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二章【終】よぅι゛ょとおじさん。〜神々の越境救済(クロス・レデンプション)〜  作者: 櫻井
クソ長い設定の章

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11.見るなの法則

「ぐはぁ! 」


 飛び起きた男は、夢の中での恐ろしい体験が現実でないことを確かめるために震える両手で顔を包み無事であることを確かめる。


 悪夢の内容はリアル過ぎて生きた心地がしなかった。


 鍬なのか何なのか、棒の先に鉄がついた凶器で滅多打ちにされた。骨が砕け、歯が折れて、皮膚も裂けてあちこちから血が出ていた。


 自分という存在を否定され、蔑ろにされ、やっとで縋った光明は、幼い命ごと暴力で壊された。


 神と名乗る少年に会い生き直しを求められ、少女を助けろと言われた気がする。


 すべてが恐怖だった。怖くて、怖くて……。


 自分を守ろうと覆い被さった小さな温もりを思い出す。


「かぁ、ンハ」


 夢なのに、彼女の名を覚えている。


「あれ? 」


 そこで初めて男は、此処は何処だと我に返った。

 周囲を見渡す。今度は両手を見て、自分の身体も確認した。


「そんな……! 」


 煤と炭にまみれた薄汚れた身体。服は燃えかすのようになって、湿った状態で申し訳程度に身体に巻き付いている。腕時計は熱に耐えられなかったのかガラスは割れて止まっていた。


