第6話 恋人つなぎ?
急にはじまったアリアへの魔法の授業。
俺は少し緊張していた。
マーシア王国の大軍を相手にしても、あるいはカレドニアの英雄マクベスと一騎打ちをしろと言われても、俺は緊張したりはしない。
それだけ、俺は自分の力と魔術に自信があった
けれど、アリアに魔法を上手く教えられなかったら、と考えると、俺は少し怖かった。
今回は兄らしく振る舞おうと思っているのに、一歩目から失敗したくはない。
アリアにどう思われるか、自分がかなり気にしていることに気づいて、俺は自分に新鮮な驚きを感じた。
前回の人生では、神童、魔法の天才、未来の英雄ともてはやされた。世界で七人しかいない賢者の称号も手に入れた。
なのに、今は目の前の12歳の女の子に、どう思われるかが気になって仕方がない。
アリアはきらきらと青い瞳を輝かせ、俺を見つめる。
「わ、わたしも……」
「早速、魔法が使ってみたくなった?」
こくこくとアリアはうなずく。
その仕草が可愛らしくて、俺は思わず温かい気持ちになった。
「じゃあ、実践してみよう」
「は、はい……!」
「さて、魔法を使うにはエーテルを使う必要があるわけだけど、エーテルは人の体の胸に一番多くあると言われている」
言ってから、いかにも教師っぽい喋り方だなと気づき、俺はなんとなく自分のことが恥ずかしくなった。
でも、アリアは真剣に俺の言葉を聞いてくれている。
「胸、ですか……。どうしてですか?」
俺はぽんと自分の左胸を叩いてみせる。
「心臓があるからだと言われているね。古代の哲学者アリストテレスは、人の魂は心臓に宿ると考えた。そして、魂を構成する元素がエーテルだと言われている」
「へえ……」
「まあ、その理屈が正しいかどうかはさておき、エーテルが人の心臓に集まっていることは多くの魔術師が認めている。そのエーテルを、外界の元素と触れ合わせるのが、魔法ってことになる」
「呪文を唱えるのは、エーテルを使うため、ということですか?」
「そのとおり。アリアは賢いね」
「お、思いついたことを言っただけです」
アリアは恥ずかしそうに、でも、ちょっと嬉しそうな表情をした。
世界の初めに言葉があった。言葉は神そのものであった。この聖典の有名な一句が、魔法の根幹をなしている。
呪文の詠唱は、言葉を用いてエーテルを操る方法だった。
ただし、俺は無詠唱で魔法を使えることができるが、それは高等技術なので、今のアリアに教えるのはまだ早い。
「ということで、さっそく呪文を使ってみよう。『水よ、ここに来たれ』と唱えたら、水が現れる。そのとき、自分の胸の中にあるエーテル……つまり心を、手の指先に行き渡らせるのを思い浮かべるんだけど……」
そうはいっても、最初は感覚がつかめない。
アリアが「水よ」と詠唱しても、何も起きなかった。二度、三度とアリアは試すけれれど、やはり何も起きない。
俺はしばらく見守っているつもりだったが、アリアが泣きそうになっていることに気づいて慌てた。
「に、兄さん……魔法が使えないです! わたし、才能がないんでしょうか……?」
「だ、大丈夫、大丈夫……! コツがつかめていないだけだから!」
俺は焦った。このままでは、アリアに「魔法が使えなかった」という悲しい思いをさせてしまう。
アリアを幸せにすることが最大目標なのに、泣かせるなんてもってのほかだ。
(ええと、確実にアリアが魔法を使えるようにするには……)
一つだけある。
ただ、少し問題がある。ちょっと恥ずかしい方法なのだ。
けれど、背に腹は代えられない。
俺は涙目のアリアの頭をぽんと撫でる。
見上げるアリアに、俺は微笑みかけた。
「少しだけ、手を貸してくれる?」
「わたしの手を、ですか?」
「そうそう。きっと魔法が使えるようになるから」
アリアがこくんとうなずくと、俺は自分の左手で、アリアの右手をそっと握り、指を絡ませる。
びっくりしたようにアリアが頬を赤らめた。
「に、兄さん……!?」
「恥ずかしいかもしれないけど、ちょっと我慢してね」
アリアのひんやりとした小さな手の感触を、少し心地よいと感じてしまう。
アリアはますます顔を赤くして、目をきょろきょろとさせる。
「こ、恋人みたいな手のつなぎ方ですね……」
「あー、言われてみれば……」
「あっ、べ、べつに兄さんと恋人になりたいってわけじゃなくて……!」
アリアはしどろもどろにそう言うと、目を伏せた。
その言葉に、俺は前回の人生でのアリアのことを思い出す。
前回の人生では、アリアは俺に好意を持っていた。
だが、今回はまだ出会ったばかりだ。
だから、もちろん、アリアが俺と恋人になりたいなんて思っていないことはわかっている。
あくまで、これは魔法の習得の手助けだった。
俺は、深呼吸して、そしてアリアに言う。
「もう一度、呪文を唱えてみてくれる?」
「え? でも……」
「物は試しだと思って」
俺が言うと、アリアはおずおずと「水よ。ここに来たれ」とつぶやいた。
その言葉とともに、俺の手からアリアの体へとエーテルが流れ出す。
そして、目の前の空間に、大きな水の球体が現れ、やがて弾けた。
呆然とするアリアに、俺は微笑む。
「おめでとう、これで最初の魔法に成功だ」
「今のは……?」
「俺がアリアがエーテルを使うのを補助したんだよ。手をつないだのはそのためだったんだ。女の子の手をいきなり握ったりして、ごめん」
俺が謝ると、アリアはふるふると首を横に振った。
「あ、謝ったりしないでください! わたしのためにしてくれたことなんですし……魔法も使えましたし」
アリアは嬉しそうな表情を浮かべていた。その青い瞳には、もう涙は浮かんでいなかった。
そして、アリアは上目遣いに、俺を見る。
「それに……兄さんが手をつないでくれたことも、嬉しかったですし」
「え?」
「な、なんでもありません。忘れてください……!」
早口でアリアは言ったけれど、アリアの白い指先は俺の指にしっかりと絡められたままだった。
【あとがき】
二人のイチャイチャは加速する……!