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二章【終】よぅι゛ょとおじさん。〜神々の越境救済(クロス・レデンプション)〜  作者: 櫻井
状況整理の章

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21.ログプレの神様

 ケルピーの置き土産の馬具をどう黒駒に身に付けさせるか悩んでいたときに、その声は聞こえてきた。


「オラ~、なにかお困りですかなー」


 オミノ達より大きい小太りなおっさん小人。衣装の奇抜さと人好きするいい笑顔、そしてパイプをくわえた顔の濃さに廿日市は言葉を失い、手にしていた馬具を地面に落としてしまった。


「一日一回、困った貴方に助っ人参上。さぁさぁさぁ願い事はなんじゃろか。言うのは無料(タダ)、叶うも叶わないも運次第。エケコは今日も貴方の欲しいものを運んでくるよー」


 全長三〇センチ程度の小さなおっさんは、口上を決めて満足したのかパイプを思いっきり吸ってプハーッと煙を吐き出す。


「お困り事は何ですかの、カバジェロ」




  ∵ ∴ ∵




「じゃあ、じゃあ。明日もおじさんに会えるの? 」

「勿論だよ、かわいこちゃん(ママシータ)

「うふふ」

「ハッハッハッハッハ」


 目の前で大口を開けて笑う顔の濃いチョビ髭のおっさんをしみじみと廿日市は観察した。


 ロースト気味の日に焼けた肌に、白い歯が眩しいアグラダーブレ(イケオジ)


 背中には、今からエベレストにでも登頂するのかと見紛う大荷物を背負い。サンバでカーニバルなカラーリングの原色の背広に山高帽を被っている。お腹いっぱい案件の奇抜さなのに、帽子の下には更に耳当て付きニット帽を被っていた。帽子オン帽子。しかもビタミンカラーのシマシマ柄でパンチの効いた逸品ときている。


(不審者この上ない……)


 廿日市から剣呑な視線を向けられているエケコは、最初の挨拶の後、彼に知恵を貸すために、(ことわり)に則って自発的に現れたのだと言った。




  ∵ ∴ ∵




「で、これは上に乗せるだけでいいんだな? 」

「そうサね。ドーンと乗っければ、ズバーンと勝手に巻き付いて出来上がりサね」


 馬装の装着のやり方をエケコに確認しながら、言われたままのやり方を実践する。


 黒駒の背中に鞍を放り上げれば、それは不思議な力で生き物のように動き勝手に装着された。


「うぉっ、マジか」

「魔法の道具サね」


 驚く廿日市とは対照的にエケコは余裕の笑みで頷く。


「次は、頭絡サね」

「ああ」


 こちらもエケコの構える通りに真似をして待てば、黒駒の方から鼻革に顔を突っ込んでくれた。するすると頬や頂の向こうに革が張り、廿日市がなにか調整することもなく装着が終わる。


「……イージーモードだ」


 自分がなにか手を下さなくても見えない力によっていいように計らってもらえる。子供の頃、一度は憧れたことがある万能感に一瞬心は浮わつくが直ぐ様思い直した。


「神様に贔屓にされるってことは、そういうことサね」

「俺は、人生は黄金律(イーブン)だって教えてもらったよ」

「カバジェロは、先に対価を差し出しているサね」


 先に差し出した対価というものがどれなのか、思い当たるものが多過ぎて判断に困る。そもそも、この世界にやって来たこと自体が廿日市にとっては悲劇以外のなにものでもない。


「そしてこれからは、その力に振り回されないように神経を使うサね」

「俺の人生そのものが等価交換ってことか」


 確定事項だと思っていても自分の中で考えていただけと、誰かに肯定された見解では受け止め方が違ってくる。


「神々の愛児(まな)とはそういうものサね。自滅するも大成するも」

「あんな扱いされて、大成とか無理な気がするけどな」


 アンナの村で味わった怒りと虚無と悲しさが甦る。


「矜持の問題さね。あとは心の有り様。……人は、人サね」


 エケコの瞳が、遠いなにかを眺めみるように細められた。


「……ああ、そうだな」


 神々の愛児もこの世界の住人も、それぞれの考えをもつ同じ人間なのだ。


 廿日市の育った国が違ったら同じ境遇でも村人達が家の外に置いた食べ物や衣服を自分のものとすることに抵抗が無かったかもしれない。

 もしかしたら、家に押し入って非道な行為に及んだかもしれない。


(考えすぎもいけないが、色々有りすぎて卑屈(まもり)に入っていたな)


