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よぅι゛ょとおじさん。〜神々の越境救済(クロス・レデンプション)〜  作者: 櫻井
クソ長い設定の章

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02.村の子供たち

「おい、ケヴィン。何してるんだよ」


 キャーキャーと騒ぎながら鬼ごっこを楽しんでいた子供たちの一人が、丘に向かう小道の真ん中で立ち尽くしていた友人に声をかけた。


 彼が子供たちのリーダーなのだろう。鬼ごっこをやめ、ケヴィンの横に馳せ参じると一緒に走っていた子供たちも続々と彼らの周囲に集まってくる。


「マーク……」


 隣に並んだ相手に分かりやすく示すように、ケヴィンは自分が見ているものの方を指差した。


「ナンダ? 大人か?? 」


 見慣れない格好をした見知らぬ男が、立派な髭を蓄えた大柄な男に必死に話しかけている。


「ゴリンスキさんだ」


 マークではない子供がケヴィンの指差す方を見て呟いた。ポッチャリとした体形の彼は、ゴリンスキと家が近く顔を会わせれば何かと可愛がって貰っている。


 見知らぬ男に絡まれているように見えるゴリンスキは、見かけとは裏腹に集落のなかでも一二を争うお人好しで穏やかな男だった。そんな彼が、顔色を悪くしながら何事か話しかけてくる男の声を聞こうとせず足早に自分の仕事場である山小屋へと向かう道を急いでいる。


「どうしたんだろう」

「他の大人呼んできた方がいい? 」


 ゴリンスキを心配した女の子がマークの袖を掴んで問う。

 自分達が無力だと本能的にわかっている子供たちは、見知らぬ男を警戒し知らず身を寄せあっていた。


「呼んできても無駄だと思う」

「え?! 」


 ケヴィンの言葉に数人の子供の声が重なった。


「だってあの人、神々の愛児(マナ)だもん」


 寝物語にしか聞いたことのない単語に、子供たちは固まり「あれが……」や「本当にいたんだ」といった言葉をこぼす。


「まなってなぁに? 」


 その中で一人だけ、マークの袖を掴んでいた少女だけが言葉の意味が分からず首を傾げた。


「なんだよ、メアリ。お前、そんな事も知らないのかよ」

「知らないもん」


 メアリと呼ばれた少女は白桃のような頬をぷくりと膨らませて、上目遣いにマークを責める。自分を真っ直ぐ見つめる琥珀色の瞳に心揺さぶられたのかマークは頬を紅潮させながら口を開いた。


