07.コワイノカイブツ
事の起こりは、アンナたちが暮らすヨーバの村キノスクにプリペラン商会の若者が巡回販売で立ち寄ったことだ。
キノスクはヤギの乳からチーズを作り商会に卸している。商会は定期的に立ち寄り買取りと住民からの注文品を置いて次の地区へと移動していく。
その日、陽が上がるかどうかの早朝にプリペランのザギャはキノスクを訪れていた。今日は一日をかけてヨーバ村全体を回り、陽が落ちる前に村を出て商会があるラコイの街に向かいたかったからだ。
理由は、このヨーバ村のある場所から山を挟んだ向こうのペティア村オカザが盗賊団に襲われたことにある。急いで商会に戻り、今後の対策を旦那方と相談しなければならなかった。
ザギャの巡回販売は、ラコイの街を出るとまずペティア村を回り、次に山を越えながら村を離れ山で暮らす狩人などを相手に商売し、ヨーバ村で商いをするとラコイに戻るルートを一週間から十日かけて辿る。
まず先に訪れたペティア村フォーシーでオカザの話を聞き、普段はゆっくり二日掛けるペティア村での商売を一日で済ませ山越えに挑んだ。
盗賊団は騎士団によって平定されたということだったが油断はならない。
夜は狩人たちが暮らす小屋へ泊めて貰い、此方も商売は忘れずこなしながら大急ぎで山を越えてキノスクへと辿り着いたというわけだった。
初めのペティア村でオカザの話を聞いたのに戻らず商いを続けたのは、別に商魂逞しいからだけではない。
商人とは、吟遊詩人同様、商いの一つとして情報を伝達する役割を持っているのである。
彼らは、いち早く情報を伝えることで、それが正確であればあるほどに信用を得ていく。商人にとって信用は、新たな金を喚ぶ財産である。
故にザギャは、強硬日程で商いをしながら最後の取引相手であるヨーバ村に到着したのであった。
娯楽の少ない土地では、噂話は直ぐに広がるし、隠し事も好まれない。特に生死に関わる問題と財産の損失については、日の出と一番鳥の声くらいの早さである。
ザギャがもたらした報は、一気にキノスクの住民へと広がった。
『時は、二十日ほど巻き戻る――
ペティア村オカザに神々の愛児が現れた。背の小さい痩せた男で、見たこともないような不思議な服を着ていたそうだ。
実際は、西の砂漠や東の海辺の民族服を混ぜ合わせて作った装束だったのだが、この地方ではどちらも目にすることが珍しい上に、衣服に焚き込まれ染み付いた神殿と同じ香木の薫りが村人の思考を鈍らせ目を曇らせた。
オカザは、ヨーバ村キノスクより大きなコミューンである。二十数世帯が暮らし、キノスクが大麦の二毛作とヤギの酪農に対しペティア村は春に小麦の栽培もみられ亜麻の生産も際立つ。オカザは亜麻と乳牛の飼育がメインだ。
愛児は、村を隈無く歩き回り、時に家の中に入り込んだりして伝え聞くままの『愛児の行動』をして暫く過ごしていたそうだ。
そして、ある日姿を消す。
何もかもが伝承通りで、オカザの人たちは誰も疑わなかった。
その夜、男の手引きにより盗賊団がオカザを襲うまでは――』
この話を聞いたキノスクの大人たちは震え上がった。
この村にも愛児がいる!
しかし、ザギャに相談する間もなく彼は話すだけ話して、商いが成立すると次の集落へと行ってしまった。彼も忙しい人間だ。
ヨーバ村の問題はヨーバ村で解決しなければならない。
キノスクの問題はキノスクで解決するのだ。
大人たちは、廿日市が本物の神々の愛児なのか、盗賊団が送り込んだ斥候なのか、判断に苦慮していた。
盗賊の一味ならば、早めに捕らえて仲間たちとの合流を防ぎたい。しかし、本物の神々の愛児ならば『不可触の教え』に背いてしまう。
触れてはいけない。見てもいけない。声を聞いてはいけない。近づいてもいけない。彼らは、時が過ぎれば神の身許に帰る。
昼夜をかけ話し合った結果、大人たちは苦肉の策として廿日市を監視することで落ち着いた。
そして、迎えた三日目。
付かず離れずの距離を保ち、遠目に彼がどこに行くのか確認する。
時おり森に入っていく姿は見ていた者が居たため、ガーダーたちが森を捜索したが仲間らしき人物は捉えられず、代わりに木の実で腹を満たしたり、湧き水を啜る廿日市の姿を見ることになった。
それまで伝え聞いていた『神々の愛児』とのイメージの違いに、アウヴェスたちは困惑する。
神々の愛児といえば、人々に尽くすよう神様より遣わされた存在でありながら、勝手に他人の家に押し入り、家捜しをして家具を壊し、食べ物を奪い、時に人を襲う。そんな蛮行を行う者も少なくなく。それでも懸命に役目を勤め上げた愛児たちにより、何とか魔物たちは退けられ大地に豊かさが戻った。というのが通説だ。
世に安らぎが訪れたにも関わらず愛児は地上に現れ続ける。
元より玉石混淆だった愛児の蛮行は、平和な世では受け入れ難い。故に彼らは、話す言葉を失い、金剛力を失い、ただ時満ちて神の身許に還されるのを待つのだと教えで説かれた。それを疑う者は誰もいない。
だが、盗み見ている彼はどうだ。
村人たちが用意した食事には手をつけず、自ら積極的に人々に接触しようとしたのは現れた最初の日だけと聞く。
あとは村人に遠慮し、村の外れの片隅でじっとしているのだ。
すべての愛児が教え通りの人物像でないことはわかっている。しかし、彼は動かなさすぎた。盗賊団の斥候ならば、もっと調査のために歩き回るだろう。怯えた素振りを見せながら家の中に入り込んでもおかしくない。
なのに、彼はそのどれとも違う『動かない』という動きをするのだ。
アウヴェスたちは、日本人気質丸出しの神々の愛児にひたすら混乱し、戸惑う。
そして神々の愛児が現れて四日目、人々は愛児が姿を消したことを知る。
夜の森に入ったまま廿日市は、戻って来なかった――。




