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第3話 幼い妹がやってくる?

 俺の生まれたステュアート公爵家は、カレドニア王国で最も有力な貴族・七公家の一つだ。


 七公家――すなわち、ステュアート、ファイフ、ロス、アンガス、メンティス、ケイスネス、レノックスの七つの公爵家は、王国成立以前、古き時代の部族の長だった。

 

 南の大国マーシア王国の侵攻に対抗するために、初代国王アルピンのもと、七つの部族は結集し、カレドニア王国が成立した。


 そのときに公爵に叙せられたのが、ステュアート族長……今のステュアート家である。

 上から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の爵位をカレドニア王国は授ける。が、公爵家は七つしかない。


 俺はかなり恵まれた環境に生まれたのだ。それなのに、前回は処刑されてしまったわけだけれど。


 現在のステュアート公爵バンクォー・ステュアートは、俺の父である。30代前半の男盛りだ。

 

 前回の人生では、俺が17歳のときにバンクォーが死去し、そして公爵の地位を継承した。


 公爵家を断絶させてしまった俺と比べれば、バンクォーが立派なのは明らかだ。

 ただ……。


「なあ、クリス。12歳の初対面の女の子と会って、『私が父です!』っていう僕の気持ち、わかる?」


「……不安なんですね?」


「うん」


 俺の父、バンクォーはためらう様子もなく、うなずいた。

 いま、バンクォーと俺は、屋敷の応接間で長椅子に腰掛けている。


 バンクォーは、ひょろっとした長身かつ痩せた学者風の男だ。

 繊細で、どこか気弱な印象を与える。


 実際、かなり気弱な性格なのだ。

 ところが、これでもカレドニア王国の将軍として、マーシアの大軍を何度も打ち破った英雄だったりする。


 王族の将軍・コーダー伯マクベスと並ぶ、「カレドニアの両英雄」とも呼ばれている。


 そんな彼が、12歳の少女を恐れて戦々恐々としているのは、滑稽と言えば滑稽だが、気持ちはわかる。

 俺自身、どんな顔をして、アリアに会えばよいのかわからない。


 そのとき、応接間の扉が開く。公爵家の執事が、バンクォーに声をかけた。どうやら、王家から急な用件があるらしい。


 ホッとした様子で、バンクォーが立ち上がる。


「じゃあ、僕はこれで……」


「えっ」


「アリアちゃんのことはよろしく頼むよ」


 そう言うと、バンクォーは執事と一緒にそそくさと逃げ出した。

 後に残されたのは、俺一人。


 呆然とする。

 バンクォーの配慮で、あまり大勢の人間で出迎えると、アリアが緊張するだろうということで、使用人たちは席を外している。


 とはいえ、そのバンクォー自身もいなくなってしまった。


(せめてフィリスがいてくれれば良かったのに……)


 同い年の少女であるフィリスがいれば、かなり心強かったはずだ。とはいえ、フィリスは使用人であり、家族ではないから、この場にいることはできない。


 どうしようかと思っているうちに、ノックの音とともに、部屋の扉がふたたび開く。そこには、小柄な一人の少女がいた。


「あ、あの……」


 不安そうに、その子はこちらを見つめていた。

 その青い宝石のような瞳に、俺は引き込まれる。


 アリアだ。

 18歳のときと違ってかなり背が低いけれど、面影ははっきりと重なる。

 

 改めて見ると、アリアは本当に美少女だと俺は思う。

 銀色のきれいな髪を長く伸ばしていて、輝くような美しさがあった。


 白いワンピースの服が清楚な印象を与え、華奢な体もあいまって、思わず守ってあげたくなるような愛らしさがある。


 その小さな赤い唇に、俺の目が行く。

 死の直前、アリアにキスされたときのことを思い出す。


 前回の人生で、どうしてアリアは俺のことが好きだったんだろう……?


