魅了魔法を過信してはいけません
私はジェシカ・フラウンダー、15歳。孤児院で育ったけれど、一年前に子爵家の養子となった。
物心ついた時には既に孤児院に居て、両親がどんな人達だったのかは全く覚えていない。
小さい頃から不思議な力があって、最初嫌な事を言う人であっても、手を繋ぐと私に優しくなった。
それを知ってからは積極的に手を繋ぐようになり、孤児院へ慰問に来ていた子爵夫妻とも手を繋いだら、養子に迎えてもらえる事になった。
子爵家へ入った後も、最初は孤児院育ちのくせにと意地悪をしてくる使用人たちがいたけれど、体のどこかに触れれば言う事を聞いてくれるようになったし、優しくなった。
そして、家にある書庫で何気なく開いた本で、魅了魔法の存在を知った。
ああ、私の力は魅了魔法というんだ。
知れば知るほど私の力は最高だった。禁止魔法とも書いてあったけれど、そんなの気付かれなければ良いのでしょう? せっかくの力なんだもの、使わなければ勿体無い。
下位貴族や平民が多い学校に通い始めた後も、色々試してみた。
男の子も女の子も先生も! 皆、私に優しい。私が触れない人も居たけれど、その人達は私の事を無視している感じだったし、何もされないのであれば良いと放っておいた。
そんな学校生活を送っていると、高位貴族が通う学園には第二王子が通っているという話を聞いた。
もしかして、この力があれば王子様や高位貴族と縁を結ぶ事も出来るんじゃないかしら? だって、孤児院出身の私が今は子爵令嬢。うまくいけば、もっと上の貴族にだってなれるのかもしれない。贅沢だってし放題かもしれない。
そんな思いに取りつかれた私は、お義父様や先生におねだりして王子様の通う学園への転校をさせてもらえる事になった。
最終学年で、あと半年しか通えないけれど、きっと上手く行く。そう心に誓いながら学園生活に想いを馳せる。
学園に転校して2週間。やっと第二王子と遭遇出来た。
入ったクラスでは孤児院出身という事が既にバレていた様で、近寄ってくる人は居なかった。声をかけようとしてもある程度の距離でスッと逃げられてしまい、触れる事すら難しい。以前居た学校とはやはり違う様だ。
王子様とは違うクラスで、あちらは特別クラスらしい。
全くカリキュラムが違う為、すれ違う事すら難しかったが、どうにか時間割を把握して廊下で待ち伏せてみた。
何度か遭遇の機会はあったものの、王子様と側近、護衛は大体セットで動いているし、他の生徒が居る事も多く、周囲のガードが固くて本人にまでたどり着けない。ならいっその事、転んでみようと思いついた。
放課後三人で移動している所、廊下の角に差し掛かる時に勢いよく飛び出して派手に転んでみた。額も打ったし、思ったより痛い。
騎士見習で護衛のハロルド様は一瞬で王子を庇いつつ構えを取ったが、びたん! という大きな音と共に倒れ込んできた女に流石にビックリした様子だった。
「………大丈夫か…?」
倒れたまま、羞恥で動けない私にハロルド様が控えめに声をかけてくる。
「……はい…」
ゆっくりと身体を起こし、打った額をさする。だいぶジンジンしている…。
「ほら、ゆっくり立ち上がれ」
「……ありがとうございます」
すっと手を差し出されたので、その手を取り立ち上がる。
一瞬、ハロルド様のピアスが光り、宝石の色が少しくすんだ。
……これは…魔道具? でもくすんだという事は、私の魅了魔法が勝ったって事?
にっこり微笑めば、少し顔を赤く染めるハロルド様。それを誤魔化すように口を開いた。
「教科書もバラバラじゃないか」
そんな事を言いながら、私が散らかしてしまった本たちを拾ってくれる。私に優しくなってる…!
一人が上手く行った事に気を良くした私は、足を踏み出すと同時にふらりとよろめいてみせる。
「あぶないっ!」
王子様と側近が二人で支えてくれた。
二人の指輪が薄く光り、宝石がくすんだ。
ハロルド様のピアスと同じ現象が……! 私は二人を振り返ると、優し気な微笑みを見せてくれた。
「転んだ時に足でも挫いたかな? 何かあるといけないから……ジェレミー、救護室に運んであげてくれない?」
「ああ、分かった」
私の足を気遣って、王子様は側近のジェレミー様に指示を出した!
