幕間3 おぱんちゅクライシス
これはどうしたことか。
馬庭アケビ最大の危機のような、そんな気がする。
どうして自分の洗濯かごの中に、男性もののパンツが入っているのだろうか。奥に入ってるから気が付かなかった。まさか部屋の中で見つけてしまうだなんて。
まあわかる。
冷静に推理したらわかる。
この『ダンジョンフレンズ』の宿舎の階層にはランドリーがあるが、全員分個々のものがあるわけではない。まぎれる事も良くある。
多分だけど、これはマイラブリーハルトきゅんのものだ。
本人を前にしてそんな風には呼んだことはない。
ないが、いつか呼んでみたいと思う。
しかし、しかしだ。
一応、私もクールビューティー&スポーティーを売りにしているわけで。
本人の前で破顔するわけにもいかない。
だから我慢している。
我慢して我慢して我慢していると……震える。
夜なんて会いたくて会いたくて震える。
だってアレ反則だろ。
年上なのにちっちゃくて超可愛い。
対して私はというと、まあスラッとしていてモデルみたいとは言われるし、実際そういう仕事も来たことはある。
ただ憧れるのはああいうマイラブリーハルトきゅんのような可愛さだ。
――可愛くなりたい。
――小さくなりたい。
でもダメだ。
この高身長で万年バレー部みたいな自分には。
レモンに相談しても
「いや、人には得手不得手があってね?」
と、目を逸らしながら言われる。
わかっている。
わかっているんだけど夢見たっていいだろ。
当然、配信者ひいてはアイドルとしての商品価値を下げるつもりは毛頭ない。
ゲームではいかに短時間で効率よくボスを倒すか。
それだけを突き詰めてやっているから、この見た目とクールとも言われる顔はよく噛み合ってる。
諦めかけていた時に天使が舞い降りた。
朝、初めて見た時は抱きつこうかと思った。
努めてクールアンドビューティー(笑)を保っていたけれど……最近は限界だ。
何だよスキンケアまでして。
お肌もっちもち。吸いつきたい。チュッチュしたい。
そんな中で、こんな即死級オブジェクトが洗濯物に紛れ込むとは。
天使のギフトなのか、それとも悪魔の誘惑なのか。
天使の声は
「素直に返しましょう。そして部屋に入り込んだ後押し倒すのです」
って親指と人差し指の輪っこにもう一方の親指を出し入れしている。
悪魔の方はというと、
「正直になれ。香りを楽しめ。被れ。舐めろ、口に含め」
と囁いている。
本当に、こういう自分が嫌になる。
ああそうだとも。
自分はちょっとばかり、その、そういう、ええええエッチなのに、興味が、あ、ある。
ししし仕方ないだろう。
家が厳しくて。
ずーっとスポーツやってて。
ゲームは許されていたけれども、やるなら徹底的にってお父様がeスポーツのインストラクターまでつけてきた。
家訓は「徹底的に」だから……その、しょうがないんだ。
不可抗力だ。
こういう欲望も徹底的に、なっちゃう、のだ。
同じような家柄で、同じような悩みを持つレモンとはすぐ仲良くなれた。
でもレモンはそういうのはあからさまに、あっけらかんと言う性格だからこういう悩みは持っていない。悶々とするこれは、自分だけが持つ悩みだ。
この『ダンジョンフレンズ』は私にとって鳥籠から解放してくれた、恩のある場所だから自分のキャラクターはなるべく崩したくない。
けど、自分の気持ちに正直になりたい。
この二つが常に衝突している。
「俺のパンツがない!」
ビクッとなった。
ゲームの中だったら尻尾が逆立ったと思う。
あれはマイラブリーエンジェルハルトきゅんの声だ。
「ししょ……ハルトくん、またパンツ無くしたの?」
「シシ……マロン、知らない? 紛れ込んでない?」
「なんでそんなに必死なの?」
「前はサメさんが履いてたからトラウマなんだよね」
「うわぁ……」
「ホント油断も隙もないからな」
「ほらカゴ見て? 私のところには無いでしょ?」
「エッチ!」
「何がエッチ……ぎゃー! 下着山盛りだった!」
相変わらずシシマロとイチャコラしてんなあ。
羨ましい。混ぜてくれよ。
「うるっせえなガキども」
「あ、鮫斑さん! パンツ返せ!」
「い、いや。アタシじゃないけど」
「嘘つけ前科持ち!」
「アタシじゃねえって言ってんだろ! 剥くぞ!」
「ギャー脱がすな!」
「ひええサメさんが襲ってるうぅう」
「ストリップショーと聞いて」
「うわ蜘蛛さんがシャカシャカ出てきた!」
「マロンちゃんどいてそいつらスケッチできない」
「助けてマロン!」
「こ、このぉ!」
「あん! ……はっ……ううっ……」
「「脇くすぐっただけなのに!?」」
外でカオスが巻き起こっている。出たら巻き込まれる。なんか最近やたらと騒がしいな。てか、サメ姐さんホントにフリーダムだな。
「ああ、頭が痛い……打ち上げで飲みすぎたわ……何、何が起きてん?」
「羊飼さんまで出てきたね」
「ヤバい着せ替え人形にされる」
「流石に今日はやらへんよ。もうコミケ終わったし。ハルト君なんで怯えてんの?」
「オメーがハルトに際どいコスプレばっかさせるからだろ」
「うるさいサメ子。ええやないの全部ウチが着るし。体型似てるから参考になるんよ」
「胸ないもんなお前。まにわんとどっこいのちっぱいだ」
「何やと。これは! これで! コスプレしやすいからええの!」
「あっ、おまっ……胸を掴むな……や、やぁ……」
「前から思ってんけど、サメ子ってマゾっけあるんやないの? 普通こんな握られ方したら痛いはずなのに、ねぇ、ハルト君?」
「俺に話題ふらないでください」
「顔隠しちゃって。ウブやなー。ほれほれ」
「いい加減にしろ!」
「いて! 殴んなや!」
これはヤバい。出て行ったら何されるかわからない。どんどん状況が悪化していく!