 そう考えていたら、アリアの白い頬がほんのりと赤く染まった。

 じろじろ見つめすぎたかと思い、俺は慌てて立ち上がる。

 

「あ、アリア・アーブロースです……」


 消え入るような小さな、けれど澄んだきれいな声で、アリアは言う。

 アーブロース、というのは、アリアの生家の姓だ。


 アーブロース家は、ステュアート家の分家の伯爵家だが、アリアの両親ともに死去している。


 別の分家に引き取られていたのだけれど、将来の政略結婚を見据えて、バンクォーの判断で公爵家の養女となった。


 バンクォーは頼りなさそうに見えても、老練な政治家でもある。


 12歳の少女に気を使って怯える律儀さと、その少女をためらいなく政治の道具とする冷徹さが、彼の中では矛盾なく存在しているのだと思う。


 けれど、俺にとっては、そんな政治は関係ない。

 アリアは、俺の妹だった。

 

 怯えた様子で、アリアはちらりと俺を見つめる。

 俺は、アリアを安心させるように微笑んだ。


「ステュアート家へようこそ! 俺がクリス・ステュアート。君の兄、ということになるね」


「く、クリス様……?」


「そう、クリス。様、はつけなくていいけれどね。君は妹なんだから」


「わ、わたしが妹だなんて……恐れ多いです。わたしは……ただの……」


 アリア自身、自分が政略結婚のために公爵家に引き取られたのかは理解しているだろう。

 しかも公爵家は、アリアの生家よりもずっと格の高い貴族でもある。


 いきなり家族だ、といわれても現実感がないのは当然だ。

 だいいち、俺がわずかに早く生まれたとはいえ、アリアも同い年なのに、妹と言われてもなおさら実感できないだろう。


 俺は一歩、アリアに近づく。びくっと震えるアリアに、俺は身をかがめ、目線を合わせる。

 そして、なるべく優しい表情を浮かべる。


「アリアは公爵家の家族だよ。恐れ多いなんて言わなくていい」


「でも、わたしはクリス様と違って、何も持っていません。公爵家に生まれた高貴な身分もなければ、魔法の才能もありません。クリス様は、天才魔法使いだって聞いています」


 たしかに、この頃から、俺は魔術の才能で有名だった。神童とも呼ばれ、やがて王国最強の魔術師となった。


 けれど、それは俺自身の才能だけが理由ではないと思っている。バンクォーをはじめとする周囲の理解があり、適切な教育を受けられたからこそだ。


 逆に言えば、アリアだって、機会を得れば、才能を開花させることもできるだろう。


 前回の人生では、俺はあまりにもアリアに無頓着だった。アリアに避けられていたし、俺も敬遠していたところはある。


 だけど、今回の人生では、違う!

 

 アリアを幸せにすることは、俺の義務、いや願望だ。

 もしその障害になるなら、アリアを王太子と婚約させたりもしない。


「俺は大した人間じゃないよ。きっと、アリアの方がずっと美しいものを持っている。そんな気がする」


「……そう、ですか?」


 アリアは首をかしげた。

 今のアリアは知らない。アリアが命をかけて俺をかばってくれたことを。


 前回の人生で、俺は自分のことしか考えていなかった。自分が力を手に入れて、そして名誉を手に入れることのみを考えていた。


 でも、アリアは違った。アリアは自分の命を差し出してまで、俺を守ろうとした。

 あのまま何もしなければ、命は助かり、アリアは王妃となれていたのに。


 俺は微笑む。


「そうそう。だからさ、『クリス様』なんて他人行儀な呼び方はやめてほしいな」


「でも、どうお呼びすれば……?」


「ええと、それは……」


 俺も考えていなかった。

 いちおう俺が兄で、アリアが妹ということになっている。


「『お兄ちゃん』とか?」


 試しに言ってみる。

 アリアは目を瞬かせ、そして俺を上目遣いに見た。


「く、クリスお兄ちゃん……」


 恥ずかしそうに小さな声で言うアリアは……なかなかの破壊力があった。

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