第7話 無敵の魔術師
俺はアリアに柔らかく微笑む。
「一度感覚をつかめば、一人でも魔法が使えるはずだから」
しばらくしてアリアは名残惜しそうに、俺と恋人つなぎ状態だった手を放した。
そして、うなずいてみせる。
「やってみます」
アリアは深呼吸して、そして、「水よ」とふたたび呪文を唱えた。すると、さっきよりは小さいけれど、水の珠が現れて弾ける。
陽の光を受けて、水滴がきらきらと輝いていた。
アリアの表情も明るくなる。
「で、できました……!」
「そうそう。その調子」
俺は言いながら、内心では胸をなでおろした。
これで、アリアに魔法を教える第一段階には成功した。
アリアは青い瞳を輝かせ、何度も「水よ、水よ」と繰り返している。
魔法の源であるエーテルの使い方が上手になっているのか、だんだんと水の球体が大きくなっている。
アリアはとても楽しそうだ。
アリアの喜びは俺の喜びでもある。
すべてが順風満帆。
そう思った次の瞬間には、とんでもないことになった。
「水よ、ここに来たれ!」
アリアのきれいな詠唱とともに、周囲の空気が一変する。
さっきまでの普通の魔法の行使のときには無かった現象だ。
水の球体が次々と現れ、そして、第五元素――エーテルの奔流が巻き起こる。
アリアはきょとんとした顔をしていたが、やがて、慌てた様子になる。
おそらく、魔法を止めようと思っても止められないのだ。
極めて珍しいことだけれど、魔法の暴走が起きている……!
「く、クリス兄さん! 助けて!」
アリアが悲鳴を上げるのと同時に、俺はアリアを抱き寄せた。
そして、手を重ねる。
俺は強制的に、アリアの体内のエーテルを自分の体へと流した。
そして、エーテルの流れを遮断する。
しばらくして、アリアの魔術の暴走は止まった。
ただ、俺の手の甲に焼けるような痛みが走る。
見ると、大きな十字の傷跡ができていた。アリアのエーテルを無理に受け止めたから、俺の体がダメージを負ったのだろう。
俺はアリアに微笑んだ。
「大丈夫。もう心配はいらないよ」
アリアは泣き出しそうな顔だった
「に、兄さん。その傷……」
「えっと、大したことはないから」
「もしかして、わたしのせいで……」
「アリアのせいじゃないよ」
「嘘です! わたしが使った魔法のせいで……」
「ちゃんとアリアの様子を見ていなかった俺自身の責任だよ。魔術の暴走が起きるほどのエーテル量のある魔術師はほとんどいないから、油断していた」
俺はなるべく優しい口調で言ったが、これは失言だった。
アリアははっとした顔をする。
「それって、やっぱり、わたしに欠陥があるから、魔術が暴走しちゃったってことですよね……?」
「ええと、そうじゃなくてね。むしろ魔術師としては才能があるということなんだけれど……」
「でも、わたしのせいで兄さんが傷ついたのは事実です。……わたし、悪い子なんです」
「どういうこと?」
「お父さんもお母さんも、わたしを引き取ってくれた叔母さんたちも……死んでしまいました。わたしの周りの人たちは、わたしのせいで傷ついてしまうんです。みんな、わたしのことを『悪魔の子』だって」
アリアは、振り絞るような声でそう言った。そして、うつむいてしまう。
その表情はとても暗かった。
アリアがそんなふうに呼ばれていることも、アリアがそんな悩みを持っていたことを、前回の人生の俺は知らなかった。
俺は強い憤りを感じた。アリアを「悪魔の子」だなんて呼んだ周囲の人々に対する怒りと、そして、そのことを知らなかった前回の自分に対する怒りだ。
俺は一瞬ためらい、それから、アリアをそっと優しく抱きしめた。アリアの体の小ささと、その温かさを感じる。
アリアは驚いたように、抱きしめられたまま、俺を見上げた。
「兄さん……?」
「アリアは俺の妹だ。悪い子でもないし、もちろん悪魔の子なわけがない」
「でも、わたしのせいで、兄さんを傷つけてしまうかもしれません。ううん、今だって、兄さんはわたしのせいで怪我をしていて……。もし、わたしのせいで兄さんがいなくなったら、きっとわたしは自分を許せないです。だから、わたしは公爵家の養女になる資格なんて無くて……」
アリアは自分が他人を不幸にすると思いこんでいる。
でも、それは思い込みにすぎない。
俺はアリアを安心させるように、その銀色の髪を撫でた。
「大丈夫。少なくとも、俺はいなくなったりしないよ」
「本当、ですか?」
「もちろん。俺は最強の、いや、無敵の魔術師なんだから」
そう。
俺は無敵にならなければならない。アリアを守るために。
前回の人生では、俺は最強の賢者だった。でも、それでは、まだ足りない。
無敵の魔術師になって、自分の破滅を防ぎ、そしてアリアを幸せにすることが必要だ。
そのためには、もっと力がいる。
俺は深呼吸した。そして、勇気を出して言う。
「アリアは俺が守るから。俺はアリアのそばにいるし、アリアのことを誰にも傷つけさせたりしない」
俺がそう言うと、アリアは頬を真っ赤にして、そして……ぎゅっと俺の体を抱きしめ返した。
体が密着し、ふわりと良い匂いがする。
それをきっかけに、急に、俺はアリアのことを意識しはじめた。
勢いで抱きしめてしまったけれど、考えてみれば、アリアは今の俺と同い年の異性なのだ。
でも、アリアは嬉しそうに、青いサファイアのような瞳で、俺をまっすぐに見つめた。
「あ、ありがとうございます。……約束、ですよ? クリス兄さんは、わたしのそばにいてくれるんですよね?」
俺がうろたえながらうなずくと、アリアはとても綺麗な表情で、恥ずかしそうに笑った。
 




