漆
冥土の土を掘るのは初めてだった。
けれども、花を植えることには慣れていたので、さほど時間はかからなかった。
てきぱきと球根を植え、土を被せる。
すると、まるで時間を早送りしているかのように、すぐに芽が出て花が咲いた。
真っ赤な、真っ赤な彼岸花だ。
どこか超然としたようすで花園を眺めていると、ふと煙のにおいがしてふり返った。
「范」
「初仕事は無事に終えられたかい?」
そこには長煙管をくわえ、紫煙を吐く女がいた。
相変わらずこの女は気配を感じさせない、と密かに思う。
「畜生のくせに、随分と意志の強い魂だったじゃないか」
「いつから気づいていたのですか」
「あんたは勝手に決めつけていたんだ」
未練晴らしを望むのは人間だけだと思ったかい?
一言からかってから、またいつものようにいたずらな笑みを浮かべる。
「……やはり、あの依頼書は、あなたが」
正直、一発殴ってやりたい気分だった。
しかし、彼女の言葉がやけにしみじみとしていたので、その衝動も引っこんでしまった。
「あたしがまだ現役だったときに、あんたを助けられなかったからねえ。あれからあんた、ずっとひとりで待ち続けていて……気がかりだったんだ」
勝手なことを、と思うが口には出さない。
たしかに、待つことを選んだせいで苦しい思いをしてきたこともあったが、それは自分のためなのだから仕方がなかった。
此度の仕事で己の決心がよりはっきりとした。
「ところで、今後はどうする? あたしの力で、あんたを昇格させてやってもいいんだよ」
今度の笑みは単なるいたずらではなく、慈愛に似たものも含んでいた。
けれども、己の決意が覆ることはない。
「私は、あのひとをこの場所で待つと、決めたのですから。それまでは、この忘川河で守り人としての使命を果たしましょう」
おやおや、と范はまた微笑んだ。
あんたらしいね、と残してくるりと背を向けられる。
何か他に言われるものだと思っていたが、ただそれだけだった。
煙をくゆらせ手をひらひらとさせながら、その姿は冥土の闇へ消えてゆく。
常夜の空を見上げれば、星はまだ降り注いでいた。
そこら一体に赤い花の絨毯を作る彼岸花園へ。
悲願は実り、花と化す。
死者の国に生え出るこの花は、単なる彼岸花などではない。
那由多の果てに晴らされた迷魂の未練を、永遠に映し続ける悲願の花なのだ。