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二章【終】よぅι゛ょとおじさん。〜神々の越境救済(クロス・レデンプション)〜  作者: 櫻井
状況整理の章

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20/23

20.馬の名は

「名前が必要だよなぁ。アンナが付けるか? 」

「え、わたし? 」


 自分に任されるとは思っていなかったアンナは、思い付かないと首を横に振る。


「な、名前は、父さんたちがつけるものだから……」


 消え入りそうな声で告げられれば、成る程と妙に納得した。


 名付けるということは、その生命に責任を持つということなのだろう。


「そうか、そうだよな」


 腕を組んで軽く唸れば、思慮深そうな瑞々しい黒い瞳と目が合った。


「黒い馬といったら、甲斐の黒駒あたりか? 」

「ぶるっ」


 頷くように、元藁馬の太く短めな首が動く。廿日市の発案は、どうやら一発合格となったらしい。


「なんていったの? 」


 聞き取れなかったアンナが不安そうに馬と廿日市を見上げてきた。


(やっぱ、固有名詞は聞き取れないか。説明するとなると……)


黒駒(くろこま)……烏駒(くろこま)、飛鷹って事かな」

「ひだか」

「そう。空を滑るように飛ぶ鷹……鳥みたいに速く走る馬、って意味だ。多分」


 五指を開いた手を鳥に見立て、空を飛ぶように宙に滑らせる。その様で合点がいったのかアンナは大きく頷いた。


「くろこま」

「ぶるる」

「うぉっ。ちゃんと伝わった」


 きちんとアンナが発音できた事にも驚いたが、名を呼ばれた黒駒も嬉しそうにアンナの顔や頭に自分の長い鼻先を押し付けて彼女を転ばせようと悪戯している。


「黒駒、危ないから」


 可愛らしい黒駒の戯れくらいに捉え、やんわりと声を掛けた廿日市の表情が驚愕に固まった。

 アンナが大事に胸に抱いていた藁馬二号を豪快に頭から丸かじりにしたのだ。


「た、食べちゃダメーっ」


 一瞬、何が起こったのか判らず凍りついたアンナも弾かれたように声を上げ、黒駒から藁馬二号を取り返そうとするがもう遅い。

 黒駒に噛まれた藁馬二号は、パッと黒い煙を吐いた後、光の粒子となりホロホロと解けて黒駒に吸い込まれるようにして消えたのだった。


「と、共食い? 」


 廿日市の言葉が気に入らなかったのか、黒駒は後退するように足踏みをして体の向きを変えると豪快に廿日市の頭を噛んだ。


「ぐおぉぉ」

「きゃーっ。もっとダメぇー」


 甘噛みを止めようとするアンナが黒駒の胸の辺りに抱きつく。


 幼女に目一杯の力で抱き締められたことに興奮したのか、フーッフーッと荒い鼻息が廿日市の頬に浴びせかけられ、気持ち噛み締める歯に力がこもった気がした。


(こいつ、心の中におっさん飼ってないか? )


 涎まみれにされながら「解せぬ」と呟く廿日市であった。



  ∵ ∴ ∵



 黒駒にいいように汚された後、漸く解放された廿日市は泉の中に頭を突っ込んで汚れを落とした。


 濡れた髪を拭くために頭から被った手拭いは、鞄の中に小人が用意してくれていたものだ。


「俺の頭を噛むこと禁止な」


 めっ。と、小さな子供を叱るように顔を作るも馬にとってはどこ吹く風といった反応である。なのに、アンナがロンを噛んじゃダメと言えば、素直に頷いたのだ。


(……解せぬ)


「まぁ、いい」


 主従関係というか、創造主と創造物という力関係が破綻している気がするが、まぁ動物なので仕方がないと諦めることにした廿日市は、自分の影に向かって声を掛けた。


小さい人(オミノ)、居るんだろ。出てこい」


 ブクブクと泡立つように影が揺れて、中から小さな頭が三つ生首のように顔を出す。本当に影の中に住んでいたのかと内心動揺しつつも、アンナや黒駒の手前平静を装う。アンナに気負う必要はないのだが、黒駒はしっかりしておかないと鼻であしらわれそうな危機感があった。


「お前たちのなかで、馬具を作れるやつはいるか? 」


 招請に応え、喚起した黒駒は何一つ馬装をつけていなかった。流石に裸馬に乗る技術は持ち合わせていないし、なんなら乗馬経験もゼロに等しいがそこは何とかなるだろう。


『∪#∩∀ヰ∃∧◎∩∧※∪∨∈∧∩※∋』

『∪○ヰ∪#∨∈』

『∩※∧⊆#∋∨∪◎∈⊆∧※∨∪#∩∀∃』

『∧◎∩∧※∪∨∈∧∩』


 小人たちは顔を見合わせ、仲間内で相談すると何やら主張してくる。しかし、全身タイツの真っ黒人間なのだ。表情を見て察してやることもできない。


「一生懸命話してくれるのは嬉しいんだけどな。俺、お前たちが何を言っているか判らないんだ」


『∋∪○ヰ∪#』

『∨∈∩※∧⊆』

『#∋∨∪◎』

『∈⊆∧※∨』


 懸命さだけは伝わってくるので、通じ合えないことに気が咎めた廿日市は困った顔で眉を下げる。


「わ、わたしわかるよ」

『∧⊆#∋∨∪◎∈※∨⊆∧∪』


 救世主な幼女が名乗りを上げた。


(そういや、なんでアンナは小人と話せるんだ? )


