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二章【終】よぅι゛ょとおじさん。〜神々の越境救済(クロス・レデンプション)〜  作者: 櫻井
状況整理の章

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18.設定を考えよう

愛児(まな)がすごーくにおうのは、目印なんだって」

「目印」


 アンナの語る神々の愛児情報を聞きながら、廿日市は匂いが目印ってどういうことだよ。と、半目になった。


 が、確かに万民に『これは愛児ですよ』とお知らせするには匂いというのは有効な手段なのかもしれない。とも思い直す。


(知らない土地で、牛舎の近くを通りかかったら風向きテロにあった時みたいなもんか。そこに誰かいるとか、何かあるとか分かりやすいしな)


 彼の実家の仏壇には香炉があったし、炉儀がある宗教なら香炉はあった。廿日市の世界とアンナの世界の文化文明の歴史がそこまで離れておらず似た感じて纏まっているなら、神殿では常に香木を焚いて祈祷しているだろうし、信心深い家庭なら家でも同じ香木を焚くだろう。

 神殿の匂いとは、生活に織り込まれている匂いなのだ。


(古い取り決めを現代にあわせてブラッシュアップしていくのは企業としては当たり前のことだしな。たまに方向性を間違えて退化することもあるが)


 長く会社勤めをしたらあるあるなシステム変更の黒歴史を思い出し廿日市は顔を顰めた。


(ともあれ、体臭変更はなされてしまったし)


 あのあと、無臭になれと念じてみたが上手くいかなかった。オプションに無香という選択肢は無いらしい。


(無効だけに。って、そうじゃねぇ)


 アンナは廿日市の匂いが気に入ったのか「そのままがいい」と言っていたので、このままでもいいか。なんて、気持ちも落ち着いた。


「と、いうことでアンナ」

「はい」


 お互いに膝を付き合わせ、今後について話し合う。

 廿日市が正座をしたらアンナもそれを真似て座ったので、あまりの可愛さに倒れそうになったことは内緒だ。


「設定を考えようと思う」

「せってい? 」


 アンナ自身、幼いながらも色々思うところはあったと思う。だが、彼女は廿日市の考えに従うと自らの意志で決めた。

 自分を疎ましく思いながら束縛してくる両親と離れたかったのかもしれないし、消えた命を再び吹き込んでくれた廿日市という存在に神を感じ心酔してしまったのかもしれない。

 なにが、どれが、正解かなど随分時を経てからではないとわからないのだ。


 アンナを立派な娘さんにしなければ。それが、この右も左もわからない世界で廿日市を突き動かす原動力となっていた。


「そう。うーん……そうだな。二人だけの秘密の約束だ」

「やくそく」


 設定を約束と言い換えたらアンナの瞳が輝いた。秘密とつけたことも彼女の心を擽ったのかもしれない。


「今日から俺とアンナは歳の離れた兄妹としよう」

「ロンが、わたしのお兄さん? 」

「そうだ。ギリギリ親子の線で攻めようかと思ったが、あまりに似てなさすぎる。それより、血の繋がらない兄妹の方が無理がない」


 越えられない言語の壁以上に、越えられない人種の壁がある。どう見てもアジア人な廿日市とヨーロピアンなアンナとでは、異母兄妹の母親似だけでは無理だ。それより、壮年の父親が若い後添いを貰い、アンナは彼女の連れ子とした方が設定に無理がない。


