげる二足歩行の獣――狼のような、だが異形のモンスターだった。
「嘘だろ……」
そう呟いた次の瞬間、女が地に崩れ落ちた。
裂かれた肩から噴き出す血。唸る獣が、次の獲物を探すように蓮を見据える。
息を呑んで目を逸らしたくなった。
足がすくむ。息が詰まる。だがそのとき、胸の奥が熱を帯びた。
(助けなきゃ……! 見捨てたら……!)
その瞬間、頭の中で叫ぶ声が聞こえた。
「…戦え!」
視界が真紅に染まり、胸に灼けるような痛み――浮かび上がる、見覚えのない銃創。
(……銃痕?)
「守りたいなら戦えっ!」
誰かの声が、はっきり蓮の脳内に響いた。
その声と同時に、彼の前に現れたのは半透明の影。軍帽をかぶり、古びた軍服をまとった、兵士の姿。
あっけにとられていると、その影が蓮の身体へと飛び込む。
瞳が鋭くなり、姿勢が変わる。呼吸の仕方さえ、変わっていた。
手に現れたのは、銃剣を備えた旧式の小銃――兵士の魂が具現化させたものだと分かった。
なぜ、こうなったか分からない。でも――やるしかない!
蓮は銃を構え、獣に狙いを定める。
パン――!
乾いた音が森に響き渡り、銃弾はモンスターの肩を穿つ。
「今だッ!」
その叫びと共に、蓮の体が前へ跳ぶ。
まるで誰かが動きを導くように。兵士の記憶が、技術が、蓮の中に宿っていた。
銃剣が、獣の喉を裂いた。
呻き声と共に崩れ落ちる獣。静寂。
蓮は荒い息を吐きながら立ち尽くしていた。兵士の魂はゆっくりと身体から抜け、手に持っていた銃も空気に溶けるように消えていく。
「今のは……俺じゃない?でも……俺が、動いた…」
女性がうっすらと意識を取り戻し、蓮を見上げた。
「……あの音…あんた、いったい……誰よ……」
蓮は、まだ小刻みに震える手を握りしめながら、微笑んだ。
「俺も……よくわからない。でも、助けれてよかった」
ふっと女の表情が緩む。すぐに顔をしかめて、左肩を押さえた。赤黒い血が衣服に染み、地面にも滴っている。
「……くそ、高いのに……」
リザはそう悪態をつきながら、小瓶の栓を歯で抜いた。中から淡い光を放つ液体が零れ、肩の傷口に触れると、じゅっと蒸気のようなものが立ちのぼった。
「っ……!」
痛みに眉を寄せながらも、傷口はゆっくりと塞がっていく。
「もうちょいずれてたら、心臓だったじゃない。マジであのバカ狼……」
「……無事でよかった」
蓮はようやく落ち着きを取り戻し、ゆっくりと腰を地面に下ろした。
「それにしても……さっきの魂装、あれは……何の魂?」
「こんそう?……俺にも訳がわからなくて…勝手に現れて、勝手に動いて……」
「何の魂かも分からないなんて、変なヤツ…よく見たら、変なカッコしてるし」
少女は立ち上がり、肩を軽く回して確認するように動かすと、蓮をまじまじと見つめた。
「あんた、どこの村の子? まさかこの森の中に住んでるとか?」
「いや……俺はその……ここがどこかも分からない。気づいたら、この森にいたんだ」
「……は?」
リザは一瞬ぽかんとし、ため息をついた。
「ここは《フェンリスの森》。さっきのはたぶん、ライカンスロープ。運が悪かったね」
「フェンリス……」
聞いたことのない名前だった。
「私はリザ。15歳、ソロの冒険者。今日は村の近くで薬草の採取してたんだけど、あいつが現れて。村に近づけさせたくなくて、奥におびき寄せたら……あーもう最悪。ポーション代が……」
蓮はうなずいたものの、頭の中にはまだ混乱が残っていた。
リザはふと、手のひらを軽く開いた。すると指先から5本の淡い光がほとばしり、その足元に五つの小さな影が現れた。
