最終話〜最愛なる〜
初連載の続きです。
毎日投稿してます。
ゆるく読んでいただければと思います。
よろしくお願いします。
ワイムがフェクダのファイス夫妻を迎えに行っている間、カヌアはある男に会うべき馬を走らせていた。
ワイムが遺跡に来る際に乗ってきた馬だ。
カヌアの思いつきによるものだったが、ある事をしなくてはならないという使命感に駆られていた。
もちろんウィルはそこに行くことを承諾してくれたが、何をするのかは急用だったために説明は後となった。
カヌア達はグランシャリオの南東部に位置するアルカイドという街に来ていた。
そこである男の家を訪ねた。
カヌアは家の扉を叩く。
『こんばんわー。いるかな?』
すると中から男が出てきた。
その男は扉を開けると驚いた顔をしていた。
(ん?なんか、こいつのフラフィー怯えてないか?)
そう思いながらもウィルはその男と会うのは、初めてであった。
しかし、向こうはカヌアの事を知っているようだった。
『はい…これは…カヌアーリ嬢?…急にどう致しました?』
『久しぶり…ですね…借りを返してもらいに来たのよ』
ウィルの前だと、言葉を選ぶ事にしているカヌア。
これでも少し言葉遣いに気を使っている。
覚えているだろうか?
この男、武道大会の何日か前に都で、ルヒトを矢で狙った男である。
その名もガヒジ。
『あぁ。そうだったな。あの時は助かった…それで今日は…んん?貴方様は…』
ガヒジはカヌアの後ろにいたウィルを見て、驚いた顔をした。
ウィルも気づいたかのようにしていたが、それより何故ここに来たのかの方が気になって口を開いた。
『俺のことはいい。それよりカヌア、この男は一体…?』
ウィルは不審がってガヒジを凝視した。
『ウィル様、彼はルヒト様を矢で狙った者です。しかし、間一髪で私がそれを回避し…すいません。話は後ででもよろしいですか?ガヒジさん。時間がないの。これを直して欲しいんだけど…』
そう言ってカヌアが、ガヒジにある物を手渡した。
それは袋に入ったボロボロの小さな剣だった。
それはクーロスが幼い頃の息子ファイスにもらったという剣だった。
しかしガヒジはその剣を見て渋い顔をした。
『これは…この状態じゃもう…』
けれどカヌアは諦めない。
『言ったでしょ?時間がない。それは…わかってる…お願いっ!少しでも良いから、状態を戻したいの!』
『…わかった…少し待ってろ』
そのカヌアの必死さを見て、ガヒジはゆっくりと頷き承諾してくれた。
カヌアはクーロスが大切にしているその剣をガヒジに託した。
カヌアは以前、ガヒジによるルヒト襲撃を回避し、それを庇った。
その時の借りを今ここで返してもらっているのだ。
カヌアはワイムにこの男の事を調べさせていた。
そして鍛冶屋であることがわかっていたのだ。
しかもかなりの腕の持ち主だと言う事も。
待っている間その経緯をウィルに説明した。
ある程度はカブラからも報告を受けて知っていたウィル。
しかしそれよりもワイムと親密にしていたことの方に食いついていた。
程なくしてガヒジが戻ってきた。
その手には先程のボロボロだった剣が、見事に美しく磨かれていた。
『これが精一杯だ。これ以上やると刃が折れる可能性が…』
そう言いかけるガヒジに、カヌアは感嘆の声を上げた。
『すごい…ガヒジさん!天才っ!こんな凄腕なら新しい奥さんすぐ見つかるよ!ありがとう!』
『え…あ、あぁ』
ガヒジは少し照れたように言う。
そして、その剣を受け取るとカヌア達は急いでトゥバンの遺跡へと戻った。
遺跡の入り口でファイス達が来るのを待っていたカヌア達。
既に何人かの衛兵が配備されていた。
そして、ワイムが先にウィル達の元へ来て報告をしに来た。
