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よぅι゛ょとおじさん。〜神々の越境救済(クロス・レデンプション)〜  作者: 櫻井
クソ長い設定の章

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01.俺の身上を理解してください。

「こ、此処は何処だ……」


 一度は言ってみたい台詞百選にランクインしてそうな台詞を呟いた俺は、本当に何が起こっているか分からずキョロキョロと周囲を見渡す。


 ほんの数秒前まで俺は、信号待ちをしていた。


 社員食堂が衛生管理の何とかで昨日今日と休みになっていたから外のコンビニまで昼食を買いに出てきたのだ。


 女子ウケしそうな名前のついたサラミサンドと王道のミックスサンド、特保印の炭酸飲料、よく分からない衝動で買ってしまったバナナ一本の入った袋を片手に下げ、俺は信号待ちをしていた。


 十月も半ばを過ぎようというのに、今日も暑いな。


 ──なんて考えながら信号待ちをしていた。


 信号が変わる。


 自転車用の横断歩道じゃなく人様が歩く方に進入して走り去っていく自転車の若者の背中を少し苛ついた顔で見送った。


 で、気がついたら此処だ。


 何処だ?!


 わからん!


 じゃない!


 ちょっと待て。


 一人ボケ突っ込みで暴走しようとする思考を強引に止める。


 待て待て。落ち着け、俺。深呼吸、深呼吸。


 すーはー……と存分に深呼吸を繰り返し、瞼を閉じるともう一度信号が変わる瞬間まで記憶を戻す。


 信号が変わった。自転車が俺の進路を邪魔した。俺はムッとして……。


 ……落ちた……。


 そう、落ちたんだ!


 階段を踏み外したような感覚が甦り、一拍遅れて血の気が引いたのか寒さに身を震わせる。


 ストンと底が抜けるように、俺は穴に落ちた。一瞬だった。ビックリして身構えたら足の下にしっかりと地面の感覚があった。

 まさに階段を一段踏み外した。そんな感覚だ。


 なのに。今、俺が立ち尽くしているこの世界は、さっきまで立っていた場所とは全く違った。


 駅前開発が進みあちらこちらで工事中となっていた街とは違いここは緑豊かだ。

 豊かというよりほぼ緑だ。

 いや、緑しかないと訂正しよう。


 山に、森に、広大な農地と僅かな家屋。限界集落特集でよくみる景色だ。


 オフィス街から一転、ザ・田舎に移動するなんてまるで夢だ。

 不条理な、正解のない、妄想なら夢を見ている本人の思い通りになればいいのに決して思い通りにならない。

 あの自由でいて不自由な世界。


「これは、夢か? 」


 再び、一度は言ってみたい台詞百選のひとつを口にしてから俺は、自分が手ぶらであることに気付いた。


「俺の昼飯ぃぃぃぃぃぃぃ」



 ∵ ∴ ∵ ∴ ∵



 高校の頃、読んだ漫画の中で男は時計と靴だけは上等な物を選べと台詞があった。


 何でだろうな。当時の俺は、その台詞がどうしようもなくカッコよく思えて社会人になったら真っ先に高価な時計を買うんだとアルバイトの給料から少しずつだがコツコツ貯めて、就職して初めて貰った給料と合わせてバカ高い時計を買ったのだった。


