12.小人は精霊信仰に含まれますか
「まっくろなこびとさん? 」
影から飛び出す手のひらサイズの小人たちがアンナの質問に答えるように手を振る。中には恭しくお辞儀をしたり、スカートの裾を持ち上げるような仕草で頭を下げるものでいた。
各々に個性があるようで、その個性を象徴するように各々が道具を手にしている。
「すまーふ……か? 」
真っ黒に塗り潰されてはいるが、廿日市にはそのフォルムに覚えがあった。
三角帽子に、ふっくらお腹の丸みのある三頭身。顔の中心には、愛くるしく飛び出した大きな団子っ鼻。
子供の頃、読んだ絵本そのままの姿がそこにあった。まぁ、本と違うといえば、全身タイツな黒塗り犯人スタイルという部分なのだけど。
「いや、なんで? 」
思わず小人に問いかけた廿日市だったが、小人はその質問に答えることなく最初に飛び出してきたらしい小人が、手にした針を掲げた。清らかな月の光が針の先に落ちて輝く。
「うだだだっ!?」
その輝きを合図とばかりに、一斉に小人達が飛びかかった。
「ぐぉあぁぁぁ」
砂糖の山に群がる蟻の如く突撃され、驚いた一瞬、アンナを抱えている腕の力が緩む。
「アンナ! 」
「ゼィァウゥ」
アンナが廿日市の手から離れていく。強引に奪い取られるというより、荒波に飲まれて離れてしまった。という感覚だった。
子供を連れて入った波の出るプールで、調子にのったパパが波に乗るタイミングを誤り、浮き輪をつけた子供とはぐれるのに近い。ザブンと水に沈むように群がる小人の中に沈み、次に喘ぎながら黒だかりから顔を出せば、不思議そうな顔をしたアンナと目があった。
「え」
溺れるだの何だのと慌てて焦る廿日市とは違いアンナは落ち着いた様子で小人に集られている。その姿がウルトラ怪獣を連想させて廿日市は吹き出した。
「……ピグモン」
声を出して笑うのはさすがに失礼だと必死に奥歯を噛み締め堪えるがその分鼻の穴が広がり鼻息が荒くなる。
「ゼーゥヒーゴォー? 」
「いや、ごめん。ごめ……クヒッ、どんな姿もカワイイヨ、アンナ」
笑いを堪える廿日市だったが、その顔が驚愕に彩られた。
「……! 」
ヨウジョ、マジ、天使!
薄く頬を染め、鼻の下を伸ばした廿日市の背後にはそんな言葉が一メートル四方の白抜きゴシック体で浮かんでいる。
廿日市の視線の先、群がっていた小人達がスルスルと離れて姿が露になったアンナは、親戚の結婚式で見たリングガールみたいなワンピースを着て立っていた。ワンピースの色は天使みたいな真っ白ではなく、花嫁が持つブーケのような目に優しい色彩の組合せでまるで花の妖精さんのようだ。
「我が子を着飾らせる親の気持ちがここで理解できるなど……ッ」
クッ。と、何かに敗北している廿日市だったが、彼に群がり、擽ったい感触を全身にもたらしていた小人達も仕事を終えたのかスルスルと離れていく。
アンナのワンピース同様、廿日市が着ていた服も新品の全く違うものに変わっていた。燃えて足の指が見えていた靴も、一目見て上等だと判る廿日市の給料では購入を躊躇するような贅沢な物に変わっている。
(本革……水牛だろうか、軟らかいな)
つい価格計算をしてしまう廿日市の意識が、アンナの喜色満面な声に引き戻された。
「ふふっ。かわいい」
アンナは服が気に入ったのかその場でくるくると回って見せる。
花の形に結ばれた髪を飾るリボンが、アンナが跳ねる度に揺れて可愛らしさを更に強調していた。
スカートを膨らませて遊ぶ姿が愛らしくて廿日市の頬が緩む。
(俺の靴もアンナの靴も革製に思えるが、靴底が軟らかくて立っている感覚はスポーツシューズに近い。こんな見た目と履き心地が一致しない靴とか有り得るのだろうか?)
その前に死んだ人間が生き返っているのだから何でもアリではないのか? と、いうツッコミは四十過ぎの頭の固い男の脳には涌いてこないらしい。
(しかもこんなの、魔法少女か少女戦士の変身みたいじゃないか)
密かなパニックが続いている廿日市の脳は、エラーを吐き続けている。
「僕と契約して魔法少女になってよ……の場合、魔法少女はどう考えてもアンナだろうし、俺はサポーターになるのだろうけど。俺、そんな変な力神様から貰ってないぞ? 」
(そう、俺が与えられたのは――)
ブツブツと独り言をいって考え込む廿日市に気付いたアンナの足が止まった。
「絶対幸福権……」
どこかで聞いたことがある響きに、廿日市の眉間にきつく皺が刻まれる。音の源流はどこか、類似した何かを知っている筈だと記憶を探り始めた廿日市は、いつもの癖で時計のネジを巻こうとしひび割れたグラスが目に入り思考に空白が生まれた。
「あ、ああ。そうか壊れて……」
時計本体は熱で壊れたままなのにベルト部分は新品と入れ替わっている。息をのみ、自分を取り囲む黒塗り小人達を見た。
もう一度ゆっくり、彼らが手にした道具を注意深く見ていく。
縫い針にトンカチ、巻き尺、鉛筆のような何か。鋏、千枚通し、カーブを描いたスタンプみたいな何か。
定規各種に……と、ここまで数えるように眺めて閃いたらしい廿日市の目が大きく開かれる。
「こ、びとのくつやと仕立て屋か! 」
『信仰が、キミの奇蹟になるよ』
クスクスと笑うクソ生意気そうな少年の声が聞こえた気がした。
精霊信仰――。
日本でいうところの神道が、ここに当てはまるだろう。
自然や古物に、神や精霊が宿る。
小人は妖精とされるが、この区分も難しい。何といっても神である巨人が姿を小人に変えて地上に残った。という昔話もあるくらいだから、この場合だと小人は神になってしまう。
ジャンルはどこだ。区分はどこだ。カテゴライズは? そんな陣取り争いのような面倒くさい揉め事は、たった一つで解決できる。
信仰心。
どの神であろうと、精霊や妖精や邪神であっても。
信仰する者がいる限り、信仰対象の逸話は語り継がれ、信仰心がつきることはない。
そして、廿日市が与えられたのは……
『信仰心がある限りその信仰対象の権能を行使することができる権利。』
彼が生まれてから穴に落ちるまでの四十数年の間に記憶し、理解したあらゆる知識が知恵が、彼を助ける御業となる。
廿日市は、神ではない。
精霊でも妖精でも怪でもない。
廿日市は、理に愛されただけの唯の人である。
お読みいただきありがとうございます。
これにて、クソ長い設定の章、終幕となります。
次回より、状況整理の章となります。




