道州存亡の分水嶺を木杖で見極めた少女将軍
1~6枚目のイラストは、AIイラストくんで生成致しました。
7枚目のイラストは、みこと様より頂きました。
万暦の三征に代表される戦乱に魏忠賢を始めとする宦官達の増長、そして歴代皇帝の御政務への無関心。
これらの政治腐敗で明朝の統治力が衰えた事もあり、崇禎の御世には各地で農民反乱が勃発していたのです。
その中でも特に危険だったのが、王嘉胤に呼応して蜂起した張献忠の軍勢で御座います。
山西や河南の地域で猛威を振るい、長江流域を経て四川で地盤を固めた張献忠は、ついにこの道州にまで押し寄せたのでした。
この張献忠の軍勢は単なる農民反乱軍とは一線を画する獰猛さを持ち合わせており、道州を守備する永道守備だった沈至緒殿さえも武運拙く戦死してしまう有り様でした。
このままでは、道州が賊軍の手に落ちる。
そんな絶望に誰もが打ちひしがれた時、あの方は毅然と立ち上がられたのでした。
それは何を隠そう、沈至緒殿の御令嬢である沈雲英殿だったのです。
「あの勇猛だった父上までもが討たれてしまったのですか…おのれ、許すまじ張献忠。この私が父に代わり、あの賊軍に鉄槌を下して見せましょう。」
辛くも戦場から離脱した伝令兵の報告を受けて驚かれたのも束の間、沈雲英殿は直ちに持ち前の冷静さを取り戻されたのでした。
「曹林燕、司馬翠花、貴女方も準備をなさい。間もなく大戦の始まりです。忙しくなりますよ。」
そうして華やかな髪飾りを静かに解かれると、沈雲英殿は毅然とした御様子で私達に指示を出されたのです。
賊軍との徹底抗戦という、この時の私には無謀極まりない自殺行為としか思えなかった強硬策を。
「本気なのですか、沈雲英殿!?あの賊軍には、永道守備の正規軍ですら遅れを取ったのですよ!それに、こちらの残存勢力も高が知れています。」
司令官である沈至緒殿を始めとする多くの将兵が戦死し、残る人員も物資も決して充分ではありません。
この状態で抗戦するなど、みすみす死にに行くような物です。
しかしながら、沈雲英殿の御決意は決して揺るぎはしなかったのです。
「何を言うのですか、曹林燕。この道州は反乱軍に包囲されているのですよ。このまま黙っていては張献忠の軍勢に蹂躙されるばかり。かつて貴女の御先祖様と幾度となく戦った諸葛孔明の言葉を借りるならば、今の我々の状況は正しく『座して死を待つよりは、出でて活路を求めん』ですよ。」
こう仰られては、曹魏の末裔である私としては返す言葉が御座いません。
そして後々振り返れば、この時の御判断は当時の我々にとって可能な限りの最適解だったのです。
「とにかく可能な限り兵を集めるのです。守備兵は勿論の事、動ける人間ならもう誰でも構いません。この戦、我が道州が滅ぶか否かの分水嶺なのですからね!」
「はっ、承知しました!」
沈雲英殿の命令を受けると、先の伝令兵は放たれた矢の如く駆け出していったのでした。
「及ばずながら私も戦わせて頂きましょう、沈雲英殿。そこにいる曹林燕と同様、私も沈雲英殿から武芸を手解きされております故。」
爽やかな微笑を浮かべながら名乗り出たのは、私と同様に沈雲英殿の側近を務めている司馬翠花だったのです。
八王の乱を生き延びた司馬一族の直系であるという彼女は、曹魏の謀臣として有名な先祖の司馬懿仲達とは対照的に竹を割ったような気質の好人物でした。
「それは心強い限りですよ、司馬翠花。此度の戦、貴女と曹林燕の二人には私の副将として活躍して頂きますよ。」
そうして手慣れた御様子で鎧を纏われた沈雲英殿は、同じく軍装を整えた私達二人を従えた上で兵達の視察に向かわれたのです。
眼下で隊列を組んだ兵達の姿は、何とも心許無い限りでした。