「んんんん……」


 少しアンナには難しかったらしく、眉間に皺を寄せて唸っている。


「ま、まぁ。誰かに聞かれたら俺は血の繋がらないアンナの兄さんと答えるからアンナもそう言ってくれ」

「わかった」


 ふんす。と、鼻息荒く拳を握り固く決意する仕草を見せるアンナが可愛くて、廿日市は顔が緩みきる前に気を引き締めた。


「あと、俺の職業は、調香師ということにしようと思う」

「Retseemkooreiw? 」

「Retseemkooreiw」

「どんなおしごとなの?」


 調香師に反応したアンナは廿日市にぐいぐいと迫る。

 出会い方もそうだったが、彼女はかなりの行動派だ。年齢以上に知恵もある。親ではない大人たちに育てられたという背景も有るのだろうが、素地が聡い子なのだろう。


「香水とかを作る仕事だな。あとは香木とかを選んで調香するんだ」


 香水と聞いてもアンナの生活とは無関係だったのだろう。いまいち全貌が掴めていないのか不思議そうな顔をしている。


「俺の体から臭ってくる匂いが、花の匂いでも怪しまれない仕事だよ」


 言うと廿日市は、手近な草を一本毟り手中に納めるとコインマジックを行うマジシャンのようにフッっと筒にした親指側から息を吹き込んだ。


「はい、どうぞ」


 アンナの前に手を突きだして握った指をほどけば、掌の上には淡いピンクの花が一つ乗っていた。


「かわいい。お花だ」

「まだ出るぞ」


 ピンクの花はアンナに手渡し、更に草を毟って合わせた掌の中に閉じ込める。


「せーの」


 態とらしく大きく深呼吸すると、今度は合わせた親指の根元から息を吹き込む。


 ポップコーンが弾けるように、廿日市の手の中から色とりどりの花達が飛び出した。


「きれい、きれい」


 見たこともない花が大量に溢れ出たことにアンナは大はしゃぎで喜ぶ。喜びすぎて疲れるのではないかと見ている側が心配になるほどの喜びようだ。


「全部、食べられる花だぞ」


 保食の力は食べ物を造り出す力である。


「食べていいの? 」

「美味くはないと思うけどな」


 サンドイッチの時とは違い、受け取ろうと差し出した両手に花を盛られると花弁の中に躊躇いなく鼻先を埋めにいく。


「味も匂い……しない……」


 見た目の華やかさに反して無味無臭のそれにアンナの瞳から光が消えた。


「蕗の薹とか桜餅とかならワンチャンイケると思うんだが、こうごちゃごちゃしたのの匂いや味までは覚えてなくてな……ごめん」


 造り出せるのは、多分廿日市自身の記憶の中にあるものだけだと彼は判断している。


 小人達がアンナのために繕ったベビードレスも、リングガールのドレスに似ているんじゃなくて、可愛かったと朧気な記憶が補整されて再構築されたリングガールのドレスなのだ。


 きっと無意識に、アンナがあのドレスを着たら似合うのではないかと彼女に似合う色で着色して考えでもしたのだろう。それを小人たちが意識の海から掬い上げた。


 愛児の力は、すべてそこに帰結すると考えられる。


 過去に食べた。触れた。見た。聞いた。知った。理解した。心が動かされ、記憶に残った。


 これらが重要で、何でできているとか、動く原理がどうとかではないのだ。


 彼が、記憶の中から切り出せるかどうかが鍵となる。


 それらを念頭に置いた愛児の力、今は特に保食の力を攻略するために描いた展開図は、今のところ間違ってはいないらしい。


(この花も、結婚式で食った料理に付いてきた花だしな)


 保食は食べ物なら何だって出せると踏み、廿日市は食用花を連想した。食の趣味があるわけではない廿日市としては、かなり捻り出した方である。


 だが、正解した。


 サンドイッチを出すとき、廿日市はいつも店で受けとる状態を想像した。だが、実際に成功したのは本体のみでポテトフライが入っている紙のトレイも、サンドイッチが包まれているペーパーラップもそこにはなかった。


『頑張れば食べれるもの』は、食べ物ではない。当たり前だが、力を行使する前提に共通認識も含まれるため過半数が支持する内容ではないと奇蹟は起こせないという事だろう。


 そして、廿日市の記憶。


 廿日市は、出された料理しか目にしていないし、食べたのも花の部分だけ。だから、アンナのために出した食用花も花の頭の部分だけしか再現出来ない。

 茎も葉も見たことがない。あやふやな記憶ですらかなりの補整力で再現する保食の力を以てしても、知らないものまでは再現することは不可能なのだ。


 だが、これで粗方の囲い込みはすんだ。


「今は、匂いはしないけど」


 アンナの掌に蓋をするように、廿日市は自分のそれを重ねる。


「もう一度」


 二人の重なったら手の隙間から淡い光が溢れて消えた。漂い始めた華やかな花の香りにアンナの瞳に力が戻る。


「ロンの匂いとは違う……いいにおい」

「そうだな。今度は、次長ん家の柔軟剤を思い出しながら念じたからな」


 女性向けの華やかな柔軟剤の香りが、妻帯者のちょっとしたお悩みになっていた事を思いだし、匂いと花とを紐付けして想像したらきちんと融合したものが出来た。


(このアバウトなザル加減が、すべてを八百万の神でぶん殴ってきた日本人らしいよ)


「こんな風にいい香りのする花をたくさん持っていれば、匂いを売る仕事だって言っても疑われないだろ」

「うん」


 神々の愛児であることは秘密にしなければならないと思う。アンナの村での扱いをみれば、他の土地でも似たようなものだろうし、下手をしたらもっと危ない目にあうかもしれない。

 極力平和に、安心安全に暮らすために設定は必要だ。


「ロンは、わたしのお兄さん。おしごとは、ちょうこうし」


 忘れないようにするためかアンナは何度か復唱し、その都度花の匂いを吸い込んでは笑顔になる。


(猫にマタタビみたいになってるが大丈夫か? )


「大丈夫か? 」

「うん」


 先ほどのような勢いはないが、それでもしっかりと頷く。蕩け具合が心配になった廿日市だが、甘いものや自分の好ましいものに相対すると年齢など関係なく女性はこんな感じになるのかもしれないと納得することにした。


「アンナ、その花はポケットの中にしまって」

「はい」


 素直に従うアンナの頭をひと撫でして、廿日市は次の行動に移るため立ち上がった。


「よし。じゃあ、次はシンデレラの馬車だ」


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