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第1話  義妹とのキス

「国王の名において、ステュワート公爵クリスを大逆の罪で処刑する!」


 重々しく言ったのは、一人の少年だった。

 彼は、マルカム3世。カレドニア王国の国王だ。


 そして、かつては、俺――クリス・ステュワートの友人でもあった。


 教会暦1063年。


 ここは、北方の小国であるカレドニア王国。この国では、国王の下、七人の大貴族・七公爵家が権力を握っていた。


 その一人が俺だ。


 俺は七公爵家の一つ・ステュワート公爵家の当主として、まだ18歳ながら、強い権力と広大な領地を持っていた。


 もちろん、それは俺が公爵家の嫡男に生まれたから、手に入ったものだ。


 でも、俺は国の重臣にふさわしい実力があると信じていた。


 それだけの努力を俺はしてきた。


 そして、王女とも婚約し、王国を支える臣下となるはずだった。

 だが、現実には――俺はすでに破滅していた。


 俺は周囲を見回した。


 ここはカレドニアの王宮。そして、周りには味方は誰一人いない。


 カレドニア国王マルカム3世は、俺と同い年の18歳だ。。


 その妹の王女アシュリンは俺の婚約者ということもあり、俺とマルカム、アシュリンの三人は一緒に王国を導く役割を担うはずだった。


 ほんの一年前には、三人で頑張ろうと誓いあった仲でもあった。


 けれど、今のマルカムはくすんだ褐色の髪をかきあげ、そして銀色の瞳を怒りに燃やし、俺を睨んでいる。


 今の俺たちは決定的に対立していた。

 マルカムは、俺を処刑するという。


 マルカム派のレノックス女公爵マーガレットたちによって、俺は拘束されていた。

 俺は膝を床につき、そして、マルカムを見上げる。


「陛下……本当に私を殺すつもりなのですか?」


「貴様は俺を殺そうとした、そんな人間をどうして生かしておける? 王を殺し、王位を奪おうとした大罪人。それがクリスだ。だから貴様は殺される」


「私は無実です、陛下」


 俺の言葉に、マルカムは首を横に振った。


「信じられるものか」


 俺は国王を暗殺しようとも、王位を奪おうともしていない。無実だ。だが、疑われる理由はあった。

 

 自分で言うのも変だが、昔から、王子のマルカムよりも、ステュワート公の俺が優秀だというのは、評判だった。


 マルカムは決して愚かではないが、かといって、特段有能なわけでもなかった。


 一方の俺はこれでも一応、幼い頃から神童だと言われていた。

 何より、俺には魔法の才能があった。


 俺は百年に一度の天才とも呼ばれ、調子に乗っていたのは否定できない。俺の火属性の魔法は無詠唱でも、千の兵士をも焼き払うことができる。


 これは馬鹿にできない力だ。個人の武勇がモノを言う戦乱の時代にあって、俺の力はかなり役に立つ。

 フローレンティア共和国の魔法大学に留学し、高度な魔法を習得し、世界に七人しかいない「賢者」の称号も得ている。


 つまり、俺はカレドニアではもちろん、世界でも最強の魔術師の一人である。

 これはうぬぼれではなく、客観的な事実だった。


 だからこそ、俺は破滅した。


 カレドニア王国は常に南方の大国マーシア王国の侵略に怯えていた。しかし、いずれは俺がマーシアの野望を打ち砕くことを誰もが期待していたのだ。


 俺自身、それを己の使命だと思い込んだ。

 そのことがマルカムと俺の仲を引き裂いた。


 ともに王都の学園で学んでいた頃は良かった。俺とマルカムは互いを尊重できる友人だった。


 ところが、マルカムの父王が亡くなった頃から雲行きが怪しくなり始める。


「思い上がるなよ、クリス。この国の王は俺だ」


 目の前のマルカムは憎悪のこもった目で、俺を見つめていた。

 そんなマルカムに、俺は怒りではなく、哀れみを感じた。


 マルカムは、一年前に国王に即位したが、十分に王としての政治をこなすことができなかった。

 それは若さと経験不足のせいだ。だが、周囲の貴族たちを失望させたのも事実。


 戦乱の時代では、マルカムの成長を待つ時間などない。


 しだいにカレドニア王国の人々は、同世代の七公家の当主である俺に期待を寄せるようになった。

 そして、俺がその期待に応える力があったのが、不運だった。


 あるとき、マーシア王国の軍が国内に侵入した。国王マルカムが総指揮官を務めて反撃に出たが、あえなく惨敗を喫する。


 だが、俺は、ステュワート公家の兵を率い、初陣ながら華々しくマーシアの別働隊を破ることに成功した。


 我ながら良くやったと思う。だけど、これがいけなかった。


 マルカムは俺の功績を褒めるどころか、激しい嫉妬を露わにした。


 もちろんマルカムの気持ちも、俺には理解できる。


 ただでさえ俺と比較されて、マルカムは劣等感を持っている。そこに、マーシアとの戦争でも決定的な差をつけられてしまった。


 焦るのはわかる。

 

