表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

-零-


 僕たちは三年の恩を三日で忘れる、と古くから言われますが、貴女(あなた)と過ごした日々はやけにはっきりと記憶に焼きついています。


 無為(むい)自然に生きる存在として、物心ついたころから天地のあれこれは理解していました。

 でも、貴女があまりにも熱心に教えてくれるから。

 ああ、これはうつくしいものなのだと、知ったのです。


 貴女と出会ってまだ間もないころ、足が不自由で外へ出歩けない貴女に僕は白花を贈りました。

 いつの日か、人間の(つがい)が花を贈り合っている姿を見たことがあったからです。

 純白の花を受け取った貴女は、本当に嬉しそうに笑ってくださいました。


 好きだったから、昔に屋敷の庭で育てたことがある花なのだと。

 名を月下美人(げっかびじん)と言うのだと。まさに、満月の下で微笑(ほほえ)む貴女にふさわしい花だ、と僕は思いました。


 もうひとつ、貴女は茉莉花(まつりか)も好きだと言ってくださいましたね。

 思い出の花なのだと、古い歌謡を口ずさみながら。


「本当はね、わたしよりも上手に歌える人がいるんだけど。でももう、あの歌声は聞けなくなっちゃった」


 どうして?


「もうこの世にはいないんだ。事故で亡くなったから。わたしの足も、そのときに怪我したものだから」


 そんな顔をしないでください。僕がついていますから。


「あら、(なぐさ)めてくれるの? やさしい猫さんなのね」


 一介(いっかい)畜生(ちくしょう)である僕には、鳴くことしかできませんでしたが、それでも貴女は僕の毛並みを優しくなでてくれた。


 そのようにしばらく、きれいな花や石を貴女の枕元に運んでゆく日々が続きました。

 その度に貴女が語ってくれるお話を心待ちにしながら、たまには遠出をしてめずらしい花々を集めにいったものです。


 ある日のことでした。

 見たことのないような大輪の月下美人を見つけ、すぐに持ち去ろうとしました。

 しかしそれが、花屋の店主の逆鱗(げきりん)に触れてしまったようです。

 僕は店主からひどい仕打ちを受け、あっさりと死んでしまった。

 あまりにも儚い命でした。せめて最期(さいご)は貴女の隣で過ごしたかった、貴女に大輪の月下美人を見せたかったと、薄れゆく意識のなかで思いながら。


 僕たちは三年の恩を三日で忘れる、と古くから言われます。

 だから、どうか貴女も忘れてください。

 僕もじきに、貴女のことを忘れてしまうでしょうから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