「やめろよ、嘘だろ」


 燃えたのだ。死にかけた……いや、死んだ廿日市とまだ生きていたかも知れないカンナハがいる納屋は燃やされたのだ。

 廿日市は、そう直感する。


「Chann……アンナ! 」


 少年神は、何と言ったか。


 廿日市は必死の形相で、水を含み重くなった瓦礫を退かす。


 時間がないと言っていた。急がないといけない事態だと。そして、俺なら助けられると。


「アンナ! 」


 燃えて、燃えて。すべてが灰になるはずが、雨が降ったことで炎は勢いを失った。


 神の恵みと喜ばれる雨は、その務めを果たしたのだ。


 火の手が上がって間もなく、キノスクの人間は燃える納屋の周囲に集まった。風向きによっては延焼すると、自分達の資産が失われることを畏れて見に来たのだ。

 母親の腕に抱かれた子供が、妹の名を叫んで泣いていた。仲の悪い姉妹と思われていたが、存外姉は妹を愛していたらしい。


 もうすぐ夜が明ける。空が白みかけた頃、突如として雨が降りだした。それは見るまに雨足を増やし、やがてここ数年では一番ではないかと思われる豪雨となる。

 一メートル先の視界すら確保するのが難しく、雨粒が当たったところは石礫を浴びたように赤くなり痛む。

 槍のような雨とはまさにこのことと唸るような雨は一日中降り続き、全焼し倒壊するはずだった建物は半壊となり、灰塵に帰すはずだったあれこれは燃えきれず形が残った。


「アンナ……アンナ……! 」


 真っ黒い小さな人の手のような形が目に入る。


「畜生、ふざけるな」


 落ちてきた柱や屋根の残骸を退けると、炭化と生焼けが混在する濡れそぼった人らしきものが出てきた。


 神の御業は、人々が要らぬと捨てたものを救世として引き上げ給う――――。


「なんて、こ……」


 勘違いから始まった悲劇だ。


 盗賊団は、一味の大半を騎士団によって捕らえられ、その場で処された。逃げおおせたのは少数であり、すぐに新しい村を襲えるような人数ではない。

 しかし、話の詳細まで聞き及ばなかったキノスクの人間は勝手に怯え、警戒した。まだまだ多くの盗賊が隠れていて、自分の村を財産を狙うのではないかと。





 いつもとどこか様子が違う娘を怪しんだダニエウは、夜中にエルガーと彼の弟であるハロルドを伴い納屋を訪れた。


 アンナに知らせず、忍び込むようにして入った納屋の二階で見たのは、神々の愛児とされる男とにこやかに何かを話している娘の姿。


 アンナが男を匿っていたことに混乱したダニエウは、鍬を手にしていた。





「嘘だ。アンナ、嘘だ。嘘だ! 」


 少女の遺体に覆い被さる。彼女が自分を守ろうとした時のように。


「なんで……助かるって、助けるって」


 視界が煙る勢いで一日中降り続いた雨は上がり、星明かりに照らされた澄んだ空気の中、慟哭に掠れた廿日市の罵声が響く。


「アンナ……」


 小さな頭を撫でた。


「絶対幸福権ってなんだよ。全然幸せじゃないじゃないか……」


 神は言った。


『信仰心さえあれば、神の御業を感じられる』


 神の御業ってなんだよ。無限の奇蹟とか胡散臭過ぎるだろ。

 奇跡を起こせるならアンナを戻せよ。生き返らせろよ。


(なんで俺だけ生き返って……)


 はたと瞬くと廿日市は腕の中に感じた変化に息を詰める。


 ゾリ……。


 それは、確かに廿日市の下で蠢いた。


「ヒィ……」


 弾かれたように後ろに飛び退く。腰は抜けて、歯の根は合わない。


「ぁ、あぁ、ぁ……んな……」


 小さな骸がゆらゆらと揺れて起き上がった。


「……tg……e……、……」


 ひゅうと喉を鳴らしながら、アンナは廿日市に何かを訴える。異形となった人であったもの。変わり果てた姿に恐怖を感じるのは人としての本能なのだろう。未知のものに抱く畏怖。


 皮膚は焼け爛れ、所々骨が露出している。明後日の方向を向く眼球は白く濁り視線が合うことはない。とても表情など判るはずもないのに、廿日市はアンナが笑った気がした。


「アンナ……」


 幼い子供独特の純粋さ。生きていた頃の見るかげもない容姿となっても、そこには生きていた頃そのままの優しい微笑みがある。


「間に合わなくて、ごめんな」


 せめて、納屋が燃える前に自分が生き返って来れたなら。


 廿日市はアンナに手を伸ばすと、そっとその体を壊さないように抱き締めた。


『キミはね、無限の奇蹟を行使(もくげき)できるんだ』


「……な、? 」


 頭の中で、閃きのように少年神の声が響く。


「神の御業」


 死んだはずの少女は、明確な意思をもって起き上がったのだと愚鈍な廿日市にだって判った。


「冥界、くだり……」


 伊邪那岐が、オルペウスが、愛する妻を迎えにいく。彼らは共に見てはいけないと言われた妻の姿を見て、その恐ろしさに逃げ帰る。

 もしも彼らが、異形と果てた見た目に惑わされず愛を伝えていたならば。


「アンナ……」

「Teh……sぁ……に? 」


 掠れた息の音が、涼やかな鈴の音に似た声音に変わる。


「君が、何を言っているか判る」

「うん。わたしもわかるよ」


 抱き締めていた腕の力を弱め、身を離して少女の顔を眺め見た。

 そこには、煤で汚れているとはいえあの恐ろしい夜が始まる前の可憐な少女の顔があった。ただし、纏っていた服までは廿日市同様戻らなかったようで、大人としては悲鳴をあげたくなるような格好をしていたのだが。


「ノォォォォォォォォォォ! 」


 イエス! ロリータ、ノータッチ! ネットで見かけた標語が脳裏をよぎる。

 アンナから両手を離した廿日市は、その手を頭の後ろにやって害意がないことを示す。


「ゼィァウゥヒーゴー? 」


 しかし、そんな廿日市の動揺を知らないアンナはキョトンとした顔で彼を見上げ、更に身を乗り出すようにして顔を寄せてきた。


「ノーッ」


 仰け反るようにアンナを回避した廿日市は、自分の影がブクブクと泡立つのを見た。


「……ま」

「ま? 」

「真っ黒黒透け出ておいでぇ~」


思わず、子供の頃見た映画の台詞を口にしてから我に返り。


「じゃ、ねーー!」


 ひとりツッコミを繰り出すと、咄嗟にアンナを抱きかかえた廿日市は勢いよく立ち上がってその場から飛び退く。しかし、当たり前に影は彼の足にくっついているため完全に離れることは出来ない。


「おいおいおいおい、嘘だろ……」


 見るまに増殖した泡は、ピョコンと影の中から飛び出して、ぞろぞろとその数を増やしていった。

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