 だが、マルカムは、俺を露骨に冷遇し、周囲に俺の悪評を流し始めた。

 俺の失脚を狙っているのは明らかだったと思う。


 それでも、俺は耐えた。


 だが、この状況は、マルカムの評判を落とした。戦争で活躍した家臣に恩賞を与えるどころか、冷遇したのだから、他の貴族たちも不信感を持った。


 同時に、俺を国王にするべきでは、という声が、一部の貴族たちからささやかれた。


 俺の母は王族で、俺も王家の血を引いている。そして、カレドニア王国は女系での王位継承も認められていた。


 俺の意志とは関係なく、マルカムに反発する貴族たちは、俺を王に担ごうとした。


 

 ところで、俺はマルカムの妹アシュリンの婚約者だったが、同時に、俺の義妹アリアはマルカムの婚約者だった。


 これは、王家とステュワート公家の永遠の友誼を願った婚約だった。

 本来なら、両家の婚約が、俺とマルカムの絆となるはずだったが……あまり意味はなかった。


 そもそも、俺とアリアは仲が良くなかった。アリアは、俺と同い年の18歳である。


 六年前、アリアは12歳のときに公爵家の養女になった。有り体に言えば、政略結婚の道具である。


 もともとは遠縁の親戚でしかないし、アリアは俺を苦手としているようで、俺もそんなアリアと距離を置いていた。


 ただ、そうはいっても、アリアは公爵家の人間である。そして、マルカムとアリアの正式な婚姻の準備は進んでいた。


 そのアリアの付き添いとして、俺は王宮に招かれた。俺は身の危険を感じながらも、やむを得ず王宮への招待に応じた。


 そして、反逆者として拘束されたわけだ。


(マルカムのことを、信じすぎていた)


 俺はあまりにも無警戒だった。


 あまりにもマルカムのことを、信用し、そして、軽んじていたのだった。


 マルカムが、こんなにも早く俺の排除に動くとは想定していなかった。


 俺たちは友人だった。そして、俺はマルカムに大胆な決断はできないと踏んでいた。

 ところが、マルカムは俺を反逆罪で粛清することを決めたようだった。


 誰かが俺をマルカムに讒言(ざんげん)したのかもしれない。


 妹のアリアも、俺と同様に拘束されている。隣で、震え、怯える彼女を、俺はちらりと見た。


 改めて見ると、アリアは美少女だ。俺の父が、公爵家の分家から最も可憐な容姿の持ち主を選んできたのだから当然だけれど。


 俺は金髪に翡翠色の眼で北方風の容姿だ。アリアも北方風なのは同じだが、俺とは似ていない。


 アリアは銀色のつややかな髪を肩までふわりと伸ばしている。

 そして、大きな青いサファイアのような美しい瞳が印象的だった。


 顔立ちも整いすぎるぐらい整っているし、18歳の今は、はっと目が覚めるような美人になっている。


 たまに笑ったところを見たことがあるけれど――その笑顔はとても可憐で、愛らしかった。


(結局、最後までアリアとは打ち解けられなかったな……)


 公爵として、魔術師として努力を続けるあまり、俺は大事なことを忘れていたのだと思う。


 俺はマルカムの気持ちにも、アリアの気持ちにも、無頓着だった。

 いくら優秀だと言われても……これでは、貴族失格だ。


 もしかしたら、俺には、マルカムとも上手くやっていく方法もあったかもしれない。


 そして、アリアと仲の良い兄妹になれたのかもしれない。


 だが、すべては手遅れだ。


 もはや、俺にできることは一つだけだった。

 俺はマルカムの瞳を見つめ、静かに言う。


「陛下……私の妹のアリアは、私の罪とは何の関わりもありません。どうか彼女には、処罰を与えないでください」


 驚いたように、アリアが青い目を見開き、俺をまじまじと見つめた。俺が自分をかばったのが意外だったのかもしれない。


 ただ、俺にとっては、アリアは家族である。疎遠であっても、家族を守るのは貴族としての最大の義務だった。


 俺は、アリアに何も言わずに微笑んだ。

 すべては、俺に責任があるのだから。


 マルカムもうなずく。


「わかっているさ。彼女は俺の婚約者だ。罰なんて与えない」


「ありがとうございます」


 ステュワート公爵家は、王家に併合されることになるだろう。アリアを公爵家の当主とした上で、マルカムの妻とすれば、自然とそういう流れになる。


 だからこそ、俺としては、マルカムがアリアを悪くは扱わないと安心できる。


 あとは……俺に待つのは死のみだ。

 覚悟は決めた。


 マルカムが、腰に帯びた長剣を手にとった。

 手ずからこの場で誅殺するつもりなのだろう。


 俺が魔術を使って脱走する可能性は高い。そうなれば、今度こそ、俺は自分を守るために、本当の意味での反逆者になるだろう。


 そして、俺は一部貴族からの支持も受けているから、反乱はすぐに拡大する。だから、危険は即座に排除するのは妥当な判断だ。


 そして、マルカムの剣が振り下ろされる。その剣は、俺の体を貫くはずだった。


「え……?」


 起きたのは予想外の事態だった。

 剣の犠牲となったのは、アリアだった。


 その華奢な体の胸が、剣に貫かれている。マルカムも驚愕の表情を浮かべていた。

 アリアが、俺をかばおうとし、身代わりに犠牲になった。

 

