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二章【終】よぅι゛ょとおじさん。〜神々の越境救済(クロス・レデンプション)〜  作者: 櫻井
クソ長い設定の章

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10.神様ハイテンション

「やった! 死んだ! 」


 覗き見ていた下界で、一つの悲しみが終わりを迎えた。


 幼い少女と彼女を守りたいと奮闘した男の無惨な結末だ。


「死んだ、死んだ、死んだ、死んだ! 」


 少年の姿をした神は狂ったように笑い小躍りする。


 神に感情はない。神とは世の(ことわり)に与えられた役割を粛々と遂行する存在である。


「死んだぞ! 宜候! 」


 少年神は、その姿に引き摺られるように一時の感情を獲てしまった。

 人が神の似姿ならば、神とは何の似姿なのだろう。


「これで戻れる……。これで、ボクは……」


 人の枠は重く、心は変化し続け止まることをしらない。

 仮初めの身体が破れぬ殻となり封じられてしまった彼は早く元の概念に戻りたかった。


 フワリと浮き上がった魂が、間もなく少年神がいる場所へとやって来るのだろう。


「ボクも、キミも、ただの被害者さ」


 人間らしい恨みがましい言い回しをした少年神は、歓迎の意を表するように両手を広げ、その時を待ち構える。


「ようこそ、神に愛されし者よ」


 この空間に初めて落ちてきた迷い人に、いつもしているように、少年神は人好きする笑みを浮かべ優しく告げたのだった。




「こ、こは? 」


 苦しかった。痛かった。許せなかった。悲しかった。強く恨んだ。帰りたいと願った。あれほど腹立たしいと感じ、疎ましかった父に謝りたいと思った。父の言いなりで、自分の味方をしてくれないと捻れて距離をおいた母の随分と小さくなった背中を思い出し、ごめんなさいと涙が溢れた。


 そして、カンナハは助かるのか心配だった。


「初めまして、神です」

「は?! 」


 自分はきっと死んだのだろう。

 体のあちこちが痛くて熱くて、息をするのも苦しくて頭がぼうっとして見ている世界も歪んで暗くなり音も聞こえなくなって


(ああ。俺は今、死んだ……)


 そう思って、いつのまにか閉じていたらしい目蓋を開けたら目の前に美少年が笑顔で立っていた。


 理解が追い付かない。いや、追い付いたとしても理解したくない。


 ふわふわと宙に浮き、長湯するには適した温泉に胸まで浸かっているような心地よさで、一面が白の空間を漂っている。


 何もかもが異常で異様だった。


 目の前の少年も美形すぎて人類とは思えない。

 いや、神か。本人そう言っていたからな。もうその段階で却下だろ。


 少年神に憐れな迷い人認定をされ、死ぬのを心待ちにされていた男、廿日市が胡乱者を見るような目を彼に向ける。


 その瞳に宿る疑いの奥に、もっと様々な感情と思考が隠されていると人の姿を持ってしまった少年神は否応なしに気付き、自虐的な笑みを浮かべた。


「どこから話せばいいのかな」


 彼が彼の世界から落とされたことは、予定調和の一つだろう。

 しかし、その後のこの場所を素通りしてしまったのはアクシデントに他ならない。


「この場所とボクの存在と何故キミが此処に招かれたか、とか? 」


 少年神は廿日市の顔色を窺いながら言葉を選ぶ。

 神は概念だ。

 人が望むままに現れ、人がいなくなれば消える存在。

 今の少年神は、唯、廿日市のためだけに在った。


「あ。もっと先に聞きたいことは、一緒にいた女の子がどうなったか。かな? 」


 少年神が少女の存在を示したことで、廿日市の中で冷え込んでいた感情が一気に芽吹いた。


「彼女は、どうなったんだ! 」


 足のつかないプールの中を必死に足掻いて前に進むように、目の前の少年神に手を伸ばす。


「死んだよ」

「……」


 しかし、その指先が神に届く前に、少年神の言葉によって力を失った腕はぶらりと垂れ下がり、次に込められた力で腱が浮き出るほど固く強く握られた拳が怒りに震えた。


 わかっていた。今更だった。

 だが、万が一。億が一でも、彼女が助かる未来があるのではないかと願ってしまった。


(俺を殺そうとした連中が、助けるなんてありはしないのに……)


 悔しさに顔を歪める廿日市を眺めていた少年神は、黙祷を捧げる程度の時間を無言で待ち、彼の役割を果たすため小さな咳払いをして廿日市の意識を自分に向けさせた。


「悲しんでいるところ、ごめんね。ちょっと急がないといけない事態が発生するみたいなんだ」


 そこで初めて、廿日市はこの少年の姿をした胡散臭い自称神の言うことを信じている自分に気付いた。


(おかしな事だらけで、俺もとうとう狂ったのか? いや、しかし。自分を狂人だと言う人間はマトモだと言うし)


 ぐるぐると断片的な思考は巡るのに、それをひとつに繋げることができない。


「じゃ、説明も時短でいくから宜しく」


 よほど神らしくない言い回しに、この少年は神ではないのではないかと初めて疑念がわく。


「あ、そういうのいいから。後でまとめて質問には応えるから今はボクの話を聞いて」


 何も言っていないのに繰り出された言葉に廿日市は身を強張らせた。


「はい。じゃあ、まず先に。この姿は、キミの前に此処に来た人の望んだ姿です。本当なら個別対応なのだけど、その人がこの場所から出る前にキミが入ってきてしまって、その人と一緒に出ていってしまったからボクの姿も元に戻れなくなりました。キミがちゃんとやり直してくれれば、ボクの姿も元に戻るはずです」