「にしても、エケコ。お前出てくるの遅いだろ」

「マドレ・ミア! これでも頑張った方サね、カバジェロ」


 欲しいものを手に入れる事が出来るおまじない人形として熱烈な支持を受けるエケコ。エケコ人形に欲しいもののミニチュアを括り付けておけば、いつか願いが叶って欲しいものが手に入るのだそうだ。


 廿日市の前に姿を現したエケコは、自らの事をログプレの神様だと表した。


 未来を生きてるジャパンカルチャーは、よその国の神の有り様すら容易に破壊できてしまったらしい。


「一日一度きりね、ワタシあなた助けるサね。欲しいものがあったら渡すよ。けど、今日は話し相手なるサね。多分、それが今一番役立つこと思うダーね」

「エケコ……」


 カルロスとかロドリゲスみたいな名前が似合いそうな褐色のおっさんは、自分が顕現出来る時間いっぱい廿日市からの質問を受け付けると言った。


 エケコの申し出に、廿日市は遠慮なく自分の推論を披露する。


 おおよそは、彼の見解通りであった。


「ワタシらは越境サね。ワタシらはカバジェロの記憶だけが頼りサね。カバジェロの記憶を必死に辿って越境してきてるサね」


 適当に唱えた呪文でも、そこには言霊が宿り力が顕現しやすいそうだ。廿日市が強く願い、意志があれば形を成そうとするらしい。ただそれがこの世界の理に反していた場合は無理だという。


「カバジェロ、これは大事なことだからしっかり覚えておくサね。理は、絶対サね。定められた理を越えることは出来ないサね」

「理は、絶対」

「そうサね。曲げられないから定理サね」

「定理、か」


 廿日市が『廿日市が生まれた地球世界』に戻ることは、エケコたちの力をもっても無理だという。ショタ神が言ったように、そんな都合よく理が動くなら、自分はあれほどの憎しみや死の恐怖を抱く瞬間を味わうことはなかっただろうと廿日市は思う。


(結局は、この世界で終生を全うしないといけないってことか)


 アンナを育てて嫁に出すと決めたのだから今更な現実だが、それでも自分の中で思っているのと他人に指摘されるのとでは痛みの度合いが違うと無意識に廿日市は胸に手を当てた。


「まぁ、カバジェロは被らなくていい厄難(素通りして)巻き込まれた(落っこちた)悲運なお一人所以、特恵は盛り沢山ダーね」

「ショタ神が手心を加えてくれたって? 」

「ショタ神が何か分からないサね。でもきっとカバジェロは、理が起こした二〇〇〇年問題みたいなのもサね」

「その例えで辛うじてわかる自分が嫌だ」

「貰ったものは有効に使うがいいサね」


 陽気に笑うおっさん小人にため息が出る。


「俺に奇跡を与えすぎた神様はどうなった? 」

「それもまた理サね。そして神は神サね。なにも変わらない……変わるのは、人サね」

「……そうか」


 何故、神々の愛児は嫌われてしまったのか。


「気を付けるよ」


 首から履歴書を下げているわけではない。

 幸いアンナのお陰か言葉もわかる。エケコが言うには、アンナが流した血を俺が生き返るために血肉を再生する時に巻き込んでしまったからアンナの血に記憶された技能、この場合は言語理解だが。――を俺も身に付ける事ができたのではないか、という話だ。

 そう言われると、確かに筋は通っているような気はする。


 アンナが生き返ったのも、この血が混じった事による影響なのかと聞いたら可能性が無いとは言い切れないが、過度のストレスによる感情の爆発で愛児の奇蹟(チカラ)が暴発したのだろうと言われた。

 その爆発の方向性が外ではなく内側に向かったから、彼女の死を嘆き悲しむ強い感情が蘇生を引き起こし、アンナの霊魂も俺を心配して肉体を失っても天の門を潜らず留まっていた事も幸いして再誕を果たしたのだろうと結論付けた。


 死んでるのに心配とかヨウジョ、マジ天使。


 他にエケコから初心者講座を受講したお陰で色々段取りというのを覚えた。

 とにかく街にいけばなんとかなると思っていた宿無し所持金ゼロ状態も、いきなり行ったところでどうにもならないという当たり前の事を気付かされた。


(人間、動揺していない。自分は冷静だ。順応している。なんて考えてる奴が一番ダメだな)


 お陰で今も、雑談している間に外部ツールを使いクリック連打でおばあちゃんのクッキーを焼いているような感覚で、街で暮らすために必要な貨幣を稼ぐ作業を呼び出したオミノたちにやってもらっている。


