あの日のチョココロネ
「さあ行け勇者よ。魔王を倒すのだ!」
王様は私たちにそう告げた。
「はい!では整理券の番号の順にお呼びしますので、呼ばれた勇者は王様の横のカウンターまでお越しください!」
お城の前の広場に集められた私たち勇者は、王様の言葉のあと案内係に従って待機していた。
「では1番の方!」
「おう!」
勇者というより戦士というべきガタイのいい男が前に進み出る。男はカウンターに近づくとガラガラを回す。
ころん。
音がしてビーズが飛び出す。案内係がハンドベルを鳴らすと、隣の王様が高らかに告げる。
「若草色の魔王!」
「はっ!」
男が答える。
「では目的地を説明しますので奥のブースにお進みください。続いて2番の方ぁ!」
「続いて87番の方〜。」
そんな感じで私の番が回ってきた。呼び方が適当になってる気もするが仕方がないだろう。
「はい!」
私は前に進むとガラガラを回し始めた。正直この瞬間が一番楽しい。
ころん。
「灰色の魔王!」
ハンドベルと共に王様が告げる。
「あはは、マジか。」
私はため息とともに奥のブースへと向かった。
785色の魔王の中でも灰色の魔王は一番…。
「灰色の魔王ですね〜。目的地はトアル村4番地6の魔王城になります。討伐が終わりましたら魔王の一部をこちらのケースに入れてお持ち帰りください。直接が難しい場合は郵送でも結構です。場所の説明は……不要ですかね。」
「あ、はい。実家のそばなので。」
そう、灰色の魔王は785色の魔王の中で1番ご近所さんなのだ。
「心中お察しします。ではこちらの支度金をお持ちください。いってらっしゃいませ〜。」
憂鬱な気持ちで実家、ではなく魔王城への道を行く。トアル村は王都からは2時間くらいの小さな村で名物といえば美味しいパン屋があるくらい。
「さて。」
私は今、指定された魔王城の前にいる。
実家の裏手にある魔王城には大きく看板が出ている。
『ベーカリーMAOJO』
「あああぁぁぁ、なんでここ引いちゃったかなぁ。」
村で1番のパン屋さん。店主のおじさんが素敵な火加減の魔法で美味しく焼き上げるそのパンは王都のグルメ貴族たちの間でも噂されるほどなのだ。
意を決してパン屋、もとい魔王城の扉をくぐる。
「いらっしゃいませー!!」
元気な声が響く。声の主はこちらを見ると嬉しそうに笑った。
「ありゃ、ムカイさんちの嬢ちゃんじゃないの。最近見かけないと思ったらすっかり別嬪さんになっちゃって。」
「いやいや、やめてよ、別嬪とかそんな。」
「今はたしか勇者やってるんだっけか!あの留守番が怖くてビービー泣いてた子がなぁ。」
「やーめーてー!!」
「でもその衣装、ちょっと露出多くない?嬢ちゃん美人なんだからそんなことしなくても。」
「うるさい!最近の流行りなの!今時フルアーマーにマントなんてダサいカッコしないったら!」
これだから来たくなかったんだ。子供の頃からお世話になってたおじさんには色々勝てる気がしない。
「それで、今日は実家に帰ったついでに寄ってくれたのかな?。嬢ちゃんの好きなチョココロネまだ残ってるけどどうする?」
「そんなわけないじゃん。私は勇者でおじさんは魔王なんだよ。もうわかってるんでしょ?」
私が睨みながらそう伝えると、おじさんは深くため息をついた。
「はぁ、嬢ちゃんが俺の伝説の運命かぁ。あんまり気が乗らないだけどな。」
「私だってヤだよ、おじさん倒したくないもん。」
「はっはっは!嬢ちゃんに倒せるわけないだろ。それとも手加減してほしい?」
「手加減したら許さないから!勝ったらチョココロネちょうだいね!」
「よぉし、わかった!表に出な!」
売り言葉に買い言葉。子供扱いについカッとなって表に出てきてしまった。それを今は後悔している。
「よし、ギャラリーも集まってきたしやるか!」
「やめてぇ、見ないでぇ。」
村の知り合いたちがわらわらとやってくる。勘弁してほしい。だがそうも言ってられない。
「おじさん、ちゃんと口上言ってよ!」
「ああ、すまんな。…ごほん。えー、我は灰色の魔王!炎を操り全てを焼き尽くす者なり!我に挑まんとする勇気ある者よ、名乗ることを許そう。」
「我は勇者ムカイ!灰色の魔王よ、御命頂戴致す!」
剣を抜き口上を述べて、私はおじさんに突撃した。おじさんは私の渾身の突きを交わすと巨大な火の玉を連発してくる。私の装備は一般的な炎魔法くらいは余裕で防げるのだが、魔王の力に耐えられるほどではない。なのでなるべく避けるようにはしているがそれだけでは近づくこともできない。
奥の手はある。おじさんが相手ならきっと上手くいく。
おじさんは火の玉に飽きたのか、今度は拳に炎を纏って飛び込んでくる。
今だ。
飛び込んできたおじさん向けて横薙ぎに剣を投げつける。飛んできた剣を右手を振るって弾き飛ばしたおじさんの目の前に肉薄する。
そして奥の手である右手に持ったレモンをギュッと絞った。
飛び出す果汁。そして両目を覆い悶えるおじさん。
「目がっ、目がぁぁ!」
そんなおじさんの首に短刀を突きつける。
ギャラリーが卑怯だなんだと言いたげな目を向けてくるが知ったことではない。
「おじさん、覚悟!」
そう叫ぶ。叫んでなお手が動かせない。
脳裏に今までの思い出が蘇る。
泣いてる私にチョココロネをくれたおじさん。
やっぱり泣いてる私にクリームパンをくれたおじさん。
誕生日に大きなアップルパイを焼いてくれたおじさん。
友達と喧嘩して落ち込んでる時にブリオッシュをくれたおじさん。
仲直りのお祝いにとチョコクロワッサンをくれたおじさん。
「やっぱり、できない。私、おじさんを討伐なんてできないよ。」
「嬢ちゃん…。」
もう目は見えているはずのおじさんは攻撃もせず私を見ている。
「おじさんのパンが食べれなくなるなんてイヤ。私、わたし…。」
目の前が涙で霞む。そんな私をおじさんはレモンで真っ赤に腫れた目で優しく見つめる。
どのくらいそうしていただろうか。
「全くしょうがないなぁ。」
先に動いたのはおじさんだった。
首筋に当てられていたナイフをあっさり奪うとそれを自分に向け…。
スパッと髪を切った。
「え…。」
「ほら、魔王の一部が有ればいいんだろ。これを王都に持っていきな。」
おじさんの髪を受け取る。え、それでいいの?
「え、それでいいの?」
思ったことがそのまま口に出た。
「いいも悪いも仕方ないだろ。全く、変なところはお袋さん似だな。お陰で25年伸ばしてた髪がまた短くなっちまった。」
「えっとつまり?」
「またパンを焼いてやれるってことだよ。」
いまいち飲み込めてない私の頭をおじさんが優しく撫でる。ギャラリーの歓声と拍手のだけが広場に響いていた。
後日、王都から成功報酬の8分の1の額が送られてきた。同封の手紙の料金表を見ると髪の毛はもう少し安いはずだが、量が多かったのでこの金額になったそうだ。
「さて、次の魔王は誰かなぁ。」
私はまたお城の広場に向かっている。
片方の手には剣を、もう片方の手にはお弁当のチョココロネの袋を持って。