「愛児っていうのはな」

「神様が沢山の奇蹟をお与えになった人たちのことだよ。でも、今は全部取り上げられちゃった人たちさ」

「おい、ケヴィン」


 答えようとした横からケヴィンが答えてしまいメアリに良いところを見せる機会を失ったマークは口をへの字に曲げる。

 その様子にケヴィンは素直にゴメンと謝った。


「取り上げられた? 神様が取っちゃったの?!」

「あー……。いや、どうかな」


 初めて聞いた話に、驚いた少女の目がこれでもかと大きく見開かれ、彼女の視線はマークとゴリンスキに必死に何かを訴えている男とを行き来する。


 彼らの信仰の対象である神は、自分達に赦しと気付きの機会を与えてくれはせよ、決して在るものを取り上げたりはしない存在だ。

 そんな神が男から何かを奪ったなどと考えたくはない。


「違うわよ、バカね」


 メアリの表情が酷く狼狽えたものに変わる頃、見かねたのか彼らより年上らしい少女がマークとメアリの間に割って入り二人を引き離した。


「バカってなんだよ」

「バカは、バカでしょ」


 フン。と、鼻を鳴らした少女シャーリィは「正しい知識を教えてあげる」と居丈高に胸を反らした。



 神々の愛児とは、遠い昔魔物に襲われて困っている人間たちを助けるために神様がお遣わしになった奇跡の人である。


 神より貸し与えられた奇跡を行う力を用い魔物を平定し、人々に富と安寧をもたらす存在。

 しかし、神々の愛児の命は短く、花が萎れるように時が経つとその姿は風にほどけて消えてしまうのであった。


「死んじゃうの? 」

「わからないわ。ただ風に吹かれて花びらが飛んでいくように消えてしまうんですって」

「かわいそう」


 魔物が人々を苦しめる度に彼らは何度となく、何人となくやって来て、魔物がいなくなると静かに姿を消した。


 そんな彼らの存在が変質したのは、愛児たちが刈り取るべき魔物が滅し、大きな争いが起きなくなってからだった。


 平和な世に、役割を終えた愛児たちは無慈悲に投げ出され続ける。


「魔物がいなくなっても、愛児たちは来るのをやめなかったの? 」

「来たくて来ていたとは限らないわよ」


 時の流れと共に忘れ去られていく神々の愛児への感謝と敬意。


 やがて権能が薄れたのか、彼らは変わらず世界に生み出され続けるが次第に言葉が通じなくなっていった。

 次に、人々が畏れていた超常なる力の奮い方が分からなくなったようで、神々の愛児は恐るるに足りぬ存在へと身をやつすことになる。


 愛児は、人々にとって頭を垂れる存在ではなくなっていた。


「昔は何年も何十年も居たらしいけど、今は十日くらいで居なくなるから放っておきなさいってパパが言っていたわ」


 いつの間にか愛児は、その存在を無いものとして扱うというのがこの世界の決まり事になったのだとシャーリィは締めくくった。


「話しかけてもダメだし、近づいてもダメだぞ」

「愛児はここにいない人だから見えちゃダメなんだ」


 マークたちが口々に神々の愛児についての注意事項を並べていく。


「でも、どうしてあの人が愛児だってわかるの? 」


 彼女にとって、それが最大の謎だった。確かに観たことがない格好をしているが、あとは特に自分達と変わらない見た目だ。


 それを近づかずに、更に言葉も交わさない状態でどうして解るのだろう。


 ゴリンスキを追うのを諦めた男の落ちた肩が憐れで、メアリは唇を尖らせた。


「神々の愛児は、体から神殿の匂いがするからな」

「神殿の匂い? 」

「神殿ってクセェからすぐわかるぜ」

「あの匂いがしたの? 」

「うん。さっき風が吹いたとき神殿みたいな匂いしてきたよ」


 神殿は神を讃えて常に香木を焚き続けている場所であり、信仰心がまだ薄い子供たちにとっては、ただの息ができない臭い場所という認識だった。

 ケヴィンの証言に、息が詰まりそうな神殿の匂いを思い出して子供たちは顔をしかめる。


「なんかさ。言葉も話せなくて臭いとか、お前のところのアンナみたいだな」


 少し大きめの前歯が特徴的な子供のステューがケヴィンの横からメアリを覗き込み、意味ありげな笑顔を見せる。

 どこか悪意が透けて見える意地悪な笑顔に、メアリが顔をしかめると彼は気をよくしたのか楽しそうに目尻を下げて視線を後ろへと投げた。


