13.ようじょとおじさん
そろそろ朝陽が顔を出すかという時間。
朝靄がかかる街道を小さな子供と、大きな荷物を背負い子供の手を引いた男が並んで歩いている。
子供の名はアンナ。決まりを破り『神々の愛児』を人として扱ってしまった咎で、命の灯火を吹き消されかけた少女。
子供の手を引く男の名は廿日市龍一郎。『神々の愛児』として、アンナたちが生きる世界に落ちてきてしまった理の被害者。
歳の離れた兄妹のように仲睦まじく手を繋ぎ、二人は商業都市フォーレイを目指して進む。
∵ ∴ ∵
小人のくつやと仕立て屋に身なりを整えてもらった二人は、このまま此処にいて見つかりでもしたら今度こそ命がないと急いでキノスクを出ることにした。
着の身着のままになることを廿日市は躊躇ったが、如何せん半壊した納屋の中にあったものは、すべて火で炙られ水に浸けられと一見して無事な姿で残っているものは何処にもない。
村人が起き出す時間が迫る中、探して持ち出すという訳にもいかず、仕方無しに手ぶらで出ようと決めたところで小人達が方々の瓦礫の隙間へと四散した。
彼らは瞬く間に素材を集め、廿日市達に群がったように小さな黒い山を作って何やら作業を始めたのである。
小人達の手腕は鮮やかであった。小人が退いた後に残されたのは登山家が背負っているような背面高のリュックサックのようなもの。パッと見40Lくらいだろうか。手頃な大きさだった。
靴と同じく革製なので重いかと手に取ってみたが、やはり此方も靴同様に軽く殆ど重さを感じさせない。
中を確認すれば、数枚の下着類と手拭い、厚手の毛織物、鞣した皮を極薄まで伸ばした防寒具がわりにもなる雨具が入っていた。
「重さが消えるのか? 」
神の奇跡とやらならば、それくらい当然のオプションとして付いてきそうだが、どうせならば亜空間大活躍のアイテムボックスとかの方が嬉しいと唸る。とはいえ、まだまだ内容量には余裕があるので今後多少荷物が増えても大丈夫だろう。
廿日市が持ち物確認をしている間、アンナは小人達と意志疎通をはかっていた。
廿日市の耳には、音楽が高速再生されているようにしか聞こえない小人達の言語だが、アンナには彼らが何をいっているのか自然と理解できているようで会話が成り立っている。
「わかったわ。お月さまの光を浴びればいいのね」
『∪#∩∀ヰ∃∧◎∩∧※∪∨』
「えっ、すごい」
『∈∧∩※∋∪○ヰ∪#∨∈』
「うふふ。うん、わかった」
『∩※∧⊆#∋∨∪◎∈⊆∧※∨』
「うん。お願いするね」
と、万事こんな調子だ。
『∨∩ヰ⊂∨∀∃』
「またね」
小人達が別れを告げたのだろうか、アンナは素直に頷いて彼らに手を振って見送る。
小人達は出てきた時とは逆に、廿日市の影の中に勢いよく飛び込んで姿を消したのであった。
「お前ら、俺の影に住んでるの!? 」
衝撃に震える廿日市の手をそっと握ったアンナの瞳が、菩薩のように優しかったことは、忘れずに記しておこう。
∵ ∴ ∵
キノスクを出る時、廿日市の頭に幼女誘拐、未成年者略取と物騒な言葉が並んだが、児童虐待からの緊急避難だと正当性を自分の心に主張し、彼はアンナを抱えて走って逃げた。
アンナは二年程前までは、亡くなったお祖父さんに連れられよく村の外に出掛けていたらしい。その記憶を頼りに、二人はフォーレイという街を目指すことにした。
アンナが言うには、フォーレイはキノスクから程近いが、それでも馬車を使って一日かかる距離らしい。キノスクは廿日市が睨んだ通り山間の村で、フォーレイは連峰の裾野にある街ということだ。
馬車で一日となれば、徒歩で移動している二人なら何日掛かることかと迷いはしたが、アンナの話を聞く限りフォーレイはとにかく人の多い街らしく住み込みや日雇い労働の職もあるのではとフォーレイへ向かうことを決めたのだった。
四十二の廿日市と七才のアンナだ。廿日市は未婚者だったが、年齢的にアンナくらいの子供がいてもおかしくない。
社会のルールも価値観も何も知らない新世界で、第二の人生をリスタートとは彼一人では早々に心が折れていただろう。しかし、傍らを見れば楽しそうに周囲を見回しながら歩いているアンナがいる。
アンナの歩幅に合わせて歩けば、廿日市は色々なことを考えるゆとりが生まれた。田舎の近いが車で一時間の法則を思い出したが、それだけのんびりとした土地柄なのだろう。
廿日市は、彼女の小さな頭を見て「アンナを嫁に出すまで頑張ろう」と強く心に決めたのだった。
ちょうど開けた場所に差し掛かった頃、暗かった空が徐々に明るくなり、森の向こうに朝陽が差して輝くのが見えた。
夜が明ける一瞬のみ見ることができる幻想的な風景に心奪われる。
広がる朝陽を見ていると、焼け跡から廿日市やアンナの遺体が消えていても、何となく流してくれるのではないか。なんて、希望的観測を持ってしまったりする。