 そのことを理解し、俺は混乱した。

 アリアは……俺のことを苦手にしていたはずなのに、どうして俺を助けようとした?


 だが、考えるより優先すべきことがある。

 床に倒れ、血を流すアリアを、俺は助け起こした。そして、ありったけの魔力を使い、治癒魔法をかけた。


 治癒魔法は水属性で、俺の得意な系統の魔術ではないが、それでも天才魔術師と呼ばれたほどだから、かなりの重傷でも治すことができる。


 だが……アリアの傷は、致命傷だった。

 血を失い、蒼白になったアリアの顔は、それでも美しかった。


「クリス兄さん……」


「喋っちゃダメだ。いま、止血を……」


「わたしのことはいいですから、逃げてください」


「俺なんかより、君が助かるほうが大事だ」


 ここで俺をかばおうとしなければ、アリアは生き続けることができた。王妃にもなれたはずだ。


 もうすべてが終わった俺とは違う。


 アリアは弱々しく微笑み、そして最後の力を振り絞るように、そっとその華奢な体を俺に寄せた。

 ふわりと銀色の髪が揺れる。


 俺は慌てて、アリアを抱きとめる。その体は温かく、そして柔らかかった。


 次の瞬間、アリアの小さな唇が、俺の唇に重ねられていた。


 それは情熱的なキスだった。

 アリアは、これまでに俺が知っているなかで、もっとも美しい表情で、俺を見つめた。


「ずっと……わたしは、兄さんのことが好きだったんです。兄さんのいない世界なんて、わたしには何の価値もありません。だから、わたしは……」


 そこで、アリアの言葉は途切れた。アリアの体が急に軽くなる。

 アリアの目は閉じられていた。


 目の前で、俺の妹の命は失われた。そう。俺自身のせいで。

 その衝撃は、あまりにも大きかった。


 疎遠だった義理の妹。血のつながらない、同い年の少女。

 俺は、あまりにもアリアのことを知らなかった。アリアは俺を好きだったと言ったが、そのことも知らなければ、その理由を想像することもできなかった。


 そして、アリアのことを知る機会は永遠に失われた。


 たった一つ、わかっていることがある。


 アリアは俺が生きることを願っていた。そして、そのアリアはもういない。


 なら、俺にできることは……一つだ。


 俺は立ち上がり、そして、マルカムを振り返った。


 事故とはいえ、マルカムは婚約者を自ら殺してしまった衝撃から立ち直れていないようだった。

 その隙を狙えば、マルカムを倒せるかもしれない。

 

 俺は、無詠唱で魔法を使うことができる。魔力の増幅器である杖はないが、俺の魔法なら、一撃のもとでマルカムを葬ることができる。


 もし実現しても、次の瞬間には俺が惨殺されているかもしれない。その可能性が高いから、俺は死を受け入れようとしていたのだ。


 それでも、やらないわけにはいかなかった。

 アリアは、俺を生かすために死んだのだから。そして、マルカムはアリアの仇でもある。


 俺の左手が輝く。マルカムがはっとした顔をしたが、もう遅い。

 

 放たれる炎の矢が、マルカムの体を貫くはずだった。


 だが――。


「がはっ……」


 実際に致命傷を負ったのは、俺の方だった。

 背後から、青く輝く光が俺を貫いたのだ。


 倒れ込んだ俺を、頭上から女性の声がする。。


「残念だったわね、クリス卿。あなたも妹さんも無駄死になってしまって可哀想に」


 美しい響きのその声は、俺を、哀れみ、そして蔑んでいた。


 おそらく、レノックス公爵家の女当主マーガレットの声だ。政敵である彼女は、カレドニア王家の側についた。


 彼女が俺を反逆者に仕立てた黒幕かもしれない。


 だが、俺はそれを確かめることもできなかった。ゆっくりと視界が暗転していく。


 アリアの最後の表情が、脳裏によぎる。

 あの美しい表情は何だったのか。

 アリアは何を思い、何を考えていたのか。


 もう二度と、俺はそれを知ることはできない。

 もしやり直すことができたなら、英雄になることも、立派な貴族になることも、目標にはしない。


 ただ……アリアのことを知りたい。

 それが死の間際に、俺がたった一つ願ったことだった。 


 そして、その願いは叶えられた。

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