 最初は気にならなかったが、よく考えたら新たな疑問だ。

 だが、今はそれよりも。と、直近の問題の解決を急ぐ。


「本当か? 」

「うん、えっとね」


 やる気に満ち溢れた幼女は、廿日市の足元にしゃがみこむと小人と会話を始めた。


『#∋∨∪◎∨∈∩※∧⊆』

『∈⊆∧∨∈⊆∧※∨#∋∨∪◎』

「Rotaerckaeplek? 」

『#∨∈⊆∧※∨∋∨∪』

『#∋∨∩※∧⊆∪◎』

『∈∩∧∩⊆⊆⊆∧※∨』

「Draaptrawzsivflahtseebflah? 」

『∋∪○ヰ∪∨∈∩⊆』


 廿日市には全身黒タイツな小人だが、アンナの視線の動きを見ていると彼女には表情が見えているのかもしれない。

 小人も身振り手振りを含めて饒舌にアンナに何かしらを伝えているようだった。


『※∪◎∨∈∩※∨』

「ロンなら判るの? 」

『∪◎∨#∋∨∪∈∩※』

『∈⊆#◎∧』

「うん。うん。わかった」


 小人の言うことに何度か頷くと、アンナは代弁するために廿日市を見上げた。


「あのね、Rotaerckaeplekの貰った方が早いって」

「Draaptrawz?」

「そう。わたしにはわからないけど、ロンにならわかるって」

「俺になら判る? 」


 確かに、もやっとしたものが頭の中にイメージとして浮かぶ。


 言語として全く理解できていないというより「あー、それどっかで聞いたことあるんだけど、何だっけ? 」的なド忘れに近い感覚だった。


(もう少し形状とか詳しい例えをアンナに求めるか? )


(いや、アンナも多分オミノからモヤ~っとしか伝わってないんだ)


 元々、オミノが語るのは廿日市の世界にいる喚起可能な対象の話だろう。ともなれば、それはアンナが知る由もない存在なのだ。


(伝言ゲームになって、ボンヤリが更にボンヤリになっているのか? )


 思考を一つに集中出来ず、散漫として考えが纏まらない廿日市を余所に、アンナに言いたいことは伝えきったと小人たちは二人と一頭に手を振って再び廿日市の影の中に潜ってしまった。


「またねー」

「ぶるるる……」


 小さくアンナは手を振り、黒駒は控え目に鼻を鳴らして前肢で土を掻く真似をする。アンナの真似をして手を振っているつもりなのだろう。

 忘れた何かを思い出そうと必死な廿日市以外は、お見送り姿勢だ。


「あ、ケルピーか」


 小人達と入れ替わるように、廿日市の脳内に青白い鬣の黒い馬が降臨した。


(成る程、成る程。確かにケルピーの馬具ならいろんな意味で安全そうだ)


「ケルピー? 」

「ああ、馬の……」

「馬の? 」

「馬の……ふふふふふ」

「ロン? 」


(魔物とか言ったら問題だよな。今のこの世界には魔物がいないって事になっているし。そもそも神々の愛児が魔物とか喚んだらダメだろ)


 ツーッっと冷たい汗が背中を伝う。


 そんな廿日市の焦りに気付いたのか、黒駒が彼の袖を噛んで泉の畔へと押しやった。


「く、黒駒? 」

「ぶるっ」


 さっさと貰ってこいと言わんばかりに顔で背中を押される。


「いや、だが」

「ふんっ」


 後ろを気にして振り替える廿日市の顔に鼻息と共に鼻汁も飛んできた。頭を噛まない約束は有効のようだが、代わりに別の攻撃を編み出したようだ。


「しかし」

「ぶるる」


 心配ないとばかりに首を振られた。


「お前が何とかしてくれるって? 」

「ぶふっ」


 ギュワッっと歯を剥き出しにして笑う馬を初めて見た。

 綺麗に並んだ歯は、ハリウッドスターが如く白く輝く。


「そうか、お前……」


(一応、神馬ってことか)


 なにかを悟ったらしい廿日市は、頷くと泉の畔に膝をつき水の中を覗き込んだ。


(招請にルールがあるかは判らないが)


 唇を引き結び、泉の中に手を差し入れる。廿日市が次に何をするのか興味津々なアンナは、黒駒とは逆側から彼の手元を覗き込んだ。


「Droowtehslaozneё(アブラカタブラ)rclazki」


 廿日市が呪文を唱えれば、それに呼応するように泉の底が暗く輝き、彼の目の前の水が盛り上がって太い丸太のような何かが泉の中から生えた。


「っあ! 」


 水のベールを纏ったケルピーであろう存在に仰け反り、傍らのアンナを抱き込んで全力で後ろへと逃れる。

 追い縋るように水の塊が廿日市へと倒れ込む直前、彼の横に控えていた黒駒が首を伸ばし水の中に隠れていたケルピーの首の肉を噛み千切った。


 全てがひとつ呼吸の合間の出来事だった。


 喚ばれたケルピーは水の中から姿を現す間もなく屠られ、そのあまりに早い消失に惜しむ気持ちすら生まれる。


「びっくりしたぁ」


 持ち上がった水は、核となるケルピーが失われたことで仄暗い光の粒子となり滝のように崩れて消えた。


 後に残ったのは、上等な革製の馬具だ。


「わ、何か落ちてるよ」


 廿日市に抱えられていたアンナが彼の腕の中から抜け出して頭絡(ハッカモア)を拾い上げた。

 未だ腰が抜けて動けない廿日市とは、比べ物にならない逞しさである。


「鞍もある。すごいね、これもロンが作ったの? 」


 嬉々として落ちている馬具を集め、誇らしげに持ち上げて見せるアンナに廿日市はそろそろと息を吐き、天を仰いでそのまま後ろに倒れた。

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