「綺麗だな」
「うん」
一頻り夜が明けていく様を堪能した後、再び歩き出した。
「ゼェウヒぃーゴぉー、こっち」
何かを見つけたらしいアンナが、廿日市の手を引いて行きたい方向に指を指す。
「どうした? 」
「こっち。広い道」
引っ張られるままに足を進めれば、馬車の轍が幾重にも残る街道と言うべき場所に出た。
廿日市達が歩いてきた道も草が摩れて生えていなかったが、どちらかというと獣道を人が使うようになった印象だ。
だが、この道は違う。人の手が入り、きちんと整備された公道のように思える。滑走路の誘導灯のように、道の両端が砕いた貝の様なもので縁取られている事が余計にそう思わせていた。
「このね、白い石がね、虹へびの小石。この石がある道なら魔物は出ないの」
「魔物が出るのか!? 」
アンナは、自分が知っていることを廿日市に教えるのが楽しくてしょうがないといった感じで話しているが、聞かされている廿日市はアンナの可愛らしい口からトンでもない単語が飛び出してきたことに目を白黒させる。
(魔物とか異世界ライフ全開じゃないか。あのショタ神ッ)
「わからない」
しかし、アンナは慌てる廿日市は気にならないのか、どこか不服そうに唇を尖らせ言葉を続けた。
「おじーさんは、魔物が出るから夜にお外にいたら小石のある道の側で過ごしなさいって。魔物は虹へびが嫌いだから近くに来ないって」
「そ、そうなのか」
「うん。でもね、メアリが『神々の愛児』のことお父さんに聞いたら魔物なんてずっと昔に居なくなったっていうの」
「あー……何というか、それは……」
(『神々の愛児』。あのショタも言っていた単語だ。世の理がうんたらとよく解らないことを言っていた。)
紐付けられた記憶が違う単語も呼び起こした。
(『絶対幸福権』。この響き、何処かで……と、思ったら『幸福追求権』に似てるんだな。)
生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利、平和のうちに生存する権利、すべての国民は個人として尊重される権利……とかだった気がする。
二十年以上前に、高校で学んだ曖昧な記憶を掘り起こしながら考える。
(えーと、あとショタは何と言っていた? )
神の御業。信仰心。信仰があれば、奇蹟がおこる。
飛び出してきた小人達。
(小人は、精霊信仰? )
「ゼェヒーゴォウ? 」
険しい顔をして黙り込んでしまった廿日市をアンナは心配そうな顔をして見上げていた。
「ああ、すまない。少し考え事をしてた」
「ゼゥヒーゴーは、神々の愛児だから魔物がいるかわかる? 」
「いや、さすがにそれは……って。もしかして、龍一郎って言ってる? 」
「うん。ゼィァウゥ」
何となく自分を呼んでいると思っていたが、本当にそうだとはと何だか気が抜ける。
「言いにくいんだな」
「えへへ」
確かに俺もたった三文字のアンナの発音に苦労した。大人であれだけ四苦八苦したのだから子供なら尚の事だろう。
うんうん。と一人納得した廿日市は、小学校時代に付けられ、そのまま高校まで呼ばれ続けたあだ名を思い出した。
「ロン。言えるか?」
クラスで驚異の視聴率を叩き出したアニメに出てくるキャラクターに使われている漢字と龍一郎の龍が同じであったためについたあだ名だ。
名字が神谷と書いてコウヤと読む友人は荒野といえばライオン。ライオンといえばレオと訳のわからない変化球でレオにあだ名が決まっていた。
子供の発想力なんてそんなものだろう。だが、いまだに俺をロンと呼ぶ友人はいたし、呼ばれ慣れている分聞き逃しもない。
短めの発音の方がアンナも呼びやすいとなれば、今日から俺の名はロンで決まりだろう。
「ろぉーん」
「そう、ロン」
「ロン! 」
パッと花が咲くように笑うアンナにつられて、廿日市も相好を崩した。
「さ、アンナ。次はどっちの方向に進むのか判るか? 」
「うんと……」
うーん。と、唸って思い出そうとする仕草も可愛い。当時五才児がどこまで記憶しているか怪しかったが、ここまでの記憶は正しくきちんと道に繋がっていたので任せても大丈夫だろう。
そんな廿日市の思惑通り、祖父との会話を思い出したアンナはしっかりと自信をもって右方向を指差す。
「お日様の出てきた方向」
「東か」
「ガタガタいくとね。大きな泉があるの」
「なら、そこで少し休憩しようか」
「うん」
ガタガタというのは馬車で揺られた体感だろう。アンナ的にはすぐ近くといった感覚で話しているが、実際はどれくらいかかるかと廿日市は心の中で嘆息する。
「でも、泉に着く前でも疲れたら言うんだぞ」
「抱っこしてくれる? 」
「勿論」
任せろと胸を叩く廿日市に、アンナは満面の笑みで頷いて応えるのであった。
三時間後、廿日市は水面に映った自分の姿を見て言葉を失うことになる。