 さて。

 なんでそんな事を思い出しているかというと、このよく分からない状況に精神の安定という名の現実逃避で手巻き時計のネジを巻き上げていたからだ。


 手巻き時計は衝撃に強いし、ネジさえ巻き忘れなければ半永久的に動き続けてくれる。

 使い続けて二十年。こんな状況になっても時計だけは、俺の左手で正確に時を刻み続けてくれていた。


「言葉が通じないどころか、俺のこと居ないもの扱いなのが怖い……」


 つい六時間前の自分を思いだし、俺は悲壮という言葉を背負ってため息を吐いたのだった。




 限界集落に放り出された俺は、兎に角現状把握のために現地人の話を聞こうと立っていた場所から一番近い家を目指して歩き出した。


 畑の畦道を通る。畑に植わっている稲に似た作物は、稲より背が高く稲穂も大きい。


 その者、青き衣を纏いて……なんてナレーションをあてたくなるくらい美しい金の草原だった。


 不安と少しばかり浮わつく心で稲穂を眺めていたら畑の中で動く人の頭を発見した。


 穂を割りながら移動してきた人物たちが畦道へと上がるタイミングを見計らい第一村人発見とばかりに声を掛ける。


 畑から現れたのは二人の男性と一人の女性。まだ彼らとは距離があったが、ここで逃してはなるものかと大声を張り上げて彼らのもとへ駆けていく。


 最初の一瞬だけ、彼らは俺に反応した。


 そう一瞬だけ。次の瞬間には、何かに弾かれたように表情を固く変え俺から顔を背けたのであった。


 そこに居るのに居ないことにされる。この感覚はなんだろう。


 駅前でポケットティッシュやチラシを配っている人達は、仕事とはいえこんな感覚を就業時間中ずっと感じているんだろうか。


 ちょっとだけ。ほんの少しだけだが、次に彼らに出会ったらその時は素直に差し出されたティッシュを受け取ってやろうと思った。


 どれだけ話しかけても俺の声は聞こえないと仲間内だけの会話を続けられる。

 彼らの視界に入ろうと彼らの歩く速度に合わせて話し掛けながら周囲をまとわり付くように動き回っても同じだ。

 決して俺は、目に入らない。

 俺の声は聞こえない。


 確実に俺の存在をわかっているというのに。


 だが、仕方ないのかもしれないなんて日本人気質な俺は自分に置き換えて相手を考えてしまう。


 彼らの話す言葉は俺にはさっぱり理解不能だった。

 俺が彼らだったとして、突然現れた意味不明な言葉を話す人間はやはり怖い。

 しかも見た目もかなり違う。


 男も女も落穂拾いだか種まく人だったかの名画に出てくる格好に近い。あんなにスカートが長くて、歩き難くはないのだろうか。


 それに対し、こちとら昼休憩にちょっとそこのコンビニまで……で、外に出たオフィスワーカーだ。ワイシャツにネクタイにスラックス。尻ポケットには簡単な買い物をする用のセカンド財布がねじ込まれている。

 上着もスマホも全部会社に置いたまま。

 だって自社ビルの前、横断歩道を渡った先のコンビニに買い物いく程度ならそんな格好にもなるだろう。


 完全に詰んでいる。


 どこか知っている外国語のような響きは有るもののネイティブの速度は早く何語かも判別できない。目すら合わせてくれない相手が互いにペラペラと言葉を重ねハハハと笑い合うと自分を嘲られているんじゃないかなんて怖くなって、彼らから距離を取った。


 俺が追いかけて来なくなったことに安心したのか、未練がましく背中を見送っていた彼らの歩く速度が少しだけ緩やかになる。

 そのことに更に打ちのめされた。


「どうしろって言うんだよ」


 それからの時間は散々だった。

 誰も彼も子供でさえ、俺に興味を示し近づいて来ようとしても途中で何かに気付き慌てて距離を取る。

 そこから先は、最初に遭遇した村人たちと同じように俺の存在はなかったこととされた。


 村人を探して声をかけ続けた時間は、俺が無視され続けた時間でもあった。


 さすがに心が折れ、目に入った樹木の根元に腰を下ろし幹に背中を預ける。周りを見渡せば、村の外れらしき場所まで歩いてきていたようだ。


 足が怠い。


 今日一日だけでどれだけ歩いただろうか。半日も過ごしていないのに靴の痛み具合がひどい。営業職の大変さを身をもって知ることになった俺は現実逃避とばかりに時計を外してネジを巻き始めたのだった。




「腹、減ったなぁ」


 実際はそこまで空腹を感じてはいない。現状が理解できず心が追い付いていない状態だからだ。ただ何となく規則正しい生活を送ってきた身としては、腹が減ったと一応言っておきたかった。


 時計が示す時間は、夜の七時を回っている。だが、まだ外は明るいので時差があるのかもしれない。

 アブダクションでもされたのだろうか。

 何となくトンでも超常現象の可能性を考え始める。しかし、現実離れしすぎていると疲れきったため息と共に目を閉じた。

 ここに座り込んでから生涯で吐き出すため息の半分くらいの数を吐いた気がする。


 ふわりと芳ばしい好い匂いが鼻孔を掠めた。


 薄目を開け、風向きから匂いが漂っていたであろう方向に視線を向ける。

 柵に囲まれた家畜を放牧するエリアの向こうに見える民家の勝手口が開き、中から出てきたご婦人が勝手口の横に置かれたベンチに手にしていた籠を置くとそそくさと家の中へと戻っていった。


 夕食用にパンでも焼いたのだろうか。


 この村を徘徊していて不思議に感じたのは、多くの家庭で今のように食べ物を外に置き去りにするのだ。


 パンみたいな食べ物であったり、フルーツや野菜。時にスープまで外に置かれた。


 意味が分からない。何かしら宗教的儀式のひとつだろうか。

 何にしろ、他人の軒下にある食い物を勝手に食べるような躾はされていないし、そもそもそれは犯罪だ。


 今はまだ罪を犯してまで空腹を満たそうとは思っていないし、畑への水撒きのためか水路が発達していて水は豊富だ。最悪、水だけでも暫くは生きていけるだろう。


「流石に、餓死は勘弁だな」


 本日、何度目かのため息を吐いて再び目を閉じた。



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