 なんとかなる。じゃなく、なんとかする。の心構えだ。外部委託だけど。


 そう気持ちを新たにした廿日市の元に作業を終えたとオミノたちが知らせに来た。


「お、出来たか。ありがとな、オミノ」

「≯∨∃≦∩」


 礼を言えば、オミノたちは嬉しそうに体を揺らす。二手に分かれて作業を行ってもらっていたのだが、一方は作業していた場に小袋の山を築き上げ、もう一方は、出来上がったものをわざわざ廿日市の前まで届けてくれた。


「そいつは、何サね」


 近づいてきたエケコは、廿日市が受け取ったものを興味津々と覗き込む。


「こいつか? 」


 廿日市は、手にしたものを軽く左右に振った。


「日本にはさ、打ち出の小槌って便利な万能欲望実現機があるんだよ」


 大黒様オリジナルは置いておいて、回数制限や条件付きの簡易打ち出の小槌の伝説は、おとぎ話として伝わるくらいメジャーだ。


 小槌が欲しくて、オミノたちにその辺から拾ってきた木の枝と落ちていた石を適当に稲穂を撚って作った藁縄で括り付けてもらった。石器時代の石斧(せきふ)って感じのビジュは芸術点はゼロに近いが、権能さえ無事使えれば問題ない。


「打ち出の小槌……ふむ」


 俺が手にした石斧な打ち出の小槌を凝視するエケコのは、なんとも渋い顔である。


「エケコはエケコ。小槌は小槌だよ。万能欲望実現機って言っても、方向性が違う」

「ほう」


(身一つで何とかなるなんて、そんなの当たり前にあり得ない)


 遠慮がちな日本人って性質が持つ、やっちゃいけないって常識を生存戦略のもと改革し、ある程度の幅を持って清濁併せ呑む方向に思考を切り替えなければ。


(とはいえ、出所不明な万能感は捨てること)


「ちょっと異世界ってのに、俺も浮かれていたんだろうな」

「カバジェロ?」


 人ひとり生きるのに、どれだけ費用が必要か。それが二人なら?

 子どもを抱えて生きるって、めちゃくちゃ大変じゃないか。日雇いの仕事をすればとか、まずその日の仕事にありつけるかも分からないのに何言ってんだって話だ。たとえ、あぶれず仕事に就けたとしてもその間、子どもはどうする。アンナと黒駒を賢いからと道ばたに放って置くわけにもいかないだろ。

 宿屋に住めば、日銭がかかる。だが、確実に安全なのはそういった場所なのだ。


(人さらいが、全く出ないとは限らないからな)


 俺は、アンナを連れて安全に(・・・)生きていきたい。


「ちょっとばかり、神様に甘えさせてもらおうってな」


 キョロキョロと周りを見渡して、腰掛けるのにちょうどいい感じの大石を見つけると近付いて小槌を持った手を振り上げる。


「清く、正しく、逞しく!  幸せのお裾分けを、ほんの少しだけ願う!」


 そのまま勢いよく振り下ろした。


「自重はするが、遠慮はしないッ。いでよ、金銀お宝ザックザク〜!!」


 渾身の力で石斧を石に叩きつければ、単純な作りの石斧はいとも簡単に崩壊するわけで。


「お、おおおおおお。カバジェロ、こりゃぁ……」


 砕けた石斧は、本来ならバラバラになって地面に落ちるはずが、ゲームでオブジェクトが壊れて消える時みたいに光の粒になり、全く別の物品へと姿を変えて足元に転がった。


『∨□∌∅○∈∩∧□』

『∪∏○∑⊄◇∃◇』

『∂□∂∧⊇』

『∧∪∧∪∃∨∨』


 出てきたブツを見たオミノたちは大騒ぎだ。


「万が一を考えたら、使い捨てが一番だからな」


 粉々になった石斧は、ちょっと歪なそら豆くらいの大きさの金や銀の塊、オリエンタルな雑貨屋でたまに見かける角が丸く研磨された天然石になった。石斧の体積以上にはならなかったみたいで、全部を拾い上げても片手の手のひらにこんもり積み上がるくらいだ。


 俺はそれを丁寧に拾い上げてやたら多いポケットにそれぞれ収めていく。ポケット多いって地味に便利だな。今さら母親が言っていたポケットのある上着を着なさいの意味をここにきて理解するなど。


「そこそこに小狡いサね」

「そこは、控えめで慎ましいって言ってくれ」


(これを街で換金できれば、当面の心配は免れる)


「さてと、もう一つ」


 廿日市は、一仕事終わったというように両手で腰あたりを叩くようにして払う。そうして、今度はオミノたちに作らせた小袋の山へ向き直った。


「あっちも何かするのサね?」

「ああ」


(時代劇で御庭番(ニンジャ)は、昼間は行商人の薬屋か飴屋、夜は屋台の蕎麦屋やってるからな)


