第9話 兄さんはかっこいい人なのに
俺はベッドから降りて、寝間着を整えると、アリアに微笑んだ。
アリアも寝間着姿のままで、ピンク色の薄手のネグリジェのワンピースを着ている。
アリアはますます頬を赤くした。
「に、兄さん……な、なんでわたしをじろじろと見ているんですか?」
「いや、寝間着姿のアリアも可愛いなあ、と思って」
「は、恥ずかしいことを言わないでください!」
そう言いながらも、アリアの表情はちょっと嬉しそうだった。
俺も思わず頬を緩める。
アリアがくすっと笑う。
「だいたい、わたしのことなんて、毎日見ているじゃないですか」
「毎日見ていても可愛いな、と……」
「に、兄さん……わたしのこと、からかってますね?」
「からかっているつもりはないんだけど」
俺はにこにこしながら言う。
本音を言えば、アリアの反応を見るのが楽しくて、わざと言っている面もある。
けれど、アリアが可愛いと思っているのは事実だし、毎日見ていても可愛いと思っている。
アリアはむうと頬をふくらませる。
「つまり、兄さんはわたしのことを本気で可愛いと思っているわけですね?」
「そのとおり」
俺がためらいもなく言うと、アリアは落ち付かない様子で、目を泳がせた。
そして、口をぱくぱくさせて、そして、小声でささやく。
「わ、わたしも……兄さんのこと、かっこいいと思っているんですよ?」
「あ、ありがとう……」
予想外のアリアの反応に、俺は戸惑った。可愛い、可愛い、と連呼していたあいだは、俺は平気だった。
けれど、自分がかっこいいと言われると照れてしまう。
アリアは目を伏せた。
「だからこそ、クリス兄さんがどうして自分の実力を隠して、平凡なフリをしているのか不思議なんです」
「その方が楽だからね」
「でも、わたしは……もっとみんなに兄さんのすごいところを知ってほしいんです。全属性の魔法を無詠唱で使えて、大陸の大魔術師並の力もあるのに……みんなは兄さんのことを馬鹿にしています」
「俺はそれでいいんだよ」
「わたしがよくありません! 兄さんは、わたしの自慢の兄さんなんですから!」
アリアは叫んだ後、はっとした表情で顔を赤らめた。
そして、咳払いをする。
「と、ともかくです。いつまでも手を抜いて学園生活を送るなんて、ダメなんですからね?」
「そう言われてもなあ」
破滅を防ぐため、そしてアリアのための行動なのだけれど。
アリアとマルカムの婚約について阻止したり、全力で王位を狙うことも考えた。けれど、どちらも危険が高い。
前回の人生と同じことの繰り返しになりかねない。
何より、俺自身が争いにはもううんざりしていた。
アリアの兄として平穏な生活が送れれば、それでいいのだ。
けれど、アリアはそれでは不満らしい。
アリアはびしっと俺に白い指先を突きつけ、そして、サファイアのような美しい瞳でまっすぐに俺を睨んだ。
「兄さんには、学園の魔術武道会に出ていただきます」
「え?」
「そこで、王太子マルカム殿下と戦って……勝ってください!」
アリアは早口で言うと、ツンと目をそらした。
マルカムと戦う? 俺が?
俺は呆然とした。
それは俺が一番避けなければならない事態だった。