「ねーハルトくん、誰かのところに紛れ込んでるんじゃないのかな」
「みなさんどうです?」
「アタシんとこはないぞ。ほれ部屋見ろ」
「簡単に見せんな!」
「いいだろ別に」
「俺は良くない! てかきったな!」
「音楽関係のヤツの部屋なんかこんなもんだ」
「他の音楽関係者に謝れ」
「わたしのところはないよーてか最近洗ってないし風呂にも入ってないそんな暇あれば原稿描いてた」
「ばっちい」
「ばっちい」
「近寄んな」
「はよ風呂入り」
「みんなひどぉい」
「ウチの部屋もなしー」
「羊飼さん洋服職人の部屋になってるんですけど。どこで寝てるんです? え? ハンモック? マジか」
「クマとミルクは留守か。じゃああとはレモンとアケビだな」
い、いかん。
これ、もしかして部屋見せてる感じ?
だ、ダメだ。ハルトきゅんグッズが見られてしまう。ベッドの上の天井に貼ったポスター見られたら今度こそ嫌われてしまう。マズい。
「レモンちゃーんいるー?」
「ダレモイマセンヨ」
「ハルトくん、どうやらいるみたいだよ」
「さてはレモンさんだな?」
「チガウヨー」
「パンツ返せ!」
「シラナイヨー」
「ぐぬぬ。鍵かけてる。怪しい」
「アケビダトオモウヨー。サッキ乾燥機カケテター」
クソが!
友達を売ったな!
「アケビさんか……」
「ハルトくん?」
「あの部屋ヤバそう。蜘蛛さんの部屋より」
「もしかしてあたしヤバいって認識?」
「とりあえず転がってるエロ本隠してから言ってください」
「これはBL……」
「とりあえず転がってるエロ本隠してから言ってください」
「大事なことだから二度言われた」
「おーい、まにわん」
ガンガンと叩かれてる。サメさんだ。
よ、よく考えたら普通に出ていけばいいじゃないか。
ほら、あったぞってクールに言えばいい。
ああでも、これ、とっておきたいなぁってうぎゃああああ!
湿ってる!
手汗で湿ってる!
いやもうなんか濡れてる!
てか今気づいた。全身汗でびっしょりだ!
ここ、これやばくないか。
なんか舐めたような感じになってるような。
顔を埋めたような、そんな感じになってる!?
よりにもよってここここ股間の部分がビッチョリに!
「おいコラ開けろ! てめ!」
ぬう!
ここここれはどうすれば!
隠すのはーーそうか、ここだ!
これをつけて、よし。これなら!
「おーい! まにわん! いい加減に……」
「今開けますよ」
「お、開け――お前何やって……」
「すいません、音楽聴きながら筋トレしてました」
どうだ。会心の回避だ。机の上のヘッドホン見て思いついた。てか、日常的に体鍛えててよかった。
ハルトきゅんのパンツは履いてその上からジャージ着てやった。サメさんが脱がしてこない限り、これでバレない!
「なんだお前。上だけスポブラで筋トレしてんのか?」
「この方が好きなんです。下のジムだとできませんから」
「え、上脱いでるの? ちょ、み、見てないです!」
ふふふ。見てもいいんだぞ。
だけど知ってる。彼はそう言うところうるさい。もう女の子みたいなモンなのに。
だがこれで彼の視界に部屋が入らない!
「アケビちゃん、ハルトくんのパンツ知らない?」
「さあ。取り込んでそのままだからな。あったらまた渡すよ」
「そ、そうしてくれると助かるよ! お願い!」
「ああ」
「邪魔したな。あと、もしまぎれてたら……こっそり売ってくれ」
「サメさん!」
「あ、ちょハルトやめ……ハァン!」
「もう怒ったぞ。アヘ顔にしてやる」
「ちょ、くすぐった……あん! ああん! やっ! アヒィ!」
あ、ハルトきゅんが怒った。彼、怒ると怖いんだよな。
それもまた可愛いというか、ゾクゾクするというか。
いいなぁサメさん。
自分もそうやって折檻されたいなぁハァハァ。
「くおら性欲獣ども! ちちくり合うなって言ってんだろ!」
「「「社長が来たぞ逃げろ!」」」
――なんとか危機を脱することができた。
それから一週間経ったけど、未だにパンツは返せていない。
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