『ワイム、手筈は順調にいったか?』
『いえ、それがすんなりとはいきませんでした。やはりその名を口にした途端、ファイス殿は行かないの一点張りで…その様子に奥様の方は、何が何だかわからないという感じで少し取り乱していました。しかし、カヌア様達の名と世間が知っている程度の騒動の件を話しましたところ…重く受け止めたようで、こちらに足を運んでくださると承諾して頂きました』
ワイムの報告を聞いた直後、遠くの方で馬車が到着するのが見えた。
馬車からロディーと共にファイスが向かって来るのがわかる。
ロディーはカヌア達を見つけると、駆け寄って来て言った。
『カヌアさんっ!一体どうゆう事なのでしょうか!?主人に聞いても後で話すとしか…何か悪いことでも…』
その顔はとても不安そうにしていた。
『違うんです…ご主人は何にも悪くありません。ただ、ある人を助けるのにご主人のお力をお借りしたいのです。これから、地下へと入ります。階段のみとなりますので、ロディーさん…お力添えをお願いできますでしょうか?』
カヌアはロディーの手を優しく包み込むように握った。
しかし、その姿を見ていたファイスは静かな声でロディーに言った。
『ロディー…君は来なくていいよ…これは僕の問題だ…君を巻き込むわけには…』
『何を言ってるの!?あなた!あなたはここまで一人で生きてきたの!?私は違います!あなたがいなければ私は今ここにはいないっ!一生ついてきますと約束したじゃない…だから…だから何があろうと言葉通り、ついて行きます』
そう言うロディーの目は、強くそして優しかった。
この国の女性は強い。
芯があって心が優しいのだ。
『大丈夫。私達もおります。必ず私達がお守りします』
とカヌアが言う。
夫婦はその言葉を信じて強く頷いた。
そしてウィルが促す。
『ワイム、ファイスを背負ってやれ』
『御意』
そして、カヌア達はファイス夫妻と共に再び地下へと入って行った。
地下へ到着するとファイスはワイムから降りた。
そしてロディーとワイムに支えながら立っている。
ファイスは意を決したような顔をしていた。
それはいつもの職人であるファイスではなく、長い時が家族の何かを阻んでいるような…そんな顔をしていた。
そこにはカブラとクーロス、そして椅子の呪いで座ったままの黒の女神ことヘィラがいた。
ファイスの姿を見て、クーロスが今にもしがみつきそうな表情で言った。
『ああ、ヘイファ…やっと会えた…こんなに近くにいたなんて…』
しかし、ファイスは無表情のままだ。
『…父上…それに…母上も…ご無沙汰しております』
(ヘイファ?それが本当の名…?)
カヌアはその名を初めて耳にした。
しかしそれ以上に驚いていたのは、まだ何も聞かされていないロディーだった。
『え…ご両…親…?』
カヌアはコクっと頷いた。
ファイス達の親子の会話が始まる。
『お聞きしましたよ。街の一連の騒動はあなた達が企てたのだと』
『企てた?何を言っている。お前が贈ったこの椅子のせいで私は動けぬ身になってしまったのだ。早くこれを…』
『母上はっ…!母上は…何にもわかっていないようですね…』
『何がだ?』
『その椅子の呪いはあなた自身が変わらなければ解けません。僕はただ、その椅子を作っただけに過ぎませんから』
『は?何を言っている…?』
『その呪いを解くために必要な事はただひとつ。あなた自身が僕をちゃんと息子だと認めてくれること。ただの言葉だけでは無意味です。心の底からそう思い、そう口にしないとその呪いは一生解けないでしょう』
『お前は私のことをまだ愚弄するつもりかっ!』
『何を仰ってるのかさっぱりわかりません。僕はあなたのことを一度も貶したり侮辱したことなどないのですよ?あなたが勝手に思い込んでしたこと。もう一度言います。その椅子の呪いを解くのはあなた自身の意思です、母上』