これは、やっぱり魅了にかかったって事? 上手く行ったって事?
「じゃ失礼、お嬢さん」
「きゃっ」
私を支えてくれていたジェレミー様が、横抱きで持ち上げてくれる。
「じゃあ私は救護室にこの子を置いてから行くから。ハロルド、アルフレッドをよろしくね」
「ああ」
「よろしくね、ジェレミー」
「じゃ、また後で」
三人での会話が終わりそうになり、ジェレミー様が救護室の方へ踵を返した時に、名乗っていない事に気が付いた。
「あのっ、私、ジェシカ・フラウンダーと言います! ありがとうございました!」
少し大きな声で王子様…アルフレッド様とハロルド様に向かって声をかける。一瞬ビックリした顔をした二人だったが、笑って答えてくれた。
「あまり大きい声を出さない方が良いぞ」
「じゃあね、フラウンダー嬢」
微笑んで手を振ってくれたアルフレッド様にぽーっとしていると、ジェレミー様がくつくつと笑う。
「あんな大きな声を出すとは、貴族らしく無いな」
「私、もともと貴族じゃないですから…」
「……ああ、子爵家に引き取られたというのは君か」
「はい、2週間前に転校してきました」
「そうか。慣れない事も多いだろうが、頑張れよ」
「ありがとうございます」
そんな事を話していたら救護室にはすぐ着いた。
救護の先生に私を託すと、ジェレミー様はすぐに去って行ってしまったが、きっと魅了魔法にはかかっているはず。でなければ、一介の生徒を救護室に送るなんて事しない筈だ。でも、どの位かかっているのかが分からないのは辛い所だ。出来るだけ側に寄って重ね掛けをしないとな。
次の日、私はアルフレッド様を探して校舎内を彷徨っていた。
いくら全く怪我をしていなかったとはいえ、お礼を言わないとね。それに、できればもう一度触って魔法をかけておきたい。せっかく切欠が作れたのだから頑張らないと!
そう思っていた所で、周りが少しざわめいたのでその方向を見ると、アルフレッド様達三人が丁度こちらに向かって歩いて来る所だった。
アルフレッド様と目が合った気がして、小走りで近付いたら周りの目が冷たく感じた。私が側に寄れるのが気にくわないのね。
「アルフレッド様、ジェレミー様、ハロルド様っ! 昨日はありがとうございました!」
少し大きな声が出てしまったが、思い切り頭を下げながら三人にお礼を言う。少し大げさすぎたかしら?
「ふふっ、女の子が倒れていたり、怪我をしたかもしれないなら当然の行動だよ。その様子から見ると、怪我は大丈夫みたいだね」
「はい! 特に問題はありませんでした」
「そう。それは良かった。じゃあ、私達は移動があるから」
「あっ、すみませんでした」
「じゃあね。あまり大きい声は出さない方が良いよ」
「小走りもやめた方がいい。また転ぶかもしれないから」
「……すみません」
謝っている間に、三人とも目の前を通り過ぎて行ってしまった。
あーあ、全然触れなかった。でも、指輪もピアスも昨日と同じくすんだ色のままだった。という事はきっと魔法にかかったままなんだわ。嫌な顔をしないで私とお話ししてくれたし、好意的に見てくれてるのには間違いない!
そんな希望を持ち、どうにか触れる機会をもっと増やすべく、行動を考えないと!!