何しろ大半が軍事の心得のない民衆達から募った志願兵で、城内の守備兵や先の戦闘を辛うじて生還した負傷兵のような正規兵達も装備や物資の不足したお粗末極まりない有り様でした。
そもそも先の戦闘で正規部隊が大敗した際に武器を始めとする装備の大半を失ってしまったのですから、それも致し方ありませんね。
指揮官である沈至緒殿の亡骸さえ回収出来なかった事から察するに、兵達も着の身着のままで逃げ延びるので精一杯だったのでしょう。
「可能な限りの人手と物資を集結させましたが、今の我々にはこれが限界で御座います。」
兵力の心許無さと、それを報告しなければならない申し訳なさ。
そうした様々な感情が綯い交ぜになっていたのでしょう。
司馬翠花の声色は、何時になく緊張感に満ちていたのでした。
「この有り様でも御決意は変わりませんか、沈雲英殿?」
ましてや私など、見通しのきかない不安感に苛まれて口もろくにきけない有り様ですよ。
そんな私達とは対照的に、沈雲英殿は至って冷静だったのです。
「当然ですよ、曹林燕。兵力と物資が乏しいならば乏しいなりに、志願兵達の練度が低いなら低いなりに、それに見合った戦い方をするまでです。」
そう毅然と言い放って木杖を携えられた御姿の、何と気高くて尊い事でしょうか。
弱腰になっていた自分が恥ずかしい限りですよ。
しかし沈雲英殿は、何故に木杖を手に取られたのでしょうか。
この時の私には、皆目見当がつかなかったのでした。
そうして沈雲英殿は志願兵達の隊列の前に姿を見せると、彼等に向けて毅然と檄を飛ばされたのです。
「張献忠の率いる反乱軍の大部隊によって、この道州は一分の隙もなく包囲されています。今の状況は正しく、韓信元帥が取られた背水の陣。死中に活を求める事こそ、今の私達に残された道なのです!」
自信に満ちた堂々たる立ち振る舞いと、全身から迸る猛々しい闘志。
この兵達を纏め上げる鮮やかな手腕は、正しく亡くなられた御父上譲りと言えるでしょうね。
そして直前になって木杖を手に取られた理由も、この時に明らかになりましたよ。
「戦う意志があれば、武器は何とでもなるのです!それを証明すべく、私はこの木杖で反乱軍と戦います!」
「おおっ!!」
そうして高々と木杖をかざした時には、兵達の興奮は最高潮に達したのでした。
結果から申しますと、沈雲英殿の率いる道州軍は見事に反乱軍を打ち破ったのです。
退路を断たれた背水の陣という切羽詰まった状況に、木杖を片手に司令官として立ち上がった年若い少女を支えようという義侠心。
これらの要因により自軍の士気が上昇したのも確かですが、「マトモな武器もない寄せ集めの志願兵達など、物の数ではない」という敵軍の油断を誘えたという点も大きいですね。
何しろ私達のような女子供が木杖を振り回して突っ込んでくるのですから、簡単に叩き伏せられると手を抜いてくるのも道理ですよ。
こうして見事に張献忠の軍勢を退けた沈雲英殿は崇禎帝より遊撃将軍に任じられ、その後も相次いだ反乱軍の襲撃から道州を見事に守り通したので御座います。
やがて時は流れ、張献忠や李自成が率いた農民反乱の流れは次第に沈静化へと向かっていったのでした。
この頃になりますと、私も軍装を解いて平穏に過ごせるようになりましたよ。
とはいえ明末に吹き荒れた農民反乱の顛末を耳に致しますと、恐ろしさに総毛立ってしまいますね。
王嘉胤にしても李自成にしても、天寿を全うしたとは御世辞にも言えない最期ではありませんか。
特に恐ろしいのは、張献忠によって支配された蜀の地の人々の末路ですね。
老若男女を問わずに張献忠の軍勢に虐殺され、あまつさえ血肉をも喰らわれてしまったとか。
もしも沈雲英殿が徹底抗戦せずに降伏を選ばれていたなら、この道州は蜀の地と同じ運命を辿っていたのかも知れません。
張献忠に降伏するか、或いは抗うか。
この選択肢は即ち、道州の明暗の分水嶺となっていたのですね。