 彼の瞳の動きを追いメアリが振り返り、彼女が後ろを向いた事でその場に固まっていた子供たちも一斉に振り返る。


「アンナ……」


 見る間にメアリの顔が怒りに歪んだ。


「あ。……わ、わた……わた、し……」


 絵本を抱いた少女が、他の子供たちとは距離を空け一人立っていた。


 突然自分が彼らの視線を集めたことに動揺し、口をもごもご動かしながら後退る少女に悪意が忍び寄る。


「アンナは、いつも草のにおいがするもんな」

「納屋で寝てるんだっけ」

「お前、なんで家で寝ないの? 」

「元々ウェス爺さんとお前の家だろ」

「そ、……それ、は」


 幼さゆえの残酷さは、見たままのことを口にすること。

 個々の家の事情に配慮し、口をつぐむ大人たちと違い子供は素直に言葉にして答えを求める。


「メアリ、お前も一緒に寝てやれよ」

「イヤよ! 」


 思っていた以上に大きな声が出たのだろう。メアリは、ハッとした表情を見せた後、顔を真っ赤にして歯軋りした。


「そこまで嫌がらなくても」


 ほんの少し、軽くからかうつもりでの提案に全力で拒絶されたステューは、ばつが悪そうに頭をかいて誤魔化す。

 だが、言われた側のメアリは許さないと瞳に力を込めた。

 その怒りは、自分の妹へと向けられる。


「あんたがグズでノロマだからいけないのよ。あんた見て母さんが泣くから、父さんだって家に入れたくても入れられないの」

「ご、ごめな……さ……」


 泣きそうな顔で必死に言葉を絞り出そうとするアンナに蔑んだ目を向けたメアリは、ひとつ鼻を鳴らすとツンと顎を反らせてアンナに背中を向けた。


「行こう」

「え、でも」


 戸惑うマークたちを一瞥するとメアリは黙って走り出してしまう。


「メアリ! 」


 快活な彼女が見せた気の強い一面に気押されていた彼らだったが、自分達を置いて走っていってしまうメアリの背中を慌てて追った。


「聞いていたでしょ」


 誰もかれもがメアリを追うなか、シャーリィだけはその場に残りアンナに話しかける。


「え? 」


 集落の子供たちのなかで一番のお姉さんなシャーリィは、冷たく見える顔立ちとは裏腹に面倒見のいい少女だった。(よわい)十二。

 彼女は周囲をよく観察する頭のよさを生まれ持っていた。


「神々の愛児には、近づいてはダメよ」

「う……」


 シャーリィはアンナを疎ましいと感じたことはない。確かに彼女は動作が鈍く、言葉も詰まりがちで声も小さいが、それは彼女が臆病で周りの気を窺ってしまうからだ。

 二年前、ウェスが亡くなりメアリたち親子がやって来てからアンナは心優しい内気な子供から愚鈍な頭の足りない娘へと扱いが変えられた。

 シャーリィはそれが嫌だったが、大人の評価を変えることはできない。結局彼女も、付かず離れずで時折アンナが失敗しないようにこうして話し掛けるだけに留まっていた。


「愛児が長く居座ることを大人たちは嫌がるの」

「嫌、が、る」

「魔物がいたから愛児がきたなら、愛児がいたら魔物がくるって思っているのよ」

「まもの」


 シャーリィの話を彼女なりに理解しているのだろう。何事か呟いては小さく頷く行為を繰り返している。


「言いつけを破ったら大人たちが怒るわ」


 怒るという単語に反応したアンナが身を固くした。胸に抱いた絵本を持つ手に力がこもる。


「殴られたら痛いもの」

「シャ、リィ……」

「だから、約束を守って」


 真摯な瞳がアンナを映し、アンナはそれに応えるように頷いた。


「うん」


 頷くアンナを見届けると、シャーリィは離れた場所でしつこく彼女の名前を呼ぶステューの元へと走っていってしまう。


 十二歳。彼女もまた子供たちのコミュニティに属していなければ生きにくいのだ。


 けれど、残されたアンナはシャーリィの存在が嬉しかった。メアリたちが来る前の頃のように一緒に遊んで貰えなくなっても。シャーリィはアンナにとって大事なお姉さんだった。


 ケヴィンたちが見ていた方向に視線をやる。

 アンナのお気に入りのもみの木の下には、神々の愛児と呼ばれた大人が座っていた。

 あの木陰でウェスが最後に買ってくれた絵本を見るのがアンナの日課で楽しみだったのだが仕方がない。


 アンナは持っていた絵本を抱き直すと納屋へと帰っていった。



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