アルフレッド様達に声をかけた後、数名の女生徒に声をかけられ、囲まれて嫌味を言われたりもしたけれど、囲んでくれるのが有り難かった。だって、私を小突いたりする為に自分から触れてくれるんだもの。
私に触れる毎に増えていく私へ好意的な視線。一番偉そうに指示を出していた人にもどうにか触れる事ができ、囲みは崩す事が出来た。
この人達と仲良くしても良いけれど、それはそれで面倒臭そうだし、私に突っかかってこなければ良いかな。少しお話をして、アルフレッド様達の情報をもらった。やっぱり一人で探した情報なんかより、詳しくて接触計画を立てるのに利用できるわ。
でも、アルフレッド様の婚約者についても言っていたのが気になる。
侯爵令嬢のマルグリット・モーレイ様。
二人で居る所を数回遠目で見た事はある。美しい人だったし、二人の雰囲気も良かった気がする。………勝てるかな? やってみないと分からないよね。魔法だって私の力なんだし、選んでもらえたら勝ち……だよね。
その後約2週間、教えてもらったアルフレッド様達の行動パターンを元に、待ち伏せや突撃を繰り返して、何回か触る事も出来た。
会う度に対応が柔らかくなっている気がする!
最近はマルグリット様と居る所も殆ど見ないし、やっぱり私勝てるんじゃない?! 今日の放課後はアルフレッド様達とサロンでお茶をする予定だし、私選ばれるんじゃない?!
「やあ、フラウンダー嬢。今日は呼び出してゴメンね」
約束の時間にサロンに向かえば、アルフレッド様が迎えてくれた。
「いいえ、一緒にお茶会が出来るなんて光栄です!」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
私の言葉に微笑みを見せてくれるアルフレッド様。ああ、私こそ嬉しい!
「でも、アルフレッド様がサロンでお茶なんて珍しいですね」
「婚約者では無い女性と、個室でお茶なんて出来ないからね。皆が居る場所じゃないと」
「あ…そう、ですね」
いつもは王族専用の個室でお茶を楽しまれてる筈なのに、と思って聞いてみたらそんな答えが返ってきた。……そう、よね。個室に行けなかったのは残念だけど、まだ私は婚約者じゃないものね。
ハロルド様とジェレミー様はすぐ近くのテーブルに居るし、二人きりを望むのは早すぎるって事ね。
「それで、今日呼んだ件なんだけどね」
「はい。何でしょうか?」
呼ばれた主旨は知らなかったから、居住まいを正す。
マルグリットとの婚約は解消して、新しく君を婚約者にしようと思うんだ、とか言われたらどうしよう! ドキドキしちゃう!
「そんな畏まらないでいいよ。渡したい物があってね」
「渡したい物……ですか?」
残念、違った。……けど、渡したい物って…?
「うん、これなんだけど。……開けてみて?」
「はい。……わぁ、ブレスレットですね。……綺麗……」
アルフレッド様から渡された箱を開けてみると、その中には美しいブレスレットが入っていた。
表裏両方に細かく何か文字の様なものが刻まれている。何て書いてあるかは全く読めないけれど、装飾としても凄く美しい。
「ぜひ君に付けて欲しいと思ってね。プレゼントだよ」
「私に…ですか?! 嬉しい…!」
プレゼントを貰えるなんて! それもアクセサリーだし、これはもう私の事を好きって事よね?!
「出来れば左手が良いかな。つけてみてくれる?」
「はい! ……これで、大丈夫ですか? つけ方合ってます?」
嬉しさににやける顔を隠せないまま、アルフレッド様の指示通り左手にブレスレットを通す。
つけた手をアルフレッド様に差し出すと、目視で確認され、頷かれる。
「うん、良く似合うよ。これからはずっと肌身離さず付けていてくれると嬉しいな」
「もちろんです! お風呂の時も、寝る時もつけておきます!!」
アルフレッド様に貰ったものだもの、絶対に外さないわ!
そんな思いを込め拳を握って宣言する。
「ふふ、ありがとう。よろしくね」
そんな私に優しく微笑まれ、ぽーっとなってしまった。
その後は何を話したのかあまり覚えていないけれど、凄く嬉しくてふわふわした気持ちのまま屋敷へ帰った事だけは覚えてる。
屋敷に戻ったものの、お義父様とお義母様がお出かけ中で、アルフレッド様から頂いたブレスレットを見せられなかったのは残念だったけど。でも、こんなアクセサリーをくれたという事は、私の事を完全に好きになったって事よね? 私が婚約者になれるって事よね?
嬉し過ぎて舞い上がった頭では、いつもと屋敷の状況が違う事に全く気付かなかった。
翌日学園へ行くと、クラスで魅了魔法をかけた筈の子達の様子が違った。以前の様な冷たい目とヒソヒソ話をしている。
声をかけようと寄って行こうとすると、すぐに逃げられる。
おかしい。何で? 昨日アルフレッド様からブレスレットを貰った事に対する怒りが魅了を上回ったとでもいうの? ……ああ、あり得るかもしれない。……それなら、仕方がないか。今すぐは無理だろうし、その内また触って魔法をかければ良いわ。
気を取り直して授業の開始を待っていると、担任から副学園長から呼び出しと通達があった。何で? と思っていたら、授業はいいからすぐに行きなさい、と言われてしまったので直ぐに移動を開始する。
「マルグリット様! 貴女の差し金なんでしょう?!」
「………はい?」
副学園長からの呼び出しを受け、話の内容を聞いた私は怒りのままにマルグリット様を探していた。
中庭に面した廊下で移動中のマルグリット様を見つけ、声をかけるときょとんとした顔を返された。
「何で私が退学処分にならないといけないの?! おかしいじゃない!!」
「あの……貴女は…?」
そんな表情に怒りが募った私は、さらに大きな声でマルグリット様に怒りをぶつける。
怒鳴られている事に不思議そうな顔をしたマルグリット様が、私の事を確認してくる。とぼけてるんじゃないわよ!!
「知ってるんでしょう?! 私は、ジェシカ・フラウンダー! アルフレッド様と仲良くしているのが気にくわないからって退学にするなんて! どういう事?!」
「ああ、貴女が…」
名前には思い当たったのか、納得した表情を見せる。
それすら腹立たしくて更に口を開こうとすると、後ろから声がかかった。
「マルグリットは関係無いよ」
「アルフレッド様!!」
アルフレッド様の声に振り向き、笑顔になる私を無視するかのように脇を通り抜け、マルグリット様へと声をかける。
「やあ、マルグリット。君に会わせるつもりは無かったんだけど…ゴメンね。でも、君が来てるという事は手配は終わったんだね」
「数日振りですわね、アルフレッド様。ご依頼のありました件は先程、全て完了したと連絡がありましたわ」
笑顔で挨拶を交わし合う二人には親密さしか感じない。
どうして? 私の魅了魔法が効いているんじゃないの?!
「ありがとう。手間をかけたね」
「いいえ。大した事ございませんわ」
アルフレッド様がマルグリット様の脇に立ち、腰を引き寄せる。
「君に会えなくて寂しかった」
「………貴方様からのご依頼だったと思いますが…」
そっとマルグリット様の頬に手を添えるアルフレッド様。
「でも。寂しかった。……マルグリットは?」
「……手配完了の報告を受けたと同時に学園に来る位は寂しかったですわ」
横からマルグリット様の顔を覗き込む様にする、アルフレッド様の視界から外れる様に顔を背けるマルグリット様の顔は少し赤くなっていた。
「ふふっ。愛してるよ、マルグリット」
「わたくしもですわ、アルフレッド様」
マルグリット様の答えに満足したのか、くすくすと笑いながらアルフレッド様がマルグリット様の頬にキスを贈る。それに嬉しそうな顔でマルグリット様も頬を合わせるキスを返す。……間違いなく思い合う婚約者の図だ。
……これは、何? 私は何を見せられているの?
怒りで頭に血が上ってくる。
「ちょっと! 何なの?! 私を無視しないで!!」
「ああ、フラウンダー嬢。君、退学になる話は聞いたろう?」
怒鳴る私に、世間話をするように軽くアルフレッド様が問いかけてくる。
「どういう事なんですか?! 何故私が退学に!!」
「理由は自分で分かっているだろう?」
私の答えに不思議そうに首を傾げるアルフレッド様。
そんな仕草すら苛立ちに変わっていく。
「分かりません!! アルフレッド様からブレスレットを貰った事をマルグリット様が嫉妬なさったからでは無いのですか?!」
「違うよ。そもそも、私達は君の事を家名でしか呼んだ事が無いんだよ? マルグリットに嫉妬をしてもらえるのは嬉しいけれど……」
だって、アルフレッド様は魅了魔法にかかっている筈で! 私を退学にするのなんて、マルグリット様しか居ないじゃないですか!
そんな思いを込めて見るも、アルフレッド様はマルグリット様へ視線を走らせるのみ。話の途中でしょう! とばかりのマルグリット様の冷たい視線に、こちらに顔を向けるもその瞳には熱も何も感じられない。
「そのブレスレットだって、そんな意味じゃないしね」
「はい?」
そんな意味じゃない……って? どういう事…?
「だって君、魅了魔法使いでしょ? 禁止魔法だって知らない?」
「あ……いえ…ちが…」
私が魅了魔法を使った事がバレてる?! でも、指輪の色はくすんだままだし……と、アルフレッド様の指輪に目線を送ると、私の言わんとする事に気付いた様に手を持ち上げる。
「ああ、この指輪? これは囮みたいなものだよ。これの色が変わると大体の場合ボロを出すんだ。本命はアンクレットだよ」
「じゃあ…」
「君が魔法を使っていたのは知っていたけれど、私達は誰も魅了魔法にかかっていない」
「……うそ……」
さっきまで熱い位だった頭から、スーッと血の気が引いていくのが分かった。アルフレッド様達、誰もかかっていない……?
「そのブレスレットはね、魔力封じなんだ。君が魅了魔法をかけた人達、もうすっかり解けたはずだよ。それに、外そうとしても、もう自分では外せないから」
「あ……」
言われてブレスレットを外そうとするも、何かに邪魔をされる様に外す事が出来ない。何で?! あんなに簡単に付けられたのに!!
「子爵夫妻も昨日から保護して、状態異常は解除した。1年以上の長い期間だったから、完全回復にはもう少しかかると思うけど…もう正気には戻ってるよ」
「そんな…」
昨夜お義父様達が帰って来なかったのは、そういう事だったの? 私にもう優しくしてくれないの…?
「王族に複数回魅了魔法をかけるなんて、何を考えているのか裏を探ったけれど。単に自分の生活向上だけだったんだね。大きく考えて損したよ」
「裏が無かったのは、何よりではありませんか」
溜息交じりに言うアルフレッド様をマルグリット様が諫める。
「まあそうなんだけどね。だから、君はこれからある施設に行って貰う事になるから」
「………は…?」
どこか茫然とそのやり取りを見ていると、不意にこちらに水を向けられた。……施設……?
「子爵家からは既に籍を抜かれているし、学園は退学。強制労働よりは多分……マシだと思うよ」
「何……え…」
アルフレッド様は何を言っているの? 除籍? 退学? 強制労働? どれも嫌よ……あり得ないじゃない…。
「魅了魔法のね、研究をしたい人達がいるんだよ。中々協力者は見つからないから、君の話をしたら是非引き取りたいって。良かったね」
「………いや…そんな…」
研究に協力とか、何を言われているのか分からない。
私は、貴族になって贅沢をしたかっただけなのに…。
「嫌と言われても……研究所か、強制労働かの二択だし」
「なんで……」
そんな二択信じられない。ちょっと魔法を使っただけじゃない。私に優しくなる魔法を使っただけなのに何で……。
「王族を甘く見過ぎなんだよ、君は」
「…ひっ……」
今まで優しい微笑みだけを向けてくれていたアルフレッド様の顔から、表情が抜け落ちる。感じた事の無い怖れに体が震える。腰が抜けそうになるのを持ちこたえるので精いっぱいだ。
「王国にとって利があるのは、どちらかと言えば研究所だから、やっぱりそっちに行って貰うね。じゃあ、連れて行って」
「はっ!」
「いやっ! いやあ!!」
ふっと威圧を消し、笑顔になるアルフレッド様。
ハロルド様達の後ろに控えていた騎士服の二人へ指示を出すと、騎士達は私の両脇から腕を取り、連行する。
最後の抵抗に声を上げるも、アルフレッド様には聞き分けの無い子供を見る目をされる。
「静かにしなよ。大きな声を出すのはいけないと教えただろう?」
「アルフレッド様っ!!」
助けを求めて名を呼べば、冷たい瞳で射抜かれた。
「ああ、あとね。ずっと言おうと思っていたんだけれど……私の名を呼ばないで貰えるかな? 非常に不愉快だ」
「あ……」
吐き捨てる様な言葉に、私の抵抗は止まる。
ああ、もうどうにもならないんだ……私は、今まで上手く行ったからって、自分の魅了を過信したんだ…。
「随分と厳しいお言葉を使われるのですね。お珍しい」
連行されるジェシカを見送り、一息ついたマルグリットはアルフレッドに声をかける。
「そうかい? あの子と会う度に触られそうになるし、触られればアンクレットが熱いし。嫌にもなるでしょう」
「それは……お疲れ様でした」
首を傾げながら話すアルフレッドは、中庭の奥にあるガゼボへマルグリットを誘導する。次の授業はもう完全に無視する方向らしい。
ハロルド達を少し離れた所に待機させ、ガゼボには二人だけで腰掛ける。
「マルグリットが予行練習に丁度良いって言うから凄く我慢したんだよ」
「来月からいらっしゃる隣国の王女も、庶子といいますし。貴族のマナーやルールを知らない方に慣れるのには丁度良いと思ったのです。今までは高位貴族としか関わりがありませんでしたし」
はあ、と息を吐いたアルフレッドはマルグリットの左肩にもたれ掛かる様に頭を預ける。
「そりゃあね。あんな対応をする子には会った事が無いよ。一部ではあの言動が新鮮とか言う貴族も居たけどね。私はマルグリットの様に洗練された動きの方が好ましい」
「ありがとうございます。お世辞でも嬉しいですわ」
「本音なんだけどね。ああでも、王女まであんな感じなら辛いなぁ…」
「案内役に異性のアルフレッド様を名指しして来る位ですからね。絵姿で恋に落ちてしまわれたのでは?」
「卒業まで半年切っているこの時期に留学してくるとか、王女の案内役に婚約者の居る王子を指名とか、本当に信じられない」
「留学の話も突然でしたし準備に一月強しか取れなかった位ですから、きっとあちらで何かあったんでしょうね…」
「あの国からすれば、私が落ちるならそれでいいという感じなのだろうが……マルグリットとの婚約解消とか言われたら、私は何するか分からないよ…」
「落ち着いて下さい。陛下もそれはしないとおっしゃって下さいましたし、わたくしも出来るだけ同行するようにしますので」
アルフレッドの頭に頬を付け、慰める様にマルグリットは手を握る。
「マルグリットも婚約解消とか嫌でしょう?!」
「それは………はい…」
手を握り返し、凭れかけていた頭を持ち上げたアルフレッドはマルグリットと視線を合わせる。
突然の事に驚きつつ、マルグリットは返答する。
「なら、婚姻だけは先にしてしまおうか? 正妃にしておけば、そこを壊してまで縁を結ぼうとは思わないでしょう? この国は王太子以外には側妃も認めていないし、私もマルグリットが居ればいいし」
「……はい?」
もう片方の手も握り、突拍子もない事を言い始めたアルフレッドにマルグリットはきょとんとした顔を返す。
「来賓を招いてのお披露目は卒業後にするにしても、もう婚姻して一緒に暮らせば良いじゃないか!」
「……ええと…」
一足飛びに婚姻の話を出してきたアルフレッドに、困惑した顔で、どう返せばいいものかとマルグリットは逡巡する。
「卒業まで半年は切ったけれど、お腹が大きくなる事はもう少し我慢しなければならないか……三ヶ月後位なら大丈夫かな?」
「何の話を…」
またアルフレッドの話が飛んだ。困惑を通り過ぎてマルグリットは少し呆れ顔になる。
「今回の魅了魔法で考えたんだよ」
「……何をでしょう?」
さっきまで飛躍した話をしていたアルフレッドは、不意に真面目な顔でマルグリットを見つめる。
これは真剣に聞かねばならないかとマルグリットは居住まいを正す。
「基本的に狙われるのは私の方が多いけれど、もし万が一、男の魅了魔法使いがマルグリットを狙ったらと」
「それは…」
「私以外を熱を帯びた瞳で見つめたりしたら………ねぇ」
「………」
真面目な話だと思ったのに、最終的にはマルグリットに行きつくらしい。想像で話している事なのに、アルフレッドの瞳に暗い陰が宿る。