「……私の魂操はこれ。攪乱するために使ったんだけど、狼系のモンスターとは相性悪くてさ、制御に失敗しちゃったんだ…」
現れたのは、小さなチワワたちだった。耳をぴんと立て、リザの足元で跳ねたり走ったりしている。
「チワワ……?」
その姿を見て、蓮の中に懐かしい記憶がよみがえった。
「……昔、飼ってたんだ。俺も、チワワ」
思わず膝をつき、一匹に手を伸ばす。小さな体はふわりと触れられるが、どこか体温がない。不思議な透明感があり、よく見ると背後の葉が透けて見えた。
「……触れるのに、温かくない」
「なに驚いてんの? 魂操なんだから、そんなもんでしょ。死者の魂に魔力を与えて使役してるだけだし、実体はないんだから」
リザは怪訝そうに首をかしげた。
「……っていうか、魂装使えるのにその程度も知らないの? もしかして、ほんとにとんでもない田舎から来たの?」
「……いや、その、田舎っていうか……」
蓮は苦笑した。どう説明したものか分からず、目の前でじゃれ合うチワワたちを眺めた。
「……かわいいな。見た目だけなら、癒し系だ」
「でしょ?」
リザが得意げに胸を張った。肩の傷の痛みはまだあるはずなのに、その仕草には余裕すら感じられた。
「一応これでも、“癒しと補助”が得意な魂操なんだから。名前はチワワーズ」
「チワワーズ……」
「なんか言った?」
「いや、ちょっとネーミングが可愛すぎて」
「うるさい。魂操名を決めた時はまだ12歳の頃だったから、しょうがないでしょ!」
リザは頬を膨らませて言い訳するように言ったが、すぐにため息をついた。
「ほんと、狼系とは相性悪いんだよなあ。物理も魔法も耐性低いし……。私の補助用の魂装じゃ、正面からの戦闘には向かないのよ」
「それで、わざわざ村から遠ざけて……?」
「うん。村に入られたら、あんなのに襲われるのは子供たちだし。これでも冒険者だからね。ソロだし、戦闘能力は低いけど……やることはやったつもり」
「……すごいよ、リザは」
「なに急に。褒めても何も出ないよ?」
そう言いながらも、リザの頬がほんのり赤くなったように見えた。
「てかさ、さっきの破裂音みたいなやつ。あれ、マジで何の魂装なの?あれでライカンスロープを倒したんでしょ?」
「うーん……“魂装”って言われても、俺、どうやったか覚えて無いんだけど……」
「まさか……無意識に発動したの? え、もしかして初めて?」
「たぶん……そうだと思う」
「うっわ、マジか。伝説級じゃん……チートかよ……」
リザはぼそっと毒づいたあと、ふいに空を見上げた。
「……まあいいや。おかげで助かったし、ご飯くらいは奢ってあげる。優しいでしょ?」
「ははっ……ありがとう」
再びチワワたちが足元でくるくると跳ねる。そのうちの一匹が、ぺたんと蓮の足元に座り、足首を舐めだした。
「こいつら、可愛いでしょ。わりと忠実でさ。あと、めっちゃ足が速い。追跡にも逃走にも便利だし、ちょっとした傷なら舐めて治せるよ?」
「へえ……」
足首にあった擦り傷が、スッと消えていった。
蓮は手を伸ばし、小さな魂のチワワの頭にそっと触れた。ふわりとした感触。けれど、そこには体温がなかった。
「……温かくはないけど、心は少し温かくなる、かもな」
「そうそう。チワワーズの魅力、わかってきたじゃん。――じゃ、一度村に戻ろっか。お腹すいてきちゃった」
リザはお腹をさすりながら、無邪気に笑った。
「うん、お願いするよ。いろいろ教えてほしいこともあるし」
二人と五匹は、にぎやかに村へと向かって歩き出した。
チワワ好きな方!
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