「何かしらの売り物持って歩いていた方が色々誤魔化せる気がしてな」


 オミノたちに用意してもらったのは、ただの入れ物なので何の飾りもない簡素な巾着型の小袋だ。

 ついでに側を作るだけでなく仕上げの下処理の為に、小袋の中には適当に毟って集めた草を入れて貰った。


 オミノ、万能過ぎるだろ。


「ありがとな」


 言うとオミノたちは嬉しそうに体を揺らして気持ちを表現したあと廿日市の影のなかに帰っていく。

 それを見届けてから廿日市は、積まれた小袋の山に手を翳した。


「寝るときに纏うのはシャネルの五番~」

「なにサね、それ」

「めっちゃ有名な女優さんの言葉」

「ほー」


 みる間にぺちゃんこだった小袋が盛り上がり、中身がパンパンに詰まった匂袋が出来上がる。コロンとした見た目からハマグリみたいだ。


「不思議な匂いがするさね」


 鼻を突きだして小袋の匂いを嗅ぐエケコにデジャヴを感じて笑う。


「一攫千金アイテムだよ」


 ただ残念ながら匂いは件の香水ではない。だって俺、その五番の匂いとか知らないし。


 エケコから教えてもらい、アンナにも聞いて確認した。金になりそうな、けれど生活に馴染んで気にもとめられない保食(ウケモチ)の有効活用。


 ――ずばり、モイストポプリだ。


 食い物の範疇で食い物ではない物品。長期保存型で香り長持ちな嗜好品。


 ロフトの小綺麗な雑貨屋で最初みたとき、なんで食い物が入浴剤の棚にあるんだ。って疑問に思ったんだよな。人間、疑問に思ったら、何故かを考える。どうしてかを調べる。を忘れちゃいけないな。

 お陰さまで、芸は身を助ける状態に持ち込めてる。


 袋の中身は、ピンク岩塩に黄色、紫、ピンク、赤、白の花弁を混ぜた組み合わせで作ってみた。

 匂いについては、相変わらず使った事はないので適当に入浴剤でいい匂いだったなぁ……って匂いを思い浮かべて錬成。さすがに温泉宿系のじゃなくて、花とか果物とかのふわっと広がるやつを想像する。生乾きってのの加減がイマイチ分からないが、萎れて元気無い程度で良いかなと、想像する。物さえ作っちまえば、あとは本物同様勝手に匂いが混ざるだろ。


 出来上がった小袋をリュックの中に放り込んでいく。何気にエケコも手伝ってくれてる。神なのに……。そう思うと笑いが込み上げてきた。


(小回りの利く神だな、そりゃ皆に愛されるわけだ)


「なぁ、エケコ」

「なにサね」

「明日も宜しくな」

「任せるサね、カバジェロ」


 白い歯を見せる相手に、廿日市も笑顔を返す。鞄の中に匂袋を詰め終わると、さて。と、両手で顔を挟み込むように頬を打った。


「よし、じゃあ行くか」


 廿日市の声を聞いて、二人から少し離れた所で遊んでいたアンナと黒駒が駆け寄ってくる。


「お話終わったの? 」

「ああ。日暮れまでに町に急ごう」


 アンナを抱き上げ黒駒の顔を見れば、伝える前に体の向きを変えてくれた。出来た馬である。


「アンナ、ここを持って」

「うん」


 安定をはかるため先にグリップを握らせてから鞍にアンナを乗せ、次いで足元に置いていた荷物をシートバッグの要領で鞍に取り付ける。


「じゃ、また明日」


 エケコを振り返れば、彼は力強く頷いてくれた。約束があると言うのは、こんなにも気持ちを強くするものなのかと自分でも驚く。


「魔法の鞍は、騎乗者を絶対に落とさないから安心していいサね」

「わかった」


 鐙に足を入れ、一気に鞍を跨いだ。馬上から見る景色の高さに息を飲み自然と笑顔になる。少年の心と言うものは幾つになっても本能としてあり続けるらしい。そんな自己分析をしながら廿日市は軽く綱を引いた。


「頼むぞ、黒駒」


 彼の言葉に答えるように二つ三つとその場で足踏みをした黒駒は、虹蛇の街道がある方向へと頭を向ける。


「有り難う、エケコ」

「また明日サね~」

「またね」


 手を振るアンナに手を振り返したエケコは、黒駒が歩き出すと同時に自らが吐き出したパイプの煙に紛れ、風が吹き飛ばすままに姿を消し去った。



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