「はぁ」

「次に、ボクの役割は神です。キミたちの願いを叶える手助けをします。あ、でも元の世界へ帰りたいは残念ながら無理です。それは時が解決してくれます」


 いつもならここで、迷い人たちは勝手に「元の世界へ戻る方法を異世界で見つけるのね! 」などと納得するのだが、廿日市の目は茫然自失といった感じで感情を見いだせない。


 少女の話を出したときのような激情は何処かへ消えてしまった。


 しかし、神は否とほくそ笑む。


「上から下へ物が落ちるように、キミたちは落ちていきます。上の世界の肉体を伴ったままね。若返ったり、容姿が変わったり、利口になったりとか出来ないからね。ただキミたちの行い如何では見た目や年齢が変わったり、知識が増えることもあるだろうね」

「ああ。だから俺、何も持たず……」

「うん。キミの場合は更にハードモードだったかもね。ボクの説明聞けてないし」

「……」


 どう反応していいのか解らず、廿日市は唯ただ目の前の少年神を見つめる。


「物は、上から下へ落ちる。下から上には落ちることは出来ない」


 ぞわりと背中が粟立つのを感じ、廿日市の目が見開かれた。


「死んだら天に昇る。つまり、ボクの所に来れるということさ」


 この自称神の少年は、何を言っているのだろう。


 死ななければ、来れない場所。


 実際、自分は死んだと思う。痛くて、辛くて、怨みと妬みに心を焼かれ、最後は後悔が満たした。


「俺、が……死ぬのを待っていた? 」


 否定も肯定もしない相手の宝石のような瞳にのまれそうになる。


(あの先にあるのは虚無だ! )


 何故か、自分にラペアを差し出し微笑む少女の顔が浮かんだ。


「ハッ……ハァ……」


 死んだ筈なのに感じる早鐘を打つ心臓の苦しさ。喘ぐような呼吸を繰り返し、廿日市は少年神と畏怖をもって相対する。


「此処に来てもらわないと、キミを助けることすら出来ないから」


 理の輪廻。

 神に会わずに落ちた者は、時が満ちて理により還されても元の世界へ戻ることはほとんど無い。


 死んで神に会わない限り、落ちた時間に戻るのだ。


 何度も、何度も、何度も、魂がすり減るまで繰り返し、やがて精も魂も尽き果てて世界から消えてしまう。


 少年神は、自分が見落としてしまった廿日市が生滅の廻に巻き込まれぬよう護りたかった。


「死んでも蘇生って手はあるのだけど、下界のキミの肉体は使い物にならない。何故かは判るよね」


 あれほど残酷な仕打ちが出来る人間がいるのだと身をもって知らされた。

 廿日市は、しっかりと頷いてみせる。


「うん。それでね、肉体を失った迷い人は……。あ、迷い人ってキミたちみたいな落ちてしまった人たちの事なんだけど、正当な手続き……つまり、ボクだよね。ボクの所を通って下界に降りて、理によって戻される前に死んでしまった場合。落ちた先の世界で新しい肉体を得て新しい人生を歩むことになるんだ」


(それはつまり、もう二度と元の世界に変えれないということか? )


 廿日市の心の声が聞こえたのか、少年神は首を横に振った。


「下界での人生を全うすれば、多分、霊魂は上に昇るから元の世界に戻れるんじゃないかな? 」

「でも、もう肉体はないのだろう? 」

「ごめん、それは専門外だから判らないや」


 眉を下げ、心底気の毒そうな表情で俯く神に、何だか胸の辺りが苦しくなる。


「ま。そこは天寿を全うして、自分の目で確かめて欲しい」

「何だか色々信じられないぞ、神! 」


 舌を出し悪戯っぽく片目を瞑る少年神のあざとさに、さっきまで感じていた様々な感情が吹き飛ぶ。


「それでね」

「変わり身早いな」

「それでね。本当は死んだら赤ん坊からやり直すんだ。でも、キミはボクが認知する前に此処を通りすぎちゃって、今、戻ってきてくれていて」


 回りくどい言い回しに廿日市は首を傾げた。


「順番が逆になってしまって、赤ん坊に生まれ変わることが出来ないんだ」


 今までの説明はなんだったのかと言葉の代わりに廿日市の瞳が少年神を責める。


「最後まで聞いてほしい。ボクが与えられた権能で出来る最大の奇蹟は、下界に残ってるキミのご遺体に今のキミの霊魂を戻すことだ」

「それってゾンビって言わないか?! 」

「違うよ。キミの力で肉体を再生するんだ」

「何言ってんだ。お前」


 思考を停止した廿日市の言葉に、一瞬狼狽えた少年神だったが、すぐに背筋を伸ばし続きを話始めた。


「キミたち迷い人には、世の理から『神々の愛児』という役割を与えられている。これはね、信仰心さえあれば神の御業を感じられる。つまり、無限に奇蹟を目の当たりに出来るということなんだ」

「意味がわからん」

「大丈夫。実践あるのみだよ」

「目を逸らすな」

「まぁまぁ」


 付かず離れずの距離を漂っていた筈なのに、少年神が指先を廿日市に向けた瞬間、一足飛びに距離が縮まり神の指先が廿日市の額に触れた。


「ボクからキミに贈れる最大の奇蹟は権利だ。『絶対幸福権』、それが神々の愛児の理を使って君の肉体を再生する」

「だから、何言って」

「そうすれば、キミは彼女を助けれる……」


 ……かもしれない。


 と、続いた言葉は、突然視界か暗転し、次いで意識を失った廿日市には届かなかった。

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