花の芽吹き
翌日のバイトは、平日に1月の寒さも相まってか、かなりの暇を持て余していた。僕は繁華街のカラオケで働いているが、どうにも最近の時期は寒さも相まってみんなカラオケのためだけには中々外出もしないようである。
絵やオタク話の通じるフリーター仲間たちとも、VTuberの話をいくらかした。中の人になってくれる人を知らないか聞いたが、やはりオタクコミュニティにそんな相手は運よく現れないようでなかなか苦戦を強いられそうだった。
「雪村ァ、そもそもオタクのコミュニティに女の子が貴重だし、いたとしてその子が望んでる確率なんてなんぼのもんよって話だぞ」
半笑いで言うのは佐久間先輩だ。最初はモテそうな見た目の陽キャかと思ったが、彼曰く「恋人というか父親にしか見えない」と過去に言われて以来現実を見限ったとか。ちなみにパパって呼ぶと凄い嫌がるので、ちょっと面白い。
「まあ、大学生ならアテもあってもいいんでしょうけど。フリーターなんて出会い無いっすよね……」
バイト先には女の子もいるが、なかなか個人的な会話をする間柄にはなれていない。
「そういうことだ。まあ、一応色々ツテに聞いてはおくけどあんまアテにするなよ。最悪自分でバ美肉しちまえ」
佐久間先輩はけらけらと笑い、続きの仕事をしてくる、と手ぶりをする。
バ美肉。バーチャル美少女受肉の略称だ。主に「男性が美少女のガワでVTuberになる」事を言う。つまり……。
「無しよりのアリっすね!!!」
わはは、と遠くで先輩の笑い声がした。
その日のバイトはそのまま、何事もなく終わった。
帰りの電車を降りて、アパートまでの家路に着く。
バイト中から合間合間で佐久間先輩はバ美肉に必要なアプリを見つけては僕に送り付けてきたし、面白いもの好きな人なのでそれはそれで楽しい案に思えてきた。勿論、中身になってくれる女の子が見つかるのが一番いいのだが……。
しかし、やはり本当に適切な人材というのは探すのも難しいものだと感じざるを得ない。
一応、大学生に心当たりがないわけでも無いが……。
「あ、雪村さん。今お帰りですか?お疲れ様です!」
横の路地から突然元気な声がかかる。少し驚いたが、聞き覚えのある声にすぐに安心する。
「ああ、こんばんは。白駒さんもこんな遅い時間に?」
ニコニコとしてこちらを見ている彼女は向かいのアパートに住む女子大生の白駒さんだ。青みがかった派手なショートヘアと強気なパンク寄りのファッションに最初は近寄りがたかったが、帰りの時間が近いことが多いようで話す機会が出来てからはそれが誤解だったことが発覚した。
「ええ、大学のあとにバイトがあったので」
時計は夜の11時前を指していた。家まであと数分の距離とはいえ、女性の一人歩きも安全とは言い難い時間だと思うのだがそんなお節介を口に出せるわけでもなく、いつもと同様ただ連れ立って歩いていた。
そのままお互いの家の前に着く。
……一応、聞いてみるか。
「白駒さん、VTuberって分かりますか?」
もし話が通じるなら、彼女自身でなくとも大学で興味がある子を探してみてもらおうと思っていた。
だが。
「ぶいちゅーばー……?YouTuberですか?名前だけは聞いたことあるような気がしますけど、その人全然知らないんですけど面白いんですかね?」
返答を聞いた感想は正直「まあ、そうだよな」といった感じだった。
「ああ、いえ、知らないなら大丈夫です!急に変なこと聞いてすみません!」
いくらダメ元とは言え、何故聞いたのか自分でも分からない。多分、佐久間さんと話したテンションが抜け切れていなかったのだろう。
「いえいえ、気にしないでください!時間があったらぶいちゅーばー見てみますね!雪村さんのオススメみたいですから!」
明るく受け入れてくれる白駒さんに僕は変なことを言ってしまった後悔が少しだけ沸いてきた。ダメ元どころかどうせダメなのが分かっているんだから、言わなければ良かったかもしれない。
「それじゃ、おやすみなさい!」
僕が自分の行いを悔いている間に、白駒さんは家の前でドアを開け放っていた。
「おやすみなさい、白駒さん」
手を振る彼女に、軽く手を上げて返答をして踵を返す。向かいのアパート、その2階の小さな1Kが僕の家だった。
トントントン、と外階段をあがり、家の鍵を取り出す。冷えた手と暗さで中々鍵が入らないが、じきに鍵穴に嵌り、ガチャリ、と鍵が開く。
男の一人暮らしとは、なんとも狭苦しく煩雑としていた部屋に、多少なりのごみが散らかる。一人の寂しさを紛らわせるためには、多少小汚いぐらいのそんな部屋が最適なのだ。
ドアを開けると、そんな一人暮らし特有の、真っ暗な生活感のある部屋が迎えると思っていた。
だが、それは違った。
「おかえりなさい!」
入って真正面にあるPCが、ついていた。そして、沢山のエラーメッセージと、ポップアップ。何より、画面の中央に、動いているものがあった。
いや、動いている人が、居た。
そこには、雪村銀花が、いた。