でも確かに、女性が魅了魔法にかかれば色々終わってしまうだろう。男性の様に 『魅了魔法に操られただけなのだから仕方ない』 では絶対に終わらない筈だ。王族との婚約だって、間違いなく白紙に戻る。
「マルグリットを失いたくないんだ。早く私だけのマルグリットにしたい…」
「アルフレッド様…」
真剣な表情で、マルグリットを見つめるアルフレッド。
「ね、父上にお願いしてみるよ。……いいだろう…?」
「わたくしの一存では……」
微笑み、首を傾げてマルグリットに強請るアルフレッドの色気が凄い。マルグリットは視線を逸らし、言葉を濁す。
「マルグリットは、私と一緒に居たくない? ダメ……?」
「…っ!……アルフレッド様は…ずるいです…」
寂しそうな顔で、握っていた手を持ち上げキスをするアルフレッドを見てしまい、マルグリットの顔は赤くなる。
「私が? ずるい?」
「本気で断られるなんて、思ってないじゃないですか…」
優しく手へのキスを繰り返し、上目遣いでマルグリットを見るアルフレッドの瞳には嬉しそうな色とほんの少しの熱が宿っている。
「そう? そんな事無いよ?」
「うそつき……」
顔を赤らめ、困った様な拗ねた様な表情で、ふいっと顔を背けるマルグリットにアルフレッドの何かが壊れた。
「……ああもう! そんな顔しないでおくれマルグリット! 可愛すぎて全て攫ってしまいたい!」
「もう! そんな事ばかり!! でも……わたくしは、アルフレッド様の決定に従いますわ」
アルフレッドは手を離したかと思えば、すぐにマルグリットを抱きしめ、頭にキスを贈る。
腕の中で小さな抵抗をするマルグリットだったが、ふと抵抗を止め、背中に回した手で上着を握りしめる。
「マルグリット! 大好きだよ!!」
「……っ! アルフレッド様! 待って! ダメです!!」
きゅっと握られた服と、赤い顔をどうにか隠そうとするマルグリットの行動に、アルフレッドの愛しさが溢れ、抱きしめていた両手を離し、マルグリットの両頬を包み顔中にキスを降らせる。
一瞬虚を突かれたマルグリットだったが、直ぐ正気に返り、アルフレッドの顔を押さえる。
「何故だい? こんなに愛しているのに」
「そういう問題ではありません!! 場所を考えて下さい!!」
押さえられたマルグリットの掌にキスを落としながら、アルフレッドは不服そうな声を出す。
しかしマルグリットもここでは負けられない。だってここは学園の中庭。しかも授業を自主休講している状況だ。近くにハロルド達だっている。ちらりと見れば、慣れた様子でこちらには全く視線を寄こさないが……。
「じゃあ、私の部屋なら問題無いと」
「~~~っ! もうっ!!」
目線を逸らした隙に、マルグリットの両手首はアルフレッドに取られ、ぐいっと引き寄せられ、すっぽりと腕の中に納まる。
「冗談だよ、マルグリット。我慢するよ……今は、ね」
腕の中の頭にキスを落とし、妖艶に微笑むアルフレッドの顔はマルグリットには見せない。……今は、まだ。
■ジェシカとの初遭遇の後の会話
「アルフレッド…」
「ああ。彼女多分、魅了魔法使いだね。ハロルドのピアスも色変わっているよ」
「手に触った一瞬だけだが、会ったばかりの娘に好意を抱くとは……怖いな」
「そっか、ハロルドの魔道具は効きが遅い様だから早めに取り替えた方が良いね。ジェレミーにも確認しないとね。ちなみに私は全く何もならなかったよ。少しアンクレットが熱くなった位」
「ははっ、流石だな」
「魔道具の性能だけでは無いと思うけれどね。私の心にはマルグリットが居るし、他の者が入る余裕なんて無いよ」
「……相変わらずだな」
「ふふ、誉め言葉として受け取っておくよ。……さ、ジェレミーが戻ったら色々計画を立てないとね。忙しくなるよ」
「はいはい。裏に面倒臭いのが居ないと良いな」
「マルグリットに危害が及ばなければ問題無いさ」
「本当お前はブレないな…」