『息子と…認める…?』
『そうです。ただし、ちゃんと心から受け入れなければ意味がありませんけど…それを今のあなたにできるのですか?』
そして、それを終始見ていた父クーロスが口を開いた。
『それは簡単だ…既にヘィラは認めているからな…それをうまく言葉にできずにいるんだ。不器用なところがあるからな…彼女はずっと…ずっと後悔をしていたんだ…さぁヘィラ…やっと言えるな…目の前に最愛の息子がいるのだから…』
ヘィラは目を背けている。
そして、ゆっくりとファイスの方に目を向けた。
真っ直ぐと目の前にいる息子を見つめる。
それは黒の女神でもなく、クーロスの妻でもなく…母ヘィラとして…
『ヘイファ…すまなかった…お前を息子と認めます…世界でたった一人の愛する息子と…』
すると、その瞬間淡い光と共に椅子が勢いよくバラバラに飛び散った。
呪いが解けたのだ。
久しぶりに立ち上がることのできたヘィラはよろけたが、すかさずクーロスに支えられた。
しかしその瞬間、けたたましい鳴き声が聞こえた。
全員がその方向に目を向ける。
その声の主は先程まで大人しく眠っていたトゥバンのものだった。
今しがたの呪いが解けたことで飛び散った椅子の破片が、トゥバンの守っていたマルメロに刺さっていたのだ。
そこから果汁がだだ漏れていた。
『大変だっ!!』
クーロスがそう叫んだ時には遅かった。
暴れるトゥバンの尾がファイスめがけて振り下ろされる。
クーロスが瞬時にファイスを庇う。
その腕からは血を流れていた。
『叔父様っ!!』
カヌアがその場に駆け寄ろうとしたが、ウィルがそれを制するように身体を抑えた。
『俺なら大丈夫だ!トゥバンはそのマルメロを一度奪われたことがある。二度も同じような失敗をしたとなると、今度こそ大暴れして大変なことにっ…クッ…早くヘイファをっ…』
クーロスがそう言うと、ワイムがすかさずファイスを抱え上げた。
クーロスの言う通り、トゥバンはその大きな身体を使って大きく暴れ出した。
『遺跡が…遺跡が崩れ始めたぞっ!!全員外へっ!急げっ!!』
ウィルが叫ぶ。
カブラもロディーを抱えて地上への階段を登って行った。
しかし、クーロスとヘィラはその場から動こうとしなかった。
カヌアは必死に叫ぶ。
『叔父様っ!何してるのっ!?早くっ!早く外へっ!』
クーロスはカヌアの方を向いたままだ。
カヌアにはその彼の顔が微笑んでいるように見えた。
ウィルは必死にその身体を抑えるのに精一杯だった。
『え…?な…んで…いっ…嫌っ!!嫌だっ!!叔父様!叔父様っ!クー…』
その時…クーロスが口元を動かし何かを言った…ように見えた。
『カヌアッ!もうっ!限界だ!地下が崩れるっ!』
二人の眼は無意識に光が漏れていた。
ウィルは両眼が。
カヌアは左眼が。
それぞれの宿る色に。
しかし二人のホルス達の眼を持っても地下の崩壊は止まらなかった。
そして…ウィルはやっとの思いで地上にカヌアを連れ出すことに成功した。
クーロスとヘィラを最後に見たのは、その地下の中だった。
誰もそれ以外では目にしていないという。
泣き崩れるカヌア。
それを優しく抱きしめることしか出来ないウィルは、もどかしさと悔しさに苛まれていた。
ここまで読んで頂き本当に、ありがとうございました!
本日最終話となりました。
が、次回エピローグございます。
突っ走って書いているので、何かお気づきの点があればコメントの方よろしくお願いします。
大変恐縮ですが、評価を頂けると今後の励みになります。
他にも何点か完結済みの投稿もございます。
宜しければそちらも読んで頂けると幸いです。