19.童話に無限の可能性を感じる
こんこんと考えていた。
小人は精霊信仰なら、童話の世界は殆んどそれで賄えてしまうのではないか、と。
妖精や精霊や魔女、魔法使いと児童文学の中でも民間古事や口承文学が元になった物語は聖霊や神霊のオンパレードなのだ。
そして、信仰に足る普及率はネズミ印の映画が世界レベルで弾き出してくれている。
ニヤリと廿日市は人の悪そうな笑みを浮かべた。
(大慌てで、村から走って逃げてきたからな。すっかり失念していたぜ)
正に命辛々……。いや、しっかり殺された挙げ句、火まで放たれたわけだから辛々どころじゃないのだが。パニックになるなという方が無理な話のイベントを乗り越えた男は、漸く年相応の小賢しさを取り戻しつつあった。
「シンデレラってカボチャと、ネズミだっけか」
(カボチャは保食の力で出せる。ネズミはその辺にいるのを捕まえてくるか?)
(いや、ネズミだしな。ネズミを馬に変えて、今日から君は馬です。とかやって従ってくれるのか?)
妙案を思い付いたと思ったのに早々に頓挫した。
そう、本家のシンデレラだって十二時の鐘が鳴ったら元の姿に戻ったのだ。つまり、変身された状態を維持できない可能性がある。と、いうことになる。
それは、避けるべき由々しき事態だ。
「他に、馬とか馬車とか……」
(日本的には、盆の胡瓜や茄子に足生やすアレか? 俺んちは、やんなかったけど)
他に案はないかと、懸命に思い出そうとする廿日市の脳裏に、木彫りの熊が浮かんだ。
(何故、熊)
床の間に飾られた木彫りの熊。フューチャリング熊だった記憶の中の映像が、どんどんカメラが引かれてロングの画になっていく。
熊の後ろには掛け軸があり、熊の右にはガラスケースに入った芸妓の日本人形。熊の左には藁で編まれた馬。
(馬!! )
カッ。と、覚醒するように廿日市の目が見開かれた。
「藁馬だ! 」
神事として受け継がれている最強の馬をなぜ失念していたのか。
「ぅわらばー? 」
「わらうま、な。わらうま」
本日何度目かの言語の壁に、藁馬とはどういうものかを事細かく幼女に説明するおじさんの背中は、心なしか煤けていた。
∵ ∴ ∵
藁馬を作るため、廿日市は稲穂を保食で生み出す。
次に稲穂から実の詰まった種籾を取り除くために、鳥たちを呼び寄せ稲穂を啄んでもらった。小さく鳴き声を上げながら食事をしている姿は可愛いが、食べるものがなくなると余韻もなにもなく飛び去っていく野生が逞しいと思いつつも少し寂しい。
「きれいに食べてくれたね」
「そうだな」
藁になったのを確認すると、今度は泉の水で湿らし手近な石でうち据えて柔らかくしていく。
(人生、何が役に立つか分からないものだな)
実家の床の間に飾られた藁馬は、以前廿日市が信州に旅行に行った時に観光客向けに開いている藁馬作りに参加して作ったものだ。藁馬神事がある地域では、観光事業の一環として催しているのだろう。
地方によっては、伝統工芸の玩具としても流通しているのだとか。
廿日市は、十年以上経過しても手順をしっかり記憶していることに驚きながら、懇切丁寧に作り方を教えてくれた職人に心の中で感謝した。
「次は……」
藁を整えたなら、次は本体だ。馬の頭の部分は三つ編みの要領で編み込んで作り、首、足、胴と束ねた藁を細く縒った藁で縛って成形する。
一人でやるには道具がなければ些か難易度が高いので、アンナの手も借りての作業となった。
廿日市の作業に瞳を釘付けにして、自分もやりたそうにウズウズと落ち着きがなかったアンナは、手伝いを請われて嬉しそうだ。
「ここを仕上げて」
最後、残していた稲穂で尻尾を高く豊かに表現して藁馬は出来上がった。
「わぁ、おうまさん」
何が出来上がるのか楽しみにしていたアンナは、出来上がった藁馬を手にして頬擦りしそうな勢いで喜んだ。
(なるほど。純真な子供ほど喜ぶのだな)
生き残りを賭けた伝統工芸品というわけではなく、本当に喜ぶ人間がいるから細々とでも受け継がれていくのだと異世界の地で知る廿日市であった。
「もう一つ、作ろうか」
ぎゅっ。と、胸に藁馬を抱いたアンナから玩具を取り上げるというのは気がひける。
「もうひとつ? 」
「それは、これから使うから。次に作るのは、アンナの分だ」
「わたしの……」
周囲に花が咲き乱れ、星が飛び散りまくるような幼女の至極の微笑み、プライスレス。
∵ ∴ ∵
現代人が馬を見る機会なんて、映画やドラマ、あと競馬くらいであろう。
どれも速く走ることに特化した近代軽種馬だ。サラブレッドという呼び方の方が馴染みがあるかもしれない。
それに比べ、日本に昔からいる馬というのは、中型馬でずんぐりと体幅が広い体形をしていた。胴長短足なんて日本人を揶揄する言葉があるが、馬もそうなのだ。農耕をメインに生きてきた日本人は消化器器官がそう発達した。そして馬も洋種馬と違い草のみで飼育可能に育ったのだ。
太くて短めの足を持つ日本の馬は、足場が悪い山間部でも難なく駆け回る。しかも蹄が堅く、農耕馬として扱うなら蹄鉄を打たなくていいエコなデキる馬なのだ。そんな足腰が強く、頑強な馬たちの中から更に足の速いものを戦馬とした鎌倉武士たちは「そりゃぁ崖くらい馬に乗ったまま駆け降りるって」と当時高校生だった廿日市少年は、郷土資料館の展示パネルを読みながら嘆息したのであった。
(ってことで、イメージするのは豊かな鬣と尾毛を持つ日本の馬)
地面に置いた藁馬一号を前に廿日市は両手を突き出す。
アンナは少し離れたところで、自分用に作られた藁馬二号をしっかりと胸に抱え廿日市を見守っていた。
「知仁武勇御代の御宝~」
呪文など特に必要ないと判ってはいるが、言霊と言うくらいだし、何かしらいい影響が起こるのではないか。と、期待も込めて廿日市はおまじないの定番台詞を口にする。
「おおおお、お? 」
廿日市の呪文に合わせて藁馬に宿った光は、藁馬を崩すように螺旋を描いて宙に舞い廿日市が望んだ馬の形を象ると輝きを消した。
光が収まり、中から姿を表したのは艶めいた尾花青毛の馬。
「黒いお馬さんだ」
真っ黒な体に白い尻尾と鬣というコントラストは一瞬でアンナの心を奪ってしまったのだろう。廿日市の隣に駆け込んできたアンナは、好奇心が抑えきれず顔が輝いている。
しかも和種は、おとなしい性格が多いと聞く。アンナが自分に向けて好意を抱いていると察した賢馬は、ぶるると鳴きながらアンナに近付くとやや大きめの頭部を彼女の顔に寄せ、鼻先で挨拶するように軽く頬を突いた。
「うふふ、かわいい」
(俺はお前たちが可愛いよ! )
凛々しい黒馬と戯れる幼女に、不整脈を起こした廿日市は胸を押さえて踞る。
「大丈夫? 」
「ぶるる……」
「だ、大丈夫だ。問題ない」
異世界の地で、萌を知った廿日市であった。




