8番ライク “異常”を見つけろ
隣を歩く深田君は、驚いた顔で私を見た。さっきまで眠っていたかのような反応。キョロキョロと辺りを見回し、見知らぬ場所であると分かると困惑した表情を浮かべた。
「篠崎さん。ここはどこ? 変だな。家に帰っていたはずなのに」
高校が終わって、彼は家に帰る途中だったのだ。その途中でここに迷い込んでしまったのだろう。
樹々が鬱蒼と茂って、枝が空を囲んでまるでトンネルのように見える道。辺りは既に暗くなりかけていた。夕刻。早くしなければ夜中になってしまう。
「ここは異空間よ、深田君。あなたは怪異に見込まれてしまったの」
「怪異?」と彼は首を傾げる。
「怪異って何がどう怪異なの? 確かに知らない道だけどさ」
私は軽く溜息を漏らすとこう言った。
「この道は“異常”を見つけなければ出られないの。ただし、“異常”は一つだけとは限らないわ」
「なにそれ? まるで“8番出口”みたい。パクリ?」
「“8番出口”の製作者さんが、寛大にも類似作品を黙認してくれているみたいだから良いのよ」
「よく分からないけど、分かった。とにかく、“異常”を見つければ良いのだね?」
「その通り。一応、断っておくけど、私はあなたの手助けはできないわ。あなたの味方ではあるけどね。
これはあなた一人だけでクリアするからこそ意味があるの」
彼は私の説明にキョトンとした顔を見せたけど、それから「うん。分かった」と嬉しそうに返して来た。
そして、私の手を握って来る。
「でも嬉しいな。こうして君と帰るのは初めてだね」
「そうね。初めてね。ついでに言うとこうして手を握るのも初めて」
「そうだっけ?」
「そうよ」
深田君は上機嫌だった。異空間に迷い込んで試練を突きつけられているというのに。とても呑気だ。私はまた溜息を漏らす。
しばらく歩くと、奇妙な樹が目に入った。根元の辺りに毛の塊のようなものが集まっていて盛んに囁いている。
それを見て深田君は顔を明るくする。
「おや? 早速、異常を見つけたよ」
「そうね。でも、私は言ったわよね? 異常は一つだけとは限らないって」
「まだあるってこと?」
「そうよ」
「そうかぁ。でも、この調子なら、直ぐに全部見つけられちゃいそうだね」
歩き続けると、今度は背丈が異様に小さいおばさん達とすれ違った。おばさん達は私には挨拶をしたが深田君は無視をした。ヒントのつもりかもしれない。
「見つけた…… けど、きっとあれだけじゃないんだよね? あれだったら簡単すぎるもの」
「そうね」
それから彼は歩きながら周りに気を配るようになった。暗さが増していたから、危機感を覚え始めたのかもしれない。
しばらく進むと、男が近付いて来た。遠目では分からなったけど、顔に目が付いていない。ただ、代わりに宙を目玉が浮いていて、それが衛星のように男の周りを回っていた。無言のまま目の前にまで来る。
その男は彼を無視しなかった。肩を叩いて、目玉をアピールしている。衛星のように回る目玉は内側を向いており、どうやら彼自身を観ているようだった。
きっとまたヒントのつもりだ。
「また見つけたけど、やっぱりあれだけじゃない?」
「その通りよ」
しかし彼にはまるで通じていないようだった。確かにちょっと難しいかもしれない。
それからしばらく歩き続けた。が、彼は一向に異常を見つけられないようだった。
「ね、分からないよ。そろそろ何かヒントを出してくれない?」
そう言って彼は音を上げ始めた。
私はまたまた溜息を漏らす。仕方ないと口を開いた。
「あのね、深田君。変だと思わない? 私達ってほとんど話した事はないわよね? なのに、どうして一緒に帰っているの?」
深田君はキョトンした表情を見せる。
「でも、篠崎さんはよく笑いかけてくれるし挨拶だってしてくれるし」
「あなたは、本当にそれだけで一緒に帰ってくれて、手をつないでも嫌がりもしないって思っているの?」
私は深く深く溜息を漏らした。
彼は相変わらずにキョトンした顔をしている。
彼はどうやらまだ気が付いていないようだった。“篠崎さん”が、彼と一緒に帰ってくれるはずなどない事に。もしも、“彼女”が彼と一緒に帰ってくれるような事があれば、それこそが異常であるという事に。
――つまりは、私が“篠崎さん”ではないという事に。
映画もやるらしいので、応援するような気持ちで書きました。
寛容な製作者さんは良いですよね。