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 僕は女心を理解する事が苦手だった。唯一の気兼ね無い女友達に、幼馴染の沙耶(さや)がいた。

 沙耶は僕の恋愛相談に喜んで乗ってくれた。僕が「手の繋ぎ方がわからない」と言えば、沙耶は実践して教えてくれた。僕には恋人がいるのに、沙耶とこのような事をするのは如何なものか。そう考えた事も何度かあった。

 沙耶は毎日のように僕に会いにきた。正確には待ち伏せされるようになった。僕は沙耶と一緒にカフェに通い続けた。あくまで友達として、僕達は談笑していた。



 残業で帰路につくのが夜遅かったこの日。家の前に辿り着くと、玄関のドアは半開きになっていた。警戒しながら室内を覗くと、そこには恋人の姿があった。

「こころ、居るなら言ってくれよ……」

 僕が安堵してドアを締め、部屋に上がり、電気をつけようとした時。こころは僕の腕を引っ張った。

「何? どうしたの?」

 僕が笑いながら尋ねた瞬間。こころの右手で銀色の包丁が光った。僕の肝は一瞬で冷え切った。

 咄嗟にこころの手を振り払い、壁面まで後退った。そして、恐怖で震える口で何とか言葉を紡ぐ。

「や……めろ……」

 こころの表情は闇に融けているようで、全く読み取れなかった。それでも殺意だけは明確だった。銀色の刃が僕に向けられる。

「もう手遅れよ。優が他の女と毎日毎日会っているのは知ってるの」

 僕の脳裏には沙耶の姿が浮かんだ。でも沙耶はただの友達の筈だ。僕はこころの誤解を解こうとした。

「……ち、違う! それは――」

「何が違うっていうの? じゃあ、この写真は何?」

 僕の釈明は全く聞き入れられなかった。それどころか、こころは僕に一枚の写真を見せてきた。それを見て、僕は思わずたじろいでしまう。

 僕と沙耶が手を繋いでいる写真。これはただの実践練習だった。

「ホントに違う! そいつはただの――」

 ――友達だ!

 こころは僕が言葉を続ける事を許さなかった。

「だから言ってるでしょ? もう手遅れだって」

 瞬間、こころは携えていた切っ先を僕に刺した。焼けるような痛みが胸の中に広がる。


 僕は、こころの気持ちをわかってあげられなかった自分が嫌いになった。勇気を出せずにいた自分が憎くなった。

 最期の足掻きとして、最期の罪滅ぼしとして、僕はこころに本心を伝えたかった。

「コ、コロス、キダ……」

 掠れた声しか出せない僕の声帯は、必死に言葉を紡ごうとした。だけれど、その言葉は無慈悲にも意味を為さなかった。

「そうだよ! 私はお前を殺す気だよ!!」

 視界が闇に呑み込まれていく。こころの姿はもう僕の瞳では捉えられない。僕の全てを振り絞って、最期の言葉を発する。



「違、う、